おやじ特別便

ひまじんおやじの日常

香林坊でワシも考えた

2018-10-29 17:48:57 | 悩み

【今日の 北はどちらか】

金沢市の一番の繁華街、というか有名な場所は香林坊である。金沢の中心と言っても良いだろう。

ワシは金沢のこと、それほど詳しいわけではないけども、そんなところではないかねえ。

 

金沢市に来て地下駐車場に車を止めて地上に出てきたところが香林坊。

さて右も左も分からないワシらが頼りにするのは「金沢市内観光マップ」

と、交差点にある案内地図。

 

さて、この二つの地図を見比べてフムフム、北を合わせてと。兼六園はこの方向だな。

えー?交差点の案内地図と観光マップとは地形・地物が全く合わないぞ。ふしぎだ—

地図を見ること50年、地図を読んだり地図を作ったりして給料をもらっていたワシだが(仕事の一部な)

これはまたどうしたことだ。頭の中が〇×▽?になってしまったぞ。

ついに金沢で焼きが回ったか。本当に困ったぞ。

頭の整理がついて、答えが捜し出せたのには大分時間がかかった。

答えはこうであったのだ。

この、観光マップの方位(東西南北)の表示が左を北としていたのだ。

普通、北は地図でいうと上に設定するのが常識である。学校で習いました。

この地図は左ときたもんだ。

 

そして間の悪いことに、交差点近くの市が設置したであろう案内図はしっかりと上を北にしてあった。(ここの案内地図の場合は上を南西にしねば)

地面から生えている地図は、見ている方角に地図を合わせ(つまり、方位に関係なく見る方角に合わせる)にゃあダメだろうが。コノオ!

 

つまり手持ちの地図と、標識の地図と、双方が間違った表示をしたためにストレンジャーは迷ってしまったのだ(頭の中でな)

こういったことは日本では当たり前にあって、一向に改善されない。

それは何故かというと、設置者なり、印刷者が地元の人間で、地形をよく分かっているからである。

つまり旅行者または利用者のことはぜんぜん考えていない。

ほかに館内案内図なども利用者への考慮はされていない例が多いぞ。

金沢城の案内図もこれの例であります。

この地図は右側が北方向である。設置されているのが右側の、赤地に白文字で『現在地』と書いてあるところ。

ここに城の案内を設置するのなら上を南にすべきである。

こうだ。

すみませんねえ、年寄りが細かいことにこだわって。

実は若いころから気になっていたのだぞ。

よいこのみんなも地図なり案内図を作るときにはこれを思い出してくれ。

きっと良い世の中になりますぞ。

 

 

 

 

 


金沢市内観光その3

2018-10-28 16:07:14 | 旅行記

【今日の 旅も最終回】

再び金沢市内に入る。連日早朝からの行動である。早いゾー!!なんてって年だからさ。

今日の予定は、昨日行きそびれた金沢城跡公園の見学と兼六園、そして昼食を兼ねて近江町市場でお買い物。といった計画である。

出来たら、午後の早い時間に帰路につきたいなあ。

まずは近江町市場に近い民間駐車場に車を入れる。早朝だからがら空きさ。

テクシーで城に入る、城の見学は建物の一部を除き無料。

ここでも朝早いためにほとんど人がいない。清々している。

2001年に復元された菱櫓と五十間長屋・橋爪門続櫓と橋爪門である。ここは大人310円必要である。9時開門のためにぶらぶらと待つ。

写真左側の櫓(やぐら)が菱櫓という、城(堀)の平面形の都合上この櫓はひし形に建築されている。基礎・土台はもちろんのこと

主構造、もちろん木造軸組みだが、柱から梁からすべて(平面形が菱になるように)菱型で製材してあるのだ。

これは柱(能登ヒバ)であるが貰ったパンフレットを2枚直角に置いて写真を撮った。

柱が菱型の断面になっていることがわかるかな?

この櫓、オールひし形に合わせてある。だいぶ苦労したとのこと。

さすがに瓦は菱型ってわけにもいかないだろうと聞いたら。少しづつ調整をしてあるそうだ。匠の技だ。

五十間長屋という、長屋と言うと住居かいなと思うが、中は武器などの倉庫になっている。

小屋組み。

仕口・継ぎ手など現代では使われてないものもあるが、昔の図面が豊富に残されているので全く完璧に復元できたのだと言っていた。

 

下の図は石積みであるが

石積みの見本帳かと思うくらいにバラエティーにとんだ石積みがみられるぞ。

金沢城はこのくらいにして隣り合った兼六園に行く。

兼六園は、城からは石川門経由で直接入場できるのだ。それもそのはず城主の別邸扱いだからのう。

いっちゃん有名な徽軫灯籠(ことじとうろう)(こんな字を書くのだ。知らなかったルビ振ってないと読めんぞな)

