鶴岡地区医師会だより

三原一郎目線で鶴岡地区医師会の活動を配信しています。

日本クリニカルパス学会論文奨励賞受賞講演

2021-10-29 09:39:13 | 日記

骨折で低下したADLは、リハビリテーションを経て徐々に回復していきます。一方、ADLの回復は骨折前の状態や認知症の有無に左右されることが分かっています。そこで、骨折患者を骨折前のADLの程度と認知症の有無との組み合わせで6群にマトリックス分類してみました。6群のADL回復には一定の特徴があり、予後予測にも有用であることを学会で報告してきました。今回の研究では、BI損失量(骨折前BIと観察時BIとの差)という指標を用いて退院時アウトカムを設定し、バリアンス発生に影響を与える因子を探求することをおもな目的にしました。

 

退院時バリアンスは、過去のデータを分析し、標準偏差からの逸脱、運用の簡便さ、症例数などを考慮し、スライドのように設定しました。

各群のBI損失量の推移をみたグラフです。0のレベルが、骨折前のBI損失量です。AB,CD,EFをセットでみると分かりやすいと思います。A,C,Eは認知症なし、B,D,Fは認知症あり群です。骨折1週後みると、元々ADLが良いAB群の損失量が大きく、EF群の損失量が少ないのが分かります。その後、どの群も順調に軽快していきますが、B,D,Fの認知症あり群は、なし群に比し、骨折1週後の損失量が大きく、退院まで認知症なし群を上回ることはありませんし、その差は拡大傾向にあります。準寝たきりのEF群では、骨折前より BIが向上し退院しています。また、C群は、概ね骨折前の状態に戻ります。

認知症なし群とあり群との退院時BI損失量の比較検定では、認知症あり群が有意にBI損失量が大きいという結果でした。一方で、E,F群には有意差がありませんでした。

各群のバリアンス群と非バリアンス群のBI損失量の推移をグラフ化してものです。赤線の折れ線グラフはバリアンス群、青が非バリアンス群です。非バリアンス群が順調に右肩上がりで改善しているのに比しバリアンス群は、いずれの群においても、BI損失量が大きく、回復パターンも不規則で、退院時まで非バリアンス群を越えることはありませんでした。

 

様々な項目で、バリアンス群と非バリアンス群を比較検定してみましたが、1週目のBI損失量に有意差がありました。(本論文では有意水準を1%以下としているので、年齢には有意差がないと判断。)

山形県鶴岡地区は、人口12万程度の地方都市ですが、医療提供体制の特徴として、地域で医療が概ね完結していることが挙げられます。今回のテーマである大腿骨近位部骨折においては、ほとんどの患者が市立荘内病院へ搬送され、その患者の多くは地域にある2つのリハビリテーション病院へ転院となります。この地域的特徴を利用し、当地区では骨折患者の全例登録を原則としたICTパスを運用してきました。各医療機関で入力されたパスデータは、クラウドサーバーに保存され、パスに関わる医療機関の間で共有できます。データは、パスシステムを開発したITベンダーで保守、管理され、必要なときに必要なデータを提供してもらえる仕組みになっています。

パスの運用にあたっては、2006年に庄内南部地域連携パス推進協議会を設立し、15年間にわたり、勉強会、ミーティング、パス学会への報告、年報の作製などの活動を継続してきました。このようなかたちで、地域で発症した特定の疾患をほぼ全例を登録し、急性期から回復期までの経過を追跡でききている地域は他にはないのでは考えています。

論文を書こうと思った最大のモチベーションは、当地区でしかだせないデータを論文化し、地域の皆さんの長年にわたる尽力に目に見える形で報いたい、励みにしたいという思いにありました。

一方で、私は骨折患者や認知症の診療などには、ほとんど関わらない皮膚科医であり、また、データ分析を主とした論文を書いたことがない未熟者ですので、それなりに苦労もしました。案の定、査読では、タイトルと内容に相違があるという指摘から始まり、統計に関しての基本的なこと、バリアンスの設定方法、研究の限界や今後の課題について追記することなど、論文の書き方の基本から指導を頂き、大変勉強になりました。早期BI低下の要因分析、マトリックス分類や退院時バリアンスの妥当性のさらなる検討、退院後のフォローなどまた多くの課題が残っていますが、この経験を今後の当地区のパスの発展につなげていければと思っています。

今回の受賞は、私のみならず、地域の皆さんにも大変励みになったのではと思っています。ありがとうございました。

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発表者:

  1. 盛岡市立病院 須藤 隆之先生(2019年度受賞者)
  2. 福山市民病院 青木 有加先生(2019年度受賞者)
  3. 岡山市立市民病院 時岡 浩二先生(2020年度受賞者)
  4. 鶴岡地区医師会 三原 一郎先生(2020年度受賞者)

 

座長:

田中 良典 先生 編集委員会 委員長、武蔵野赤十字病院
小林 美亜 先生 編集委員会 副委員長、千葉大学医学部附属病院

<三原一郎先生発表へのコメント>

急速な⾼齢化は、疾病構造の変化を通じて、必要とされる医療の内容に変化をもたらしてきました。⻘壮年期の患者を対象とした医療は、救命・延命、治癒をメインとした「病院完結型」医療であったが、⽼齢期の患者が中⼼となる時代の医療は、病気と併存しながら QOL の維持・向上を⽬指しつつ、住み慣れた地域で暮らすための地域を⽀える「地域完結型」医療の提供が求められています。

⾻折患者を⾻折前のADL と認知症の有無との組み合わせで 6 群にマトリックス分類さ れ、6 群の ADL 回復には⼀定の特徴があり、予後予測にも有⽤であることを今まで学会報告されておられます。BI 損失量(⾻折前 BI と観察時 BI との差)という指標を⽤いて退院時アウトカムを設定し、バリアンス発⽣に影響を与える因⼦を本論⽂にて明確にされました。

地域で特定の疾患をほぼ全例を登録し、回復期からの退院までの経過を追跡でききている地域は皆無に近く、庄内南部地域連携パス推進協議会の果たしておられる役割は素晴らしいの⼀⾔です。

<質問1>

ディジーズ・マネジメントを地域で⾏うためのツールとして、地域連携クリティカルパスの有⽤性を⽰唆しておられると思惟しております。 地域全体への地域連携クリティカルパス参画を促すための秘訣はどこにあるのでしょ う。特に⼈⼿の少ない診療所への参画への⼯夫があったら教えてください。

<回答>

医師会の経済的支援を含めての全面的なバックアップ、全国に先駆けての地域電子カルテNet4Uの運用によってもたらされた地域連携への芽生え、連携パスの運用と並行して受託した緩和ケア普及のためのプロジェクトにおける中央からの支援と、そこから学んだプロジェクトの運用のノウハウ、多職種が集まる機会の急増、優秀な事務局機能、ITベンダーの存在、など複合的な要因で連携パスが運用できていると考えられる。

<質問2> 

データマイニングを⾏い、データを地域や学会発表を通じて全国にフィードバックし ておられます。データマイニングにおける教育はどのようにされておられるのでしょう。そのために必要な⼈材育成に必要なことをご教⽰ください。

<回答>

当地区には、パスにしろデータマイニングにしろエキスパートはいない。学会発表はそれなりにやってきたので、発表にあたりそれぞれが努力してきた。データマイニングに関しては、むしろパス学会からノウハウを教えて欲しい。

<質問3> 

認知症の鑑別がきちんとされている⽅だけを“認知症あり”とされたのでしょうか。病名 別(アルツハイマー型認知症、レビー⼩体型認知症等)に層別をされるご予定はありますでしょうか。

<回答>

認知症の鑑別は、「認知症高齢者の日常生活自立度」で評価している。介護で一般的に普及している尺度であり、評価のブレは少なく信憑性は高いと考えている。認知症の病型による層別化は行っていないが、今後検討してみたい。

 

先生の今後の益々のご活躍をお祈りします。 今回は誠におめでとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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論文奨励賞受賞

2021-10-19 10:01:20 | 日記

思いもかけずクリニカルパス学会誌から論文奨励賞を頂きました。
山形県鶴岡地区における地域連携パスの最大の特徴は全例登録による完全ICT化にあり、その活動を15年間継続してきました。この論文を書こうと思った最大の動機は、データ入力やデータベース管理など地域連携パスの運用に携わってきた地域の多くの皆さんの尽力に報いたいという思いでした。地域でほぼ全例を分析することで漠然と感じていたことが証明されることも多々あります。今回の大腿骨近位部骨折患者のデータ分析では、早期のBIの低下、認知症の合併がその後のADL回復に有意に負の影響を及ぼす、という当たり前の結果でしたが、それを地域の発症患者全例のデータ分析から導き出したことは意義があったと思います。また、準寝たきり状態では、骨折後のリハビリテーションで骨折前よりADLが向上した例が多数みられ、リハビリテーションの有用性を改めて認識しました。
地域の皆さんの代表としてありがたく受賞したいと思います。

 

 


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