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先週の土曜日に、ブログに書いた『裁判員制度の知られざる罠』には多くの反響を頂いた。驚きの声が大半だったが、中には「もともと弁護側にも、検察側にも最大4人まで対等に忌避出来る権利があるのだから問題はない。大騒ぎすることではないだろう」という反論もいくつかきている。死刑については、「法律で決まっている刑を前提に量刑を判断できますか」と質問をして、裁判員候補者から異論が出た場合には「今回の事件で、証拠によってどのような事実が明らかになったとしても、評議においては絶対に死刑を選択しないと決めていますか」と聞いて、「いいえ」は質問を続行せずに、「はい」と答えた場合はさらに質問を行う……となっているが、「法定刑に死刑がある犯罪であれば躊躇なく死刑を選択しますか」という質問は予定されていない。この場で、真実の内心を語らずに裁判員候補者が虚偽の陳述をした場合には、「30万円以下の過料」(裁判員法82条)、あるいは「罰金50万円の刑事罰」(81条)という制裁が待っている。つまり裁判員候補者は公権力の前で「思想・信条に関わる内心」を陳述しなければならず、その回答を理由に裁判員に選任されることも拒絶されるという場に立たされる。

かつて裁判員制度の制度設計の時に当事者が「理由を述べずに忌避する」(専断的忌避)ことの是非は議論になっている。司法制度改革推進本部事務局のまとめ「裁判員制度・刑事検討会」(第15回議事録・平成15年4月8日)には、「専断的忌避というのは、やっぱりどんなにきれいなこと言ってみたって、例えば、自分たちに有利なものを残して、不利なものを外そうというように考えるのは当たり前だと思うんですね」(平良木委員) 「きれいごとでは済まないところがあって、現にイギリスでは専断的忌避の制度を廃止したのは、それがあまりにも戦略的・戦術的に使われ過ぎて混乱したからであったと承知しています」(井上座長)などの記録もある。

日頃から意見交換を重ねている海渡雄一弁護士に意見を求めたところ、示唆に富んだ御意見を頂いので、ここに紹介しておきたい。

[海渡雄一さんの意見]

保坂さんが国会で議論されている裁判長が裁判員候補に対して、警察の捜査の信用性について質問することの不当性について、私は次のように考えます。

○検察官が専断的忌避権を持つと言うことは当然の前提とはされていないという
ことです。まず、アメリカの陪審制度においても、検察官が専断的忌避権を持つと言うことは当然の前提とはされていないと言うことです。司法制度改革審議会刑事検討会24回における発言では、酒巻委員は専断的忌避には反対という意見を述べられていて、「戦略的濫用に結びつく懸念がぬぐえない」とされています。平良木委員も専断的忌避はない方がよいという意見を述べられていました。また、イギリスではこの専断的忌避の制度は「あまりにも戦略的、戦術的に使われすぎて混乱した」として廃止されているとされているのです(刑事検討会24回の井上正仁委員発言)。

刑事法の専門家である、委員の間でも必ずしもコンセンサスがあってできた制度ではないのです。ここでどんな質問ができるかは、もっと広い範囲の専門家実務家の意見を聞いて決めるべきでしょう。

○専断的忌避は被告人の権利が原点です。この点について、マンスターマン陪審研究所長は、次のように言っています(「陪審制度」第一法規)。

「無条件忌避の起源は、イギリス法にありますが、事実植民地時代のアメリカにおいてそうだったように、被告人のみが無条件忌避の権利を有するという考え方があります。それはこういうことです。ある陪審員が被告人である私に有罪判決を下そうとしているとします。私が陪審員の選定に何らかの発言権を有していて、そして、私が陪審員のある人が過去における何らかの事実により良い陪審員ではないと事前に知ることができるならば、その陪審員選定は私にとってより納得できるものとなるでしょう。そこで、被告人である、私はあの人又はこの人は私にとって良い裁判員ではないと忌避申立権を与えられるのです。」