西の大陸の観光客が大勢来ている。ありがたいことです。

兼六園は一通りざっと、団体で来るとみられないほど奥の方まで見学してから近江町に向かう。

途中の尾山神社

山門は和洋折衷の様子で一風変わっている。

ちょうど七五三の時期にあたっていて、かわいい子供がいる。

ここでびっくりしたのは、お札やおみくじなどを戴くことができる建物が近代的なこと。

これね

巫女さんは巫女さんの恰好してた。チョッピリ安心。

古い慣例に囚われていない。ここが良い。

 

さてここからほどなく、近江町市場

しまった。写真撮影をすっかりと忘れちまった。

生ガキを食べました一番小さなサイズでこんなにも大きい、500円なり。

ワシは全国的に生ガキを食べ歩いていることになっているが、(ウニもしかり)牡蠣とカニとウニの横を素通りできない体質。

金沢の牡蠣じゃあ知れているかと思っていたが、あにはからんや、美味い!!

半分食べたところで、ぷっくり口に広がり、その甘さとその栄養素がこれでどうだとワシを襲ってきたー。

金沢の牡蠣おそるべし。いまワシは後悔している。「もう一つ食べておけばよかった」と

 

でもねえ、ほかに食べたいものがあったのだよ。

旬の魚介類を焼いている、500円程度で安いぞ。

興奮しそうだ。エビを頼んで熱々でいただきました。

連れ合いは野菜類が安くて、金沢ならではの野菜があったのでいろいろとご購入。毎度ありがとうございます。

昼食は魚介類かと思ったが、能登に入ってから連日魚介類、飽きたわけでもないけども魚介以外の金沢の食事を捜して

「ハントンライス」の店を見つけました。

ハントンライス?なんじゃいなそれは。

聞けばハントンのハンとはハンガリーのことで、トンとは魚のことだという。

ハンガリー?どいった関係?

出てきたものは、ケチャップご飯に卵焼いたもの、これはオムライスじゃん?

その上にエビフライ、魚フライなどの他、得体のしれないフライ類が乗っかってケチャップがかかっている。

金沢を中心とした地域の県民のB級グルメってやつか?

まあ、全部の品々が食べられないものでもなく、残さずに食べたが、ハントンライスをワシは食べたことがある、という経験が、人に自慢できるっけかなあ。

近江町市場でイワシを4kgほど大人買いしたので、今日のうちに静岡の自宅に戻るべく家路を急いだのであった。

またなんでイワシか、という話は機会があれば話すとする。

◆到着

20時10分無事に漁村市の我が家に到着

全行程1200km。応援ありがとうございました。

 

 


金沢市内観光その2

2018-10-27 17:10:35 | 旅行記

【今日の 美術館】

昼食を金沢駅ビルの飲食店街で済ませテクシーで香林坊まで戻ってきた。

昼食はこんなもん、

連れ合いはサンマ定食、ワシはとんかつ定食。

ほうぼうの刺身としめさば、サバの塩焼きなどついて

値段はそれぞれ950円と1000円。駅ビルの一階、ランチ激戦区だぜ。安くない?

ほかのメニューやほかの店も覗いてみたが「安い」。ゆえに金沢は物価が低いと結論付け。

雲行きが少し悪くなってきた。

金沢城跡公園の見学に行くも、入り口でボランティアのおば様と昔ばなしに花を咲かせていると

本格的に雨が降ってきた。

あわてて香林坊の地下駐車場まで戻って、城址公園見学は明日にして金沢21世紀美術館ならば建物の中だから「行ってみよー」

人気のスポットである。おしゃれに造ってあるぞ。どこもかしこも。

これがドカンと金沢市の中心にある。市役所の隣である。芝生広場の中心にオールガラスの建物

外から中が見えると同じに、中からも外の人間が見える。

それぞれがリラックスしていて今の時間を楽しんでいるようだ。

街のど真ん中に美術館を企画した行政と、その美術館を人間を中心とした建築物にした建築家と

それぞれの思惑がピタッと合致していて「してやったり」な気持ちでしょうねえ。もう最高!とワシは思うのであった。

芸術を見せるよりも人を見せる、美術館であった。

館内にあるエレベータ

ガラスの箱がワイヤーを使わないで上下する。

箱の下側に水圧か油圧のシリンダーがついていてそれで1階と地階を往復している。

シンプルデザインこの上も無し。

エレベーターの操作スイッチはこれ、美術館だから頑張った。

美術館帰りの道路から見た並木、たぶんトウカエデ。無剪定。いいじゃん、

この写真を撮っている道路はケヤキ並木。もちろん無剪定。いいじゃんいいじゃん。💛

さて旅も残すところあと一日、今夜の宿は

金沢市から少し離れるが車で4・50分、富山境に俱利伽羅峠という源平時代からの峠がある。古戦場?

