牧師雑感

聖書のことばを中心に毎日の出来事を書いています。

助けられ続けて

2018-06-30 07:49:31 | Weblog
神は、われらの避け所、また力。
苦しむとき、そこにある強き助け。
それうえ、われらは恐れない。
たとえ地がかわり、
山々が揺れ、海のただ中に移るとも。
詩篇46:1-2
聖書には、神に信頼する者は、だれも失望させられることがない。愛の神を信じ,信頼すれば,決して恥じることはありません。
愛の神が,イエス・キリストをアーメンと信じると、天の父となって守り導いてくれます。
主の御名を呼び求める者はみな救われます。主イエス・キリストの御名こそ救いなのです。
アドナイ・エリエゼル=主は助け主。
クリスチャンいなって61年、日々にた助を求め,助けられ続けています。
晴れた日ばかりで無く、雨の日も風の吹く日もあります。
57歳で左脳内出血。71歳で右脳内出血と小脳内梗塞。72歳で家内が天国へ召され、独り暮らしの日々。
73歳で交通事故になり、杖歩行の生活の今日です。
イエス・キリストの恵みと癒やしでいのち守られ、平安に現役牧師として働き、生駒聖書学院学院長として,牧師養成に励んでいます。
熊本県水俣市の水俣福音キリスト教会明日の礼拝説教で,夕方湯の子温泉ホテル泊です。
明日の礼拝後、福山市のミッションカルバリチャーチ牧師家族と夕食、福山市泊です。翌月曜日、岡山駅まで戻り、面談後帰宅予定。
毎日、生かされている奇跡の恵みに感謝し、多くの愛する方々の祈りに支えられています。
ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。ありがとうの数だけありがとうの奇跡があります。
それでは,月曜夜から書きます。パソコンでの書き込みで,旅行中は持参しないので,よろしくお祈りください。

助けられながら

2018-06-30 06:16:26 | Weblog
指揮者のために。コラの子たちによる。アラモテに合わせて。歌

神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。
それゆえ、われらは恐れない。たとい、地は変わり山々が海のまなかに移ろうとも。
たとい、その水が立ち騒ぎ、あわだっても、その水かさが増して山々が揺れ動いても。セラ
川がある。その流れは、いと高き方の聖なる住まい、神の都を喜ばせる。
神はそのまなかにいまし、その都はゆるがない。神は夜明け前にこれを助けられる。
国々は立ち騒ぎ、諸方の王国は揺らいだ。神が御声を発せられると、地は溶けた。
万軍の主はわれらとともにおられる。ヤコブの神はわれらのとりでである。セラ
来て、主のみわざを見よ。主は地に荒廃をもたらされた。
主は地の果てまでも戦いをやめさせ、弓をへし折り、槍を断ち切り、戦車を火で焼かれた。
「やめよ。わたしこそ神であることを知れ。わたしは国々の間であがめられ、地の上であがめられる。」
万軍の主はわれらとともにおられる。ヤコブの神はわれらのとりでである。セラ

朝露のように

2018-06-29 07:25:47 | Weblog
生駒聖書学院は,7-8月を学んだことを実践する期間です。2ヶ月あるので,どう生活したかハッキリW借ります。
大きく変えられた姿を見るのが楽しみです。期間中は寮が閉鎖され,全員教会や実家へ帰ります。だがここ数年は,在寮生もあります。
種子島から入寮し,夏期心得を聞いたとき驚きました。1年生の時は在寮を許され、炎天下の広いキャンパスの草刈り。草刈り機など無く、鎌で当時はアスファルトもしていないので、向こうまで綺麗に方と思ったらもう先に刈った所が伸びている。
汗みずくの体を洗い、天幕伝道の手伝いに。当時は天幕伝道が盛んで、毎週どこかであったので駆けつけ、
トラクト配りや路傍伝道、子ども大会では紙芝居やフランネルグラフで聖書のお話などもしました。
2年生の時は、在寮の許可が出ず行くところも無く,必死で祈り求め捜しました。
ヤット軽井沢の牧師が来ても良いとの返事。中軽井沢のキャンプ場で2ヶ月かを過ごしました。浅間山にも2度登頂し、キャンプ場に着た姉妹の一人がクリスチャンで無かったが、キャンプ後に洗礼を受けたり、アッセンブリー教団牧師と知り合いになったり、寮を出る規約の意味を実感し、現在もその原則を守っています。
今朝終業式です。
いつもはバイキングですが、エリムキリスト教会接待で、天王寺駅4階で,思い切り豚肉、牛肉しゃぶしゃぶだったので、今日のランチはインド料理で,カレーとナンです。