 そして、それを裏付けるように、現在の制度においても、無条件忌避できる人数について、被告人の方が、検察官よりも多い州が結構残っているのです。この歴史的経過は、無視できないのではないでしょうか。

○日本では、忌避できる人数は平等ですが、質問は裁判長にしかできません。しかし、候補者に発問できるのは裁判長だけで、弁護人は裁判長に意見を述べられるだけです。日弁連から出席していた四宮委員は当事者の質問権を認めるよう主張しましたが、容れられていません。弁護側から効果的な質問をして、警察を特に信用している裁判員候補を明らかにすることはできない仕組みになっているのです。ですから、結局裁判長の質問だあぶり出されるのは、警察に批判的な人だけになるのではないでしょうか。

○やはり、この問題の根源は、日本の警察による捜査が国際人権法の観点からみて、制度的に信用性のないものであるということが、明白になっているという事実にあります。

 これだけ日本の警察、司法手続に批判が集まっている時に、警察の捜査に特に信用できない事情がありますかという裁判長の問い対して「逮捕後も長期間、警察の留置場に身柄を拘束されて長時間取調が行われる代用監獄は世界に例がないと聞いたことがあります」とか、「取調が可視化されておらず、強圧的な取調が頻繁に行われている。そう言う映画を見たことがあります」とか、「否認していると保釈されない制度は人質司法だと思います」というような、警察に対する正当な不信を表明する人は何人かは出ることでしょう。

 このような見解を持っている人が裁判の公正を害するといえますか。
 そうはいえないでしょう。そのような人こそ、裁判員の評議をリードして正しい結論に導きうる、市民であるといえるのではないでしょうか。

 しかし、検察官の意思表明は専断的に可能なのですから、この質問によって明らかになった裁判員候補の傾向にもとづいて、警察の捜査の現状に批判的な裁判員候補は確実に排除されることになるでしょう。

 日弁連がこれまで声を枯らして訴えてきたメッセージを受け止めてくれた刑事裁判の問題点に自覚的な候補者を理由を示すこともなく、排除できるシステムに何の問題も感じませんか。これを認めて、私たちの願ってきたような裁判員裁判の実現が可能であるとは私には考えることができません。

○しかも、裁判員制度は、米国の陪審制度と違って、全員一致ではなく、多数決によることになります。

 12人の怒れる男たちのヘンリーフォンダのように、たった1人で疑問を提起して多数派になっていくという回路が閉ざされていて、また、陪審と異なり職業裁判官も合議に加わるのです。そこで、警察に対して批判的な目を持っている人があらかじめ排除できるような制度をビルトインしてしまって、まともな裁判、まともな合議になるでしょうか。

○合議の具体的場面を思い浮かべてみましょう。「警察の捜査は特に信用できると思うような事情、あるいは逆に、特に信用できないと思うような事情がありますか」という質問に対し、「ありません」と答えた人が、「やはり、この事件を捜査した警察官Aが言っていることはおかしいと思う。最近、警察官の取調べが酷くて無罪になった事件があったではないですか。あれに似ていませんか」と言ったとする。取調の実態についての客観的証拠はなく、警察官と被告人の証言の信用性を比較するしかないのである。

 裁判官からは、「あなたは、警察の捜査に特に信用できないとは思わないと答えたからこの場にいるのではないか。他の事件はともかく、この事件についてのみ冷静に判断しましょう。警察が怪しいという偏見を除いてよく検討してみましょう」という発言がなされるかもしれません。もう、この裁判員は発言できなくなってしまうのではないですか。

○ことは、私たちが何のために裁判に市民の視線を取り入れようとしたかの原点に関わる問題ではないのでしょうか。
 検察と裁判所が警察の取調の任意性が争われる事件、すなわち代用監獄における自白強要が鋭く問われる事件について、裁判員の中から警察の捜査手続きのあり方について批判的な目を持つ市民をあらかじめ排除しようとしている時に、弁護士は反対をするべきではないかと考えます。

[海渡雄一さんの意見終わり]



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