マイナンバーカード、ゴリ押しの一体化 (2019年9月25日 中日新聞)

2019-09-25 08:12:54 | 桜ヶ丘9条の会
マイナンバーカード、ごり押しの一体化 
2019/9/25 中日新聞

 十二桁の個人番号、住所、顔写真などが記録されたマイナンバーカードを普及させようと、国は二〇二〇年度の概算要求に多額の経費を計上した。健康保険証や職員証、学生証として使えるよう検討し、消費税増税後の活性化策での利用も画策する。カードの普及率はわずか14%。これほど不人気なのに、押しつけて問題はないのか。

◆人事評価に懸念

 「これ、職員証にICチップを入れれば済む話じゃありません?」。愛知県豊橋市職員労組の伊藤英一委員長(53)が、市役所本庁舎通用口にある職員の出退勤管理システムを見ながら苦笑いした。

 駅改札でのICカードのように端末にマイナンバーカードをかざすと、役所のコンピューターに出退勤時刻が記録される。一月に始め、本庁舎勤務の職員の六割がカードを持っている。ICチップがない職員証が別にあり、カードは出退勤管理のためだけに持ち歩いている。
 システムは昨年二月、佐原光一市長が市議会で導入を表明した。市は「働き方改革の推進とともに、カード普及にもつなげる」と説明。導入にかかった二千六百万円の半額程度を国の交付金で賄った。議員からは「非常にプライバシーの強いカード」「全職員が取らなくてはいけないのは疑問。強制することのないように」との指摘があった。
 カードを取得したかどうか、つまり市の言うことを聞いたかどうかが、職員の人事と関連づけられる恐れもある。職員労組は市にカード取得を強制せず、人事評価にも反映させないよう求めた。市は、労組との協議に応じるとしつつ「カード取得への理解を得るよう努めていきたい」と答えるにとどまった。
 通用口にはカードを持っていない職員のために、従来のタイムカードも残る。伊藤委員長は「出退勤管理は過労死対策として良いシステムだけど、なぜマイナンバーカードでなければいけないのか」と疑問を呈した。

◆ICチップ済み

 国は「デジタル・キャンパス」化の一環として、大学の職員証や学生証でのマイナンバーカード活用も進める。しかし、多くの大学がICチップ入りの身分証を既に導入しており、カードに換えるメリットは見当たらない。
 身分証として使うにはカードに新たな機能を入れる必要があり、その作業に時間がかかる。新入生や留学生にも迅速に行き渡るのか、紛失した場合はどうするのかなど、面倒な問題が残る。
 完成するまでの間に使う「仮カード」を発行するとしたら、二度手間になる。既存の職員証と学生証で十分だろう。
 昨年十月の内閣府の調査では、カードを持たない理由として「必要性を感じられない」が57・6%を占めた。

◆公務員は半強制

 「二〇二二年度中にほとんどの住民がマイナンバーカードを保有していることを想定」。菅義偉(すがよしひで)官房長官を議長とするデジタル・ガバメント閣僚会議が六月四日に示した普及促進等のポイントに、そう明記されている。この会議を機に、カード普及に前のめりになる国の姿勢が急速に表れ始めた。
 二一年三月に、カードを健康保険証として使えるようにする予定。年末調整や確定申告書類の入力、教育訓練給付金の電子申請、お薬手帳や教員免許状、運転経歴証明書、障害者手帳との一体化も想定する。
 今月公表した普及への工程表では、消費税増税に伴う還元策として、カードを持つ人に買い物用ポイント「マイナポイント」を国費で上乗せする方針を打ち出した。スマートフォン向けの民間のキャッシュレス決済サービスで入金(チャージ)をする際、二万円なら25%の五千円分を付加する方向で検討中だ。
 さらに、カードの申請機会を増やそうと、役所に加えてハローワーク、税務署、運転免許センター、病院・介護施設、大規模商業施設、学校の入学式・運動会、郵便局などで受け付けるようにする。
 工程表では、来年三月までに公務員の一斉取得を推進するとしている。総務省などは各省庁、自治体に依頼を出すとともに、職員とその家族の取得状況の報告を求めた。共済組合には職員らの氏名、住所を印字したカード交付申請書と申請用の封筒を、職場を通じて配るよう求める徹底ぶりだ。
 関係者によれば、このお達しは異例の速さで伝わった。閣僚会議が方針を出してから、自治体の人事担当課や共済組合の全国組織などを通じ、各共済組合に連絡が送られるまで、わずか二日だった。「拒否できない状況がつくり出される」と、自治労連は一斉取得を押しつけないよう求めた。総務省の担当者は「あくまでも『勧奨』。強制ではない」と主張する。
 ただ、現場はそうは受け取っていない。公立学校共済組合本部が七月に加盟組合に送った連絡には「文部科学省からの依頼に基づき、公立学校教職員のカード取得推進に取り組む」「8月を『マイナンバーカード月間』と位置付けた」と、まるで営業担当者のような文言があった。

◆高齢者紛失危険

 一方、カードを落とすなどしてマイナンバーを他人に知られたらどんな危険があるのか。内閣官房番号制度推進室に尋ねても判然としない。「カードには顔写真が入っており、利用する際は暗証番号が必要。悪用すれば法で罰せられる。紛失や盗難はクレジットカードの方が怖い」としながらも、「何に使われるか分からないから、マイナンバーを他人に知らせないに越したことはない」との答えが返ってきた。
 全国保険医団体連合会(保団連)は「医療機関を利用する機会が多い高齢者がカードを紛失したり盗まれたりする恐れが大きい」と懸念する。
 元大阪府松原市職労書記長で自治体情報政策研究所の黒田充さんは「自治体のIT政策で一貫しているのは、住民を主権者としては見ていないということ。ほとんどの住民は個人情報が役所の中でどう使われているか知らないのではないか」と指摘する。
 マイナンバー制度に詳しい清水勉弁護士は「現場は必要としていないのに圧力をかけ、壮大な無駄遣いをしようとしている。金と携わる人間の労力の無駄。いろいろな意味でマイナスしかない」と強調した。

 (大野孝志、坂田奈央)