牧師雑感

聖書のことばを中心に毎日の出来事を書いています。

クリスマスに救いを体験しよう

2017-12-10 05:26:06 | Weblog
クリスマスは、イエス・キリストの誕生を祝う時です。十字架上にすべての罪を引き受けて死なれ、真の神だったので、3日目の朝復活されました。
そのことをアーメンと信じれば救われ、過去の罪、現在の罪、永遠の罪も、完全に赦されます。
クリスマスが過ぎるとすぐ新年です。新しさを多くの人が求めて、初詣でや、中には姓名判断や手相、人相判断を受けてでも、なんとか新しい年を幸せにと求めています。
あるいは旅行や温泉、音楽や演劇鑑賞、スポーツや娯楽、さまざまなことで新しさを求めます。しかし、旧態依然として新しい幸いには出会えません。
イエス・キリストの救いを信じ、聖書を読み、祈り始めるなら、シャボン玉のようなすぐ消えることに、うつつを抜かすことなく、しっかりと恵まれた幸いな日々を生きることができます。
クリスマスは、イエス・キリストと出会い、新しい人生へのスタートの時です。
だれでもキリストの内にあるなら、その人は新しく造られた人です。古いものは過ぎ去り、すべてが新しくなりました。第二コリント5:17
先ず、第一に心が新しくなります。
人間の心は生まれつき自分中心です。エゴの固まりです。朝起きてから寝るまで、自分中心に考えています。自分の気に入らないものはみな。ダメで嫌いです。
親子の間でも、夫婦の間でも、兄弟や友人同志でさえ、昨日の友は、今日の敵になることもあります。
しかし、イエス・キリストを信じると、事故中心の心が、神の愛に溶かされ人を許し、人のことを思いやる温かい心に変わります。
神の愛が分かると、ほんとに人を愛する愛の素晴らしさが体験できます。
聖書の中心は、第一に神を愛しなさい。第二に、自分を愛するように人を愛しなさいです。
愛は赦しです。許しのある所に愛があります。人を恨んだり、憎んだりするとこ炉に、真実の愛はありません。

次に、当然ですが、生活の変化が始まります。
自分中心の生活は、どのように立派に見えても、それは汚れと偽りに満ちている場合が多くあります。
新しい年に向って、悪習慣からの解放を、イエス様に求めて下さい。酒やタバコ、男女間の不潔な交際、ギャンブルへの深入り、無駄使いや怠け癖などもあります。
イエス様は、助けてくれます。信じてきっぱりと新し生活を身に着けましょう。

また、将来が変わります。
25歳の時、エレミヤ書29:11 わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。――主の御告げ。――それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。
このことばに出会いました。
その日に生まれてきてからの人生をすべて肯定しました。
神の愛は、災いは与えない。生まれたことも、貧乏のどん底だったことも、歌わない、運動もしない、ものも言わない少年時代。すべてはわざわいではない。自分枝は不運と思っていても、神はそのすべてを災いとしてではなく、愛の贈り物としてくださった。
そう思わなければならないような人生の重荷を、イエス・キリストが十字架で背負ってくださった。もう全部の罪も何もかも背負って下さった。嘆くことも、ぶつぶつ不平不満も言わなくて良い。平安が心を支配しました。
将来と希望の人生だけです。
神の子とされ、神のいのち=永遠のいのちを与えられ、いつか死んでも地獄ではなく天国へ召される。
クリスマスの近いこの時、イエス・キリストを心から心に受け入れ、イエス様信じます。大好きです。愛しマスト言い続けましょう。
美しいクリスマスの聖書を読みます。
ルカの福音書1:26 ところで、その六か月目に、御使いガブリエルが、神から遣わされてガリラヤのナザレという町のひとりの処女のところに来た。この処女は、ダビデの家系のヨセフという人のいいなずけで、名をマリヤといった。 御使いは、はいって来ると、マリヤに言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。」
しかし、マリヤはこのことばに、ひどくとまどって、これはいったい何のあいさつかと考え込んだ。すると御使いが言った。「こわがることはない。マリヤ。あなたは神から恵みを受けたのです。ご覧なさい。あなたはみごもって、男の子を産みます。名をイエスとつけなさい。その子はすぐれた者となり、いと高き方の子と呼ばれます。また、神である主は彼にその父ダビデの王位をお与えになります。彼はとこしえにヤコブの家を治め、その国は終わることがありません。」そこで、マリヤは御使いに言った。「どうしてそのようなことになりえましょう。私はまだ男の人を知りませんのに。」御使いは答えて言った。「聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力があなたをおおいます。それゆえ、生まれる者は、聖なる者、神の子と呼ばれます。神にとって不可能なことは一つもありません。」
マリヤは言った。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」こうして御使いは彼女から去って行った。

眠りから目覚めるとき

2017-12-10 05:24:38 | Weblog
ローマ人への手紙
13:10-14
愛は隣人に対して害を与えません。それゆえ、愛は律法を全うします。

あなたがたは、今がどのような時か知っているのですから、このように行ないなさい。あなたがたが眠りからさめるべき時刻がもう来ています。というのは、私たちが信じたころよりも、今は救いが私たちにもっと近づいているからです。
夜はふけて、昼が近づきました。ですから、私たちは、やみのわざを打ち捨てて、光の武具を着けようではありませんか。
遊興、酩酊、淫乱、好色、争い、ねたみの生活ではなく、昼間らしい、正しい生き方をしようではありませんか。
主イエス・キリストを着なさい。肉の欲のために心を用いてはいけません。