あなたの民は、あなたの戦いの費に喜んで仕える。
聖なる威光をまとって、よ開け前から。
あなたの若さは朝露のように。
詩篇110:3

優しさが流れ出る

2018-06-29 05:55:10 | Weblog
詩篇45篇
指揮者のために。「ゆりの花」の調べに合わせて。コラの子たちのマスキール。愛の歌

私の心はすばらしいことばでわき立っている。私は王に私の作ったものを語ろう。私の舌は巧みな書記の筆。
あなたは人の子らにまさって麗しい。あなたのくちびるからは優しさが流れ出る。神がとこしえにあなたを祝福しておられるからだ。
雄々しい方よ。あなたの剣を腰に帯びよ。あなたの尊厳と威光を。
あなたの威光は、真理と柔和と義のために、勝利のうちに乗り進め。あなたの右の手は、恐ろしいことをあなたに教えよ。
あなたの矢は鋭い。国々の民はあなたのもとに倒れ、王の敵は気を失う。
神よ。あなたの王座は世々限りなく、あなたの王国の杖は公正の杖。
あなたは義を愛し、悪を憎んだ。それゆえ、神よ。あなたの神は喜びの油をあなたのともがらにまして、あなたにそそがれた。
あなたの着物はみな、没薬、アロエ、肉桂のかおりを放ち、象牙のやかたから聞こえる緒琴はあなたを喜ばせた。
王たちの娘があなたの愛する女たちの中にいる。王妃はオフィルの金を身に着けて、あなたの右に立つ。
娘よ。聞け。心して、耳を傾けよ。あなたの民と、あなたの父の家を忘れよ。
そうすれば王は、あなたの美を慕おう。彼はあなたの夫であるから、彼の前にひれ伏せ。
ツロの娘は贈り物を携えて来、民のうちの富んだ者はあなたの好意を求めよう。
王の娘は奥にいて栄華を窮め、その衣には黄金が織り合わされている。
彼女は綾織物を着て、王の前に導かれ、彼女に付き添うおとめらもあなたのもとに連れて来られよう。
喜びと楽しみをもって彼らは導かれ、王の宮殿にはいって行く。
あなたの息子らがあなたの父祖に代わろう。あなたは彼らを全地の君主に任じよう。
わたしはあなたの名を代々にわたって覚えさせよう。それゆえ、国々の民は世々限りなく、あなたをほめたたえよう

すべてのことに

2018-06-28 06:39:49 | Weblog
私たちの心はたじろがず
私たちの歩みはあなたの道からそれませんでした。
立ち上がって,私たちをお助けください。
御名のゆえに、私たちを贖い出してください。
詩篇44:18,26
詩篇が大好きで、神学生の頃から良く暗唱し、吟じながらの散策です。
人生には苦労もあり、楽しさもあります。
多くの人が区別し損なう快楽と苦労をハッキリ理解するとき、人生は幾層倍も楽しく幸です。
愛の神はどん名問題があっても、それを大きな愛のプレゼントに変えてくれます。
神のなさることはみなときにかなって美しく、すべてのことが働いて益となります。ただ試煉のただ中にいると、回りも先も見えず四面楚歌では困惑する場合が多くあります。痛みがあると痛い。苦しみがあると苦しい。
自分の内なる葛藤。外からの慰めの声、それ見たことかと非難の声、悪魔の不信仰をなじる声。しかし、天の声=聖書のことばは、あらゆる良い贈り物は神から,光の父から降ってくる。現在は神のプレゼント=贈り物です。
プレゼントに心からありがとう。具体例を記せばきりがないほどです。ことばに表せないほどの賜物のゆえに、神に感謝します。
ああ、神の知恵と知識との富は、何と底知れず深いことでしょう。そのさばきは、何と知り尽くしがたく、その道は、何と測り知りがたいことでしょう。
なぜなら、だれが主のみこころを知ったのですか。また、だれが主のご計画にあずかったのですか。
また、だれが、まず主に与えて報いを受けるのですか。
というのは、すべてのことが、神から発し、神によって成り、神に至るからです。どうか、この神に、栄光がとこしえにありますように。アーメン。ローマ人への手紙1:33-36

