ブログ「教育の広場」(第2マキペディア)

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「天タマ」第41号(2000年11月28日発行)

2007年08月18日 | 教科通信「天タマ」
「天タマ」第41号(2000年11月28日発行)

         市立看護専門学校 哲学の教科通信

 前回は、(1) 人間はどこまで理解し合えるか。(2) 人間は完全に
理解し合う必要があるのか。(3) 思った事を何でも全部正直に言っ
ても好いのか、といった問題を考えました。それを考える事例とし
て、タレントのHさんの離婚のきっかけ、我々の私語問題の解決の
仕方を挙げました。(1)(2)(3) の一般論とこれらの現実の問題とを
一緒に考えている人が少なかったです。

こういう問題を出したのは、アンケートで「自分の考えが一番正
しいと思い込んでいる」という批評について、「正直な意見だから
いい」といった単純な考えがあったからです。いろいろな問題を関
係させて考えるように努力して下さい。

   他人にどこまで責任が持てるのか

──9月の実習の時、同じグループの1人が担当患者さんについて
「Aさんは私に不安な気持ちを打ち明けてくれない」と問題提起し
ていた。それに対して、臨床指導者や主任や婦長らは、「Aさんの
そういう気持ちを話させて、あなたはそれに対して何をしたいのか
。聞くだけ聞いて、受け止められるの? Aさんは不安な気持ちを
黙っていることで自己概念や自己価値を維持しているのかもしれな
い。聞きっぱなしで『ハイさようなら』はいけない。聞くなら最後
まで責任を持ちなさい」みたいなことを言われていた。

 実習期間の短い接触の中では、そこまで話せる人間関係を築くの
は難しい。完全に分かり合おうなんておこがましいことは思わない
方がいい。入院はその人の一瞬の出来事にすぎないし、出生からの
生育歴を含めて全部知ろうなんて不可能である。

   援助の実例

──前回の実習で私が受け持たせていただいた患者さんは、本来な
らば退院できる人であったが、その妻が末期の癌を抱えていて同じ
病棟に入院していた。妻が入院しているからその患者さんも退院し
ないでいるような状況であった。その夫婦はとても仲がよく、いつ
も2人で廊下を歩いていたりしていて、夫も妻も2人で一緒にいる
ことがお互いの心の支えになっていた。そして、夫にとっては妻の
病気も一緒に背負うことが生き甲斐になっているようだった。私は
その患者さんとの関わりの中でそう理解した。

 そして、私の考えた援助は、患者さんと一緒に奥さんへ鶴を 100
羽折って渡すことだった。毎日少しずつ折って、実習最後の日に奥
さんの所へ届けた。奥さんは涙を浮かべてとても喜んでくれた。夫
の方も達成感を感じているようであり、 100羽の鶴は2人にとって
効果のあるものとなった。

 或る卒業生は「私の看護観」の中で次のように書いています。

──私達の班は10月に ICUに実習に行き、そこで一人の患者さんと
出会いました。その方は東京の方でたまたま浜松を旅行していた時
に心筋梗塞で倒れ、入院となったそうです。その患者さんと話す機
会がありました。旅行先での入院となり、しかも初めての入院であ
る事、などを話していました。私は「それは大変でしょう」とその
人の手を取り、目線を合わせて話をしました。そして ICUの実習が
ある時は必ず訪室し、患者さんと様々な話をしました。患者さんも
話す事によって笑顔が見られるようになりました。

  ICU実習の最後の日、患者さんに「今日でここの実習が終わりな
んです。早く良くなって下さい」と手を取って話しました。すると
患者さんは「ありがとう。あなたが毎日来て、話しかけてくれて本
当に支えになりました。見知らぬ土地での入院で本当に不安でした
。患者にとって看護婦さんから声をかけてもらったり、手を握って
もらったりする事で、こんなに心強くなれることを初めて知りまし
た」と、涙ながらに話してくれました。

 ★ 患者を理解することは自己目的ではなくて、患者のためにな
り、患者の喜ぶような援助を発見し、それをするための一つの前提
条件にすぎないのではないですか?

   私生活では全てを受け入れるのがよいか

──今日、先生は私生活においては注意は必要なく、相手の全てを
受け入れるべきだと言いました。もし嫌ならば付き合わなければ好
い、夫婦だったら別れれば好い、とも言っていました。

 私はこの考えに反対です。本当に好い人間関係が築けていても、
相手の全てを受け入れる事は難しいと思うからです。嫌な事を含め
て相手を受け入れるとはどういう意味として捉えれば好いのでしょ
うか。嫌な面があっても何も言わずに黙っている、お互いに指摘し
ない=話し合わないという風に私は捉えました。

 私は思った事は何でも正直に言って好いとは思いません。けれど
全く言わない事は「逃げ」の姿勢として考える事ができると思いま
す。お互いに思っている事を正直に話す事で得られる関係もありま
す。もちろん壊れる関係もあるはずです。

 私の考えでは、「相手の全てを受け入れる」ということは、「自
分の嫌な面についての意見も受け入れる」という事だと思います。
相手の言っている事で自分の納得の行かない場合は、その人とは付
き合えないと判断すれば好いと思う。

