A Challenge To Fate

私の好きな一風変わった音楽を中心に徒然に綴ったページです。地下文化好きな方は見てやって下さいm(_ _)m  

【Disc Review】ヒカシュー『あんぐり』〜時代の進化のスピードから人類を解放する歓びの歌

2017年10月12日 02時39分51秒 | 素晴らしき変態音楽


ヒカシュー/あんぐり ANGURI In the style of unlanding
MAKIGAMI RECORDS mkr-0011
¥3,000(税別)

1. あんぐり  Anguri
2. どれもが正解 All are correct
3. 至高の妄想 Suprematism
4. なりすまして候 Solemn Pretender
5. つぶやく貝 Selfish shellfish
6. いいね  I like it!
7. 透明すぎるよ  Too transparent
8. 了解です Roger that
9. 全方位怪しげ  Omni suspicion
10. まもなく天国 作曲 ヒカシュー It will be heaven soon
11 愛せないよ、そんなんじゃ You cannot be in love, I guess.
12 着陸しない系 In the style of unlanding
13. いい質問ですね  Good Question!

ヒカシュー
巻上公一 ヴォーカル,テルミン,コルネット、尺八、口琴
三田超人 ギター
坂出雅海 ベース
清水一登 ピアノ、シンセサイザー、バスクラリネット
佐藤正治 ドラムス

ゲスト
モリイクエ ラップトップ(2, 8, 13)
クリス・ピッツィオコス アルトサックス(9, 10,12)
吹雪ユキエ ヴォーカル(5, 8)
あふりらんぽ ヴォーカル(8)
井上誠 シンセサイザー (8,9, 10,12)

Produced by MAKIGAMI KOICHI
Recording at Eastside Sound Studios in NewYork 1,2 May. 2017
Recorded and Mixed by Marc Urselli Eastside Sound Studios
Coodinated by SAKAIDE MASAMI
Mastered by SCOTT HULL Masterdisk

ヒカシュー新作アルバム『あんぐり』CM



あんぐりと口を開けたブラックホールの反重力。時代の進化のスピードから人類を解放する歓びの歌。

『あんぐり』という言葉を聞いた時最初に頭に浮かんだのはAngry(怒り)という英語だったのは、怒りっぽい短気な性格だからであろうか?否、寧ろ温和で物静かで内気なタイプの筆者にとっては十代の頃初めて手にしたギターを掻き鳴らして歌ったパンクロックが最も「アングリー」な瞬間であった。1977年中学3年生の頃の話である。同じ頃自ら劇団「ユリシーズ」を立ち上げ虫を題材にした前衛パフォーマンスを行っていた巻上公一は、78年にロックバンド「ヒカシュー」を結成し、翌年レコードデビューを果たすが、渋谷屋根裏で開催されたレコードリリース記念イベントでは、楽器を持たずアルバムの曲を一切演奏しない破格のライヴを行ったという。元々アングラ劇団出身ということもあり「レコードなんか出しちゃったことに罪悪感があった」と巻上は語るが、当時は寧ろ反抗的な「怒り」に近い感情があったのではなかろうか。にも関わらず屋根裏に予想を遥かに超える観客が集まり、急遽二回公演することになり、メチャクチャ大変だったと言う。楽器無しでどんな演奏をしたのかは語られ無かったが、ハプニングと実験性に満ちたステージだったことは容易に想像できる。満員の観客は呆然としてあんぐり口を開けるばかりだったに違いない。テクノポップ御三家と呼ばれたヒカシューに、それ以前から反抗心と前衛精神が宿っていた証拠となるエピソードである。

では、結成39年目となる2017年に発表されたニューアルバム『あんぐり』を聴く我々は、件のリリースイベントの聴衆と同じように口をあんぐりと開けているしか無いのだろうか。否、この39年余りの間に人類は少しだけ進化した筈だ。何と言っても20世紀の終わりを経験してなおも生き続けている「うわさの人類」である。声をあげて頭を使うやり方も昔に比べ遥かにスマートになった。しかしながらそれ以上に文明の利器は、人類の「進化 Evolusion」などまるで「退化 Devolustion」に思えてしまうほど過剰なスピードで進化してきた。特にインターネットやモバイルの進化の異常なスピードについて行くために、人類は常に「いいね」とか「了解です」とか「いい質問ですね」とか「つぶやく貝」になるしかなくなり、中には他者に「なりすまして候」という輩も横行する。ヒカシューはそんな世の中をあんぐりと口を開けたブラックホールに誘い込もうとしているのか。ニューヨークのイースト・サウンド・スタジオにあるブラックホールという名のラトビア製のマイクロフォンを巻上が愛用している事実が手がかりになるだろう(ちなみにU2のボノも同じマイクを使っているらしい)。NY在住の漫画家・近藤聡乃の手になるジャケットで蓮の花のように水面に浮かぶ美女の流し目が聴き手を黒い夢幻空間へ手招きしている。

「俺は季節を超えるスピード感を持ちたい」と語った昭和の前衛サックス奏者が亡くなったのは78年9月。それから数えて同じく39年というのも偶然にしては出来過ぎてやいまいか?その証拠にニューヨークでレコーディングされた『あんぐり』にゲスト参加したのが「21世紀型阿部薫」(横井一江氏)と呼ばれるNYハードコアジャズ・シーンの若手サックス奏者クリス・ピッツィオコスである。他に同じくニューヨーク即興シーンのベテラン・モリイクエ(元DNA)、10年前に巻上が主宰した口琴劇に出演した女性歌手・吹雪ユキエをゲストに迎え展開するアルバムの構成はヴォーカル曲と即興トラックが交錯し、人懐っこいポップなメロディーと聴覚のバランスを狂わせるインプロヴィゼーションの狭間で玩(もてあそ)ばれる快感にたっぷり浸ることが出来る。

つまりこのアルバムは、何事に対しても「オチ」(着地点)を求める世知辛い世の中の重力から自由になって、「着陸しない Unlanding」まま生き続ける歓びの讃歌なのである。


★文中のエピソードの幾つかは「ヒカシューの秋2017 2017年10月10日(火)吉祥寺スターパインズカフェ」に於けるMCから引用しました。

アングラな
アングルで
勘ぐらないで
カンガルー


ヒカシュー+沖至+クリス・ピッツィオコス 2017年9月17日(日)調布・せんがわ劇場 JAZZ ART せんがわ 2017


コメント
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