ここの道の駅でギアをパーキングにしよう。

ここは温泉と宿泊施設、食堂、コンビニエンスストア(コンビニは期待外れ)が完備されている。

明日は金沢に戻って再び観光の予定。

 


金沢市内観光その1

2018-10-26 18:26:43 | 旅行記

 

能登半島左回りの旅の「締め」は金沢市。

羽咋市から砂浜を走って来て、その終点から”のと里山海道”に乗り換えて、で内灘町に、

ここから金沢市に入る。

がワシらは道草。迂回して河北潟干拓地にある河北潟干拓土地改良区を目指す。

この事務所の近くに「メタセコイア」の並木がある。これを見に行く。

内灘から干拓地をずっと走る。秋田県の八郎潟干拓地の農地の中を走っているようだ。干拓地の道路や農地は似ているぞ。

 

絵のような並木道。これがメタセコイアだ。

 

金沢には数回観光できているが北から入るのは初めてだ。

だんだんと市街地に入ったなあと思う間もなく観光客がたむろしているところに来た。

あ、ひがし茶屋街だ。ワシらは急に左ウインカーを出して狭い路地に突入し狭い駐車場に車を入れた。

それでも時間が早いので観光客はまばらである。これから外国人と国内からの客がひしめく日常が始まるのである。

さっさと見るべきところは見て、公開しているお茶屋さんも見学して、「次、行ってみよー」

茶屋街から、兼六園と金沢城の間を貫く道路(ここ走ってみたかったのだ)を通って香林坊へ、地下にある駐車場に車を入れる。

これから歩いて観光をする。まずは近いところから長町の武家屋敷跡へ

 

武家屋敷跡ということだが、現況は今も住宅としてしっかり使われている様子だ、「跡」といって良いのか、それは失礼ではないか。

いやいや、現在の当主は武士ではないから「跡」でよい、という考え方もありか?

とにかくひっそりとしていて、よくぞ残したものだと思いますわ。

ここから徒歩で金沢駅に向かう。けっこう距離があるぞ1500mくらいな。

着きました。金沢駅です。

この有名な木造の(鋼製の主構造に木材で化粧したものだが)門てか、アーチ?やっぱし門な。

鼓門というらしい。(つづみもん)な。

少しは応力を負担しとるんかいな?

 

ニュースで東京から金沢まで新幹線が開通したので観光客がどっと増えたと言っているが

それは本当だと思う。すげえもん、駅のこの混雑は。

この門、皆が写真撮ってる。世界中の人種が来とるやんけ。

と言っても開通前を知らないからあまりワシャ言えないけども。

ここから再びテクシーで香林坊に戻る。

【テクシーとは : 「てくてく歩く」と「タクシー」を合わせた言葉でつまり徒歩の意味】

 

ごめん、明日に続く。

 

 


砂浜を車で走っちゃうぞ

2018-10-25 16:36:19 | 旅行記

【今日の これって環境破壊?】

世界中に砂浜を車で走れるところはたくさんあるかもしれないが、日本ではここだけの「千里浜なぎさドライブウェイ」

(ちりはま)と読む。

赤鉛筆の先が終点の羽咋市。ここから南方向、海岸伝いに約8kmがドライブウエイなのだ。

浜まで車で乗り入れられるところは多々あるが、8kmもの長距離にわたって合法的に走れる浜はここだけである。

赤丸から赤丸までだ。

細かい砂でしっかりと路面が締まっている。タイヤの跡が砂の表面に付くだけで、タイヤが埋まってしまう怖さは全くない。

海岸は国有地なので国土交通省直轄か?道路のメンテナンスはまめに行っている様子。

調べたら道としての管理は土木事務所のようだ。つまり石川県である。県が受託か?

昨夜の激しい雷雨のためかもしれないが、トラクターでごみをすくったり、レーキで路面を平たんにしている。

こういう仕事してえなあ。楽しそうじゃん。

思い切って渚まで車を寄せた。これ以上やると錆が・・・・・

釣りをしている、海岸だから投げ釣りは当然でしょう。

カーナビの画面、しっかりと波打ち際をワシらは走っているぞ。

左に見える「のと里山海道」は準高速道路である。通勤時であるので車がビュンビュン。

ワシらは、高速で走って8kmがすぐに終わってしまうのがもったいないから、かなりのゆっくりスピードで楽しむ。

 

砂浜の生物に関するタイヤ圧の影響など考えられないのかなあ。誰も言わないのか、ウミガメの産卵などは無いのか。

こういった場所もあっていいと思うがな。

地元民は走らないそうだ。理由は車がすぐに錆びるから。

まあ、観光道路ということで。

気持ちの良い体験だ。無料だし。残したい道路ベスト10に入れておきます。