 先生と生徒の関係のように人間関係は誤解を生じやすいものです
。自分の判断で「この人とは付き合えない」と決めるよりも、自分
の意見に対して相手が返してきた態度によって判断した方が、誤解
のない関係が出来ると思います。この関係は自分も相手も傷つく恐
れがあります。相手を傷つけるような事は言うべきではありません
が、自分が本当にその人と長く付き合っていきたいと思うのならば
、時には正直に話し合う事も必要ではないでしょうか。

   結婚している人の意見

──夫婦はお互いに受け入れるべきだと先生はおっしゃったが、私
たち夫婦は、互いに嫌な事も指摘して、それを受け入れることがで
きるように心掛けている。親しい仲だからこそ、互いの否を認めて
成長できるという関係が成立できるのだと思う。

──・結婚して15年たったが、新婚時代と現在とでは、夫婦関係は微
妙に異なってきていると思う。新婚の頃は、若い事もあって、お互
いに思っていることを何でも言い合っていた。それは多分、相手の
短所に関してのみが話題となっていて、長所に関しては触れていな
かったと思う。従って言い争いとなってしまい、辛い思い出となっ
ている。

 このような長年の試行錯誤を経て、お互いに短所に関しては触れ
ないような関係になっている。タレントのHさんのような注意をす
ることは、自分の事を棚に上げて相手の指摘ばかりに集中している
事が考えられる。つまり、自分自身を理解できていないのだと思う


 現在では、相手の許せない事に関しては思い止まって、自分にだ
って不備な所は沢山あるのだからと、感情的にならずにいる。また
、相手の短所を指摘したいと思う時は、自分自身にストレスがたま
っていたりする事が多いと思う。結果として、全て正直に言っても
うまく事が運ぶとは限らないと考える。

   私語問題の処理の仕方について

──私語の問題についての賛成・反対を挙げられ、結論を出された
先生のやり方は適当であると思う。私も、先生の意見と同様で、こ
の件に関して話し合って決めるのは時間を要するし、本当に結論が
出るのかどうかも疑問だ。授業をまとめ進行していくのは先生なの
だから、最終的な決定権は先生にあると思う。

 しかし、なぜその結論に達したかという意見が欲しかった。その
意見を読んで賛成意見の方たちの中には納得する人もいるかもしれ
ない。結果はどうであれ、普段から大きな問題であるにもかかわら
ず、問題として取り上げて話し合うことがないこと〔私語問題〕を
、一人一人考えられたということはとても良いことだと思う。

   その他

──先生の「授業は試合」というのは何か分かる。限られた時間の
中で先生は私たちに伝えたい事を必死で伝えようとしている様子は
試合っぽいです。だから、これからは、先生がドアを開けて入って
きたら、「カーン」って音を自分の中で出していこうと思った。

──私は人の言葉によって受ける感情の中で「感動させられる」と
いう事が大好きだ。今回の「天タマ」のKさんの書いた「今日とい
う日はこの先ずっと戻ってくることはない」という一言に、どうい
うわけか、感動させられた。今、自分が一日一日を充実して生活し
ているか、振り返ってみて、少し疑問を感じたから。

──「天タマ」第40号の中に、「天タマ」には先生を良く言う意見
が載っているという意見があったけれども、これは普通の事〔普通
の人のする事?〕ではないかと思う。やはり自分が他の人に良く思
われていないことは言いたくないし、悪く思われるのは嫌である。
また、悪い人(政治家など)では、そういう意見を隠す人もいると
思う。

 しかし、先生は逆であると思った。生徒に指摘されたことなども
敢えて「天タマ」に載せて、意見を返したり、自分の全てではない
けれど、生徒の意見に書かれていることをできるだけ載せようとが
んばってくれていると思う。上手く書けないけど、私はこの意見に
は反対です。

──私たちがレポートを書いている時、たまに顔を上げて先生を見
ると、嬉しそうに笑っている時がある。そんな時はどんな事を考え
ているんですか。

──先生は、私たちがカンファレンスやレポートを書いている時、
何を考えているのですか。なんだか難しい顔をされているように思
うのですが。

 ★ 2つの正反対の印象を聞くと、「自分の持った一瞬の印象を
全体に拡大してはいけない」ということが分かります。それはとも
かく、皆さんが何かをしている時に私のしていることは、何かを読
んでいる、生徒の名前を覚えている、ボーッとしている、思い出し
笑いをしている、のどれかが普通だと思います。21日は頭が少しヘ
ンだったので、本を読むのを止めて首筋の「こり」を押したりして
いました。

   28日のテーマ

 28日は「規律」ということを考えてみたいと思います。人間が二
人一緒にいるだけで、そこには何らかの規律があります。つまり「
規律なくして組織なし」です。問題は、どういう場合にはどういう
規律が適当か、規律をどう決めたり変えたりするか、規律を守らな
い言動をどうするか、だけだと思います。規律には憲法や法律とい
った大きいなものから、夫婦の間にある暗黙の規律まで様々です。


 (1) 「授業要綱」をきちんと決めて授業をするのをどう考えるか

 (2) 「憲法には国民の権利ばかり沢山書かれていて、義務が少な
い」という意見をどう考えるか。
 (3) 医師の書く字が読みにくいのにそれを言えないのは規律とど
う関係しているか。
 (4) 規律の本質は「反対でも従う」と捉えていいか、などで考え
ます。