原発避難者訴訟 国・東電の責任は当然だ(2017年3月18日中日新聞)

2017-03-18 08:44:33 | 桜ヶ丘9条の会
原発避難者訴訟 国・東電の責任は当然だ 

2017/3/18 中日新聞
 原発事故によって平穏に生きる権利を侵された。そう避難者が慰謝料を求めた裁判で前橋地裁判決は国と東京電力の過失を明白に認めた。原発の再稼働を急がず、立ち止まるべきだ。

 どこに住むのか、どんな仕事を選ぶのか、人には自分の人生を決める権利がある。しかし原発事故でもたらされた放射能の恐怖や不安がそれをかなわなくする。

 「原発事故のために穏やかに生きることができなくなった」と国と東電の責任を正面から問うた裁判だった。

 判決は原発の電源を喪失させる大規模な津波発生など、事故を予見しながら適切な対策を怠った東電と、原発事業に対して適切に規制権限を行使しなかった国の責任を全面的に認めた。各地では約三十の同種の裁判が争われている。

 争点の一つは、原発の敷地地盤面を超え、非常用電源を浸水させるほどの巨大津波の発生を予見できたかどうかにあった。

 判決は「地震、津波は予見できた」と認めた。被害を防ぐ措置についても「一年でできる電源車の高台配備やケーブルの敷設という暫定的対策さえ行わなかった」と東電の対応のずさんさを断じ、「経済的合理性を安全性に優先させたと評されてもやむをえない」などと強い言葉で表した。

 原発事業の規制を担う国に対しては「東電に対して技術基準適合命令など規制権限を行使すべきで、権限を行使していれば事故は防げた」と、不適切な行政が事故を招いたことを認めた。

 慰謝料の算定で問題になってきたのが国の原子力損害賠償紛争審査会が決めた中間指針である。裁判では指針を上回る賠償が認められるのかどうかが注目された。

 判決は国と東電の過失は認めたものの指針の合理性を認めており、賠償額は低い。指針より上積みされた人がいる一方、半数が棄却されたのは残念である。

 原発事故がもたらした放射能汚染は甚大で、国が線引きした避難区域の内と外でその被害は本質的に違いはない。

 にもかかわらず、区域外の被害者にまともな賠償が行われないのは差別である。指針は是正されるべきである。

 原発事故は国策が招いた人災である。政府は原発回帰を強め各地で再稼働を進めているが、事故がひとたび起きればその被害は償い切れない。この判決を重く受けとめ、一刻も早い被害の回復にこそ努めるべきだ。


「平穏に暮らす権利」侵害 原発避難訴訟で賠償命令 

2017/3/18 中日新聞紙面から

 東京電力福島第一原発事故を巡る集団訴訟で、国や東電の過失責任を初めて認めた十七日の前橋地裁判決。健康被害の有無によらない「平穏に暮らす権利」も認められ、画期的な司法判断が示された。だが、慰謝料については原告の約半数が棄却され、賠償面では苦しい結論となった。国や東電の責任を、どう金銭的補償につなげるかという問題は残った。

■過失

 「司法が、原発事故は人災だったと認定した」。判決後の集会に参加した全国の原発集団訴訟の弁護士らは、国の責任が認められた意義を口々に強調した。

 国はこれまで事故を防ぐよう事業者を規制する権限はなかったなどとして責任を否定。「傍観者」の立場を貫いてきた。しかし、判決が国と東電の連帯責任を認めたことで、国の原発政策や賠償への姿勢は見直しを迫られる可能性がある。

 判決では、津波は予想でき、対策をすることで事故は防げたとして、東電の過失も実質的に認めた。根拠は、政府の地震調査研究推進本部が二〇〇二年七月にまとめた長期評価。大きな津波地震の可能性を指摘したもので、国と東電はこの評価を「直ちに信用できないものだった」としてきたが、判決は「考慮しなければならない合理的なもの」と認定した。

 原発事故を巡っては、東電の勝俣恒久元会長(76)ら旧経営陣三人が業務上過失致死傷罪で強制起訴されている。今月二十九日に、証拠や争点を絞り込む公判前整理手続きが始まる。

