ゲノム編集食品、夏にも食卓へ(2019年5月9日中日新聞)

2019-05-09 09:07:48 | 桜ヶ丘9条の会
ゲノム編集食品、夏にも食卓へ 

2019/5/9 中日新聞


 厚生労働省の専門部会は生物の遺伝子を改変する「ゲノム編集」技術で品種改良した農水産物のうち、「自然界でも起こり得る範囲内の改変」を施したものについて、国への届け出のみで販売してもよいとする報告書をまとめた。「遺伝子組み換え」のような厳格な安全性審査は求めない方針で、ゲノム編集食品は今夏にも販売できる見通しだ。しかし、生協や農業関係者らは「遺伝子操作には想定外の事態も考えられる」と猛反発している。

◆遺伝子切断、特定の機能を抑制

 「遺伝子組み換え」は納豆やスナック菓子などの包装にある原材料表示で目にする。ゲノム編集食品とはどう違うのか。

 遺伝子組み換え作物(GMO)はある作物の遺伝子を切断し、そこに外部から別の生物の遺伝子を組み入れる。これにより従来持ち合わせていなかった性質を帯びさせることができる。

 例えば、除草剤をかけても枯れない大豆や、特定の害虫だけを殺すタンパク質を取り入れたトウモロコシを作ることができ、米国などで広く栽培されている。

 ゲノム編集食品は別の生物の遺伝子を使わない。主に特定の機能を持った遺伝子に狙いを定め、切断してその機能を発揮させないようにする。研究の歴史はまだ新しく、二〇一〇年代に入り、画期的な新技術が開発され、急速に利用が進んでいる。

 日本でもこの技術により、筋肉量が多いマダイ、収量の多いイネ、血圧上昇を抑える効果があるとされるアミノ酸「GABA」を通常の十五倍含むトマトといった特徴を持つ農水産物が、大学や研究機関で次々と開発されている。

 こうした食品について、消費者が気になるのはやはり安全性だ。GMOの場合は食品衛生法で定められた、専門家による安全性審査を受けなければならない。

 厚労省の新開発食品調査部会は三月十八日、ゲノム編集食品について報告書を出し、「安全性審査は不要」と結論付けた。理由として、遺伝子の欠失や置換は自然界でも突然変異で起きていること、従来の品種改良技術でも放射線を当てたり、薬品を使ったりして遺伝子に働き掛けるが、それとほぼ変わらず、安全上の問題も起きていないことなどを挙げた。

 開発者側には遺伝子をどう改変したか、安全性をどう確認したかについて届け出を求めるのみという。食品表示については厚労省と消費者庁が協議している。

 厚労省食品基準審査課の吉田易範課長は「科学的な判断をもらったと思っている。従来の品種改良で起こっていることと差がないか、それと同じレベルの話。従来の改良で健康上のリスクも出ていないため、罰則を設けて届け出を義務化するのも適当ではない」と説明する。

 アグリビジネス企業などで構成するGMOの普及団体「バイテク情報普及会」の熊谷善敏事務局長も「安全性審査を課せば、開発費に加え、承認を得るために必要となる試験や登録費などが膨大となり、国内企業の参入が阻まれる」と報告書を評価する。

 こうした対応は国によって判断が分かれる。米国はゲノム編集食品について、一律の規制を設けない方針。これに対し、欧州連合(EU)は最終決定はしていないが、欧州司法裁判所がGMOと同様の規制をする判断を示している。

◆安全審査なし、健康への影響は未知数

 ことし一月二十四日から一カ月間、厚労省がゲノム編集食品に関して集めたパブリックコメントには六百九十一件の意見が寄せられた。そのうち、重複内容を集約した百九十一件を見てみると、「表示もなく販売されれば、消費者の選択は不可能となる」「諸外国ではすでに危険性が指摘されているのに、なぜ日本ではしっかり検討することもなく解禁するのか?」など約八割が反対意見だった。

 それに対して、賛成は「遺伝子組み換え作物は危ないというのは、全く非科学的な感情論。ゲノム編集は特段表示の義務は必要ない」「必要以上の規制にならないように」といった業界側の声が並ぶ。

 首都圏を中心に一都十一県で活動する「パルシステム生活協同組合連合会」は、ゲノム編集食品もGMOと同様の懸念があるとして、GMO同様の規制を要望している。

 同会の江川淳・商品開発本部専門部長は「遺伝子組み換え技術自体は否定しないが、医療分野のみに限定されるべきだ。ゲノム編集された作物がつくられる過程で起きる環境への影響や、食品としての健康影響が分からない中で、安全性審査もなく消費者に提供するのは問題だ」と話した。

 反対論の中には「オフターゲット」という問題を挙げる人もいる。ゲノム編集の作業中、編集して変えたいという標的の遺伝子塩基配列以外の部分に、意図しない突然変異が入ってしまう問題だ。理化学研究所は二〇一六年十二月に「ゲノム編集の落とし穴」と題する研究成果を発表し、「標的とするゲノム領域に狙い通りの突然変異を導入しても、想定外の標的タンパク質発現が生じる例を示しました」とした。

 二万三千人分の反対署名を厚労省などに提出した農民運動全国連合会の常任委員で、千葉県で農業を営む斎藤敏之氏は「芽が毒にならないジャガイモをゲノム編集でつくる話があるが、自然の姿とかけ離れた作物が、いずれ本物扱いされるようにならないか。オフターゲットも含め、開発側がそれでも安全面でも問題ないというなら、せめて消費者が選択できるよう表示するべきだ」と話す。

 その上で、斎藤氏が懸念するのは、農家が大手穀物企業などの「下請け」になるのではないかという点だ。「今まで農家は種から栽培し、採れた種をまた栽培する自家増殖を認められてきたが、農水省は種を開発した育成者の権利を保護するためとして、自家増殖の原則禁止を打ち出した。これはゲノム編集作物の種にも当てはめられ、毎年、種の開発企業に種を買わされ、栽培マニュアルまで押しつけられる。これじゃ、やっていられない」

 先行したGMOさえ「四割が不安がある」(消費者庁アンケート結果)のに加え、強い反対論がある中の「審査不要」の方針は拙速に映る。それでも推進するのは、一八年六月に閣議決定された「統合イノベーション戦略」の中で、ゲノム編集食品を特に取り組むべき主要分野に位置付けており、安倍政権の成長戦略の一環となっていることが影響しているのだろうか。

 農業ジャーナリストの大野和興氏は「政権の意向もあるだろうし、巨大穀物メジャー企業の圧力を受けた米国の思惑もあるだろう。安全性審査をなくすのはその影響では」と指摘した上でこう語る。「推進派も反対派も技術論ばかり。GMOやゲノム編集が、今までの農業での育種とは全く違う生命の則(のり)を超えた所業だという根本的かつ哲学的な議論がされていない。本来なら、かつて激論となった脳死問題のように、生命観をともなった国民的議論をするべきだ」

 (石井紀代美、大村歩)