■賠償

 多くの原発集団訴訟に共通する大きな争点の一つが、東電が避難者への賠償水準の前提としている国の指針を超える賠償が認められるかどうかだ。

 指針は避難が放射線量によって国が定める指示区域内からか、区域外からかで賠償額を大きく線引きし、東電は区域外からの避難の合理性を否定している。

 今回の判決は、迅速な賠償を促す指針の必要性は認めたものの、損害を指針の枠内でだけ考えることは否定。原告側が主張した「平穏に暮らす権利」が事故によって侵害され、精神的苦痛を受けたかどうかを個別に検討するよう求めた。

 平穏に暮らす権利については、「慰謝料の考慮要素」として示され、被ばくの不安や、かつての生活、地域、生業への愛着、失業、転校などを判示。被ばく線量の検査結果が健康に影響のある数値と認められなかったとしても、原告の不安を否定することにはならないとも指摘した。

■課題

 とはいえ、判決で認定された慰謝料は請求額に比べて少額。棄却された原告は指針を超えた賠償が認められなかった。

 弁護団は声明で「被害者が受けた精神的苦痛が適切に評価された金額と言えるかについては、大いに疑問がある」と指摘した。

 同種の訴訟は、前橋地裁以外で全国十九地裁・支部で係争中で、原告総数は二月末現在で約一万二千人。国や東電の責任を、原告が納得できる補償の形にどうつなげるかが焦点となる。

 (清水祐樹、寺岡秀樹)

◆長期評価認められた

 <地震の長期評価を二〇〇二年にまとめた島崎邦彦・元原子力規制委員の話> 前橋地裁の判決は、長期評価が科学的に正しいと認めてくれた。巨大津波襲来の危険があるという不都合な真実を、東電や国が無視したために悲劇が起きた。二度と繰り返してほしくない。

◆損害の認定は抑制的

 <大阪市立大の除本理史(よけもと・まさふみ)教授(環境政策論)の話> 原告が抱える被ばくへの不安感について理解を示すなど、評価できる点もある。ただ賠償は非常に低額で原告の請求と開きがある。避難者への賠償は、国の指針や東電の賠償基準など加害者サイドが定めた枠組みの中で進められてきたが、そこでは解決できない損害があるからこそ多くの人が訴訟に踏み切っている。判決はこの点で原告の思いと隔たっており損害の認定では自己抑制したかのような内容だ。

◆<解説> 国の責任逃れ許さず

 国の過失責任を初めて認定した前橋地裁の判決は、「事故を防ぐことは可能だった」と指弾し、国の「責任逃れ」を許さなかった。健康被害の有無によらない「平穏に暮らす権利」を認め、国と東電の責任を明確化したことは、原発再稼働に前向きな政府や電力会社に対する裁判所の忠告とも受け取れる。

 判決は損害賠償について、避難の経緯などそれぞれの個別の事情に応じて判断することが相当とした。賠償が認定されたのは全原告の約半数にとどまり、明暗は分かれた形だ。

 だが避難指示区域内からの避難者と比べ、賠償額で大きな開きがあった区域外からの「自主避難者」にも、原告個々の事情に応じた賠償を認めた点は評価できる。国の指針を基準にした賠償しか認めてこなかった東電の硬直的な対応への戒めといえるだろう。

 判決は、国、東電とも「津波は予見できた」と明確に断じた。全国で係争中の集団訴訟でも原告側は同様の主張をしている。今回の判断を被害者救済にどうつなげるかが問われている。

 (前橋支局・川田篤志)

 <福島原発事故の賠償> 原発事故の被害者保護などを目的とする原子力損害賠償法は、過失の有無にかかわらず原子力事業者が賠償責任を負うと規定。「異常に巨大な天災地変や社会的動乱」による場合だけ免責される。東京電力福島第一原発事故で東電は免責されず、文部科学省の「原子力損害賠償紛争審査会」が定めた指針に基づき、東電が賠償金を支払っている。巨額賠償による経営破綻を避けるため、国の認可法人「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」が返済前提で資金を援助している。賠償額は3月10日現在で約7兆円に上る。