心はたじろがず

2018-06-28 05:58:53 | Weblog
それなのに、あなたは私たちを拒み、卑しめました。あなたはもはや、私たちの軍勢とともに出陣なさいません。
あなたは私たちを敵から退かせ、私たちを憎む者らは思うままにかすめ奪いました。
あなたは私たちを食用の羊のようにし、国々の中に私たちを散らされました。
あなたはご自分の民を安値で売り、その代価で何の得もなさいませんでした。
あなたは私たちを、隣人のそしりとし、回りの者のあざけりとし、笑いぐさとされます。
あなたは私たちを国々の中で物笑いの種とし、民の中で笑い者とされるのです。
私の前には、一日中、はずかしめがあって、私の顔の恥が私をおおってしまいました。
それはそしる者とののしる者の声のため、敵と復讐者のためでした。
これらのことすべてが私たちを襲いました。しかし私たちはあなたを忘れませんでした。また、あなたの契約を無にしませんでした。
私たちの心はたじろがず、私たちの歩みはあなたの道からそれませんでした。
しかも、あなたはジャッカルの住む所で私たちを砕き、死の陰で私たちをおおわれたのです。
もし、私たちが私たちの神の名を忘れ、ほかの神に私たちの手を差し伸ばしたなら、
神はこれを探り出されないでしょうか。神は心の秘密を知っておられるからです。
だが、あなたのために、私たちは一日中、殺されています。私たちは、ほふられる羊とみなされています。
起きてください。主よ。なぜ眠っておられるのですか。目をさましてください。いつまでも拒まないでください。
なぜ御顔をお隠しになるのですか。私たちの悩みとしいたげをお忘れになるのですか。
私たちのたましいはちりに伏し、私たちの腹は地にへばりついています。
立ち上がって、私たちをお助けください。
御恵みのゆえに、私たちを贖い出してください。

ほめたたえよ

2018-06-27 08:07:05 | Weblog
詩篇
103篇
ダビデによる

わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。
わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。
主は、あなたのすべての咎を赦し、あなたのすべての病をいやし、あなたのいのちを穴から贖い、あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、あなたの一生を良いもので満たされる。
あなたの若さは、わしのように、新しくなる。

主はすべてしいたげられている人々のために、正義とさばきを行なわれる。
主は、ご自身の道をモーセに、そのみわざをイスラエルの子らに知らされた。
主は、あわれみ深く、情け深い。怒るのにおそく、恵み豊かである。
主は、絶えず争ってはおられない。いつまでも、怒ってはおられない。
私たちの罪にしたがって私たちを扱うことをせず、私たちの咎にしたがって私たちに報いることもない。

今日のデボーション聖句です。
103篇には、主をほめたたえよ。とのフレーズが7回繰り返されます。
朝ごとに,夕ごとに,祈りの時も、書斎にいるときも,1節から5節を告白しています。
ありがとうございます。きょうもまた天国の一日です。感謝です。

喜びの声を

2018-06-26 07:54:01 | Weblog
詩篇100篇
感謝の賛歌
全地よ。主に向かって喜びの声をあげよ。
喜びをもって主に仕えよ。喜び歌いつつ御前に来たれ。
知れ。主こそ神。主が、私たちを造られた。私たちは主のもの、主の民、その牧場の羊である。
感謝しつつ、主の門に、賛美しつつ、その大庭に、はいれ。主に感謝し、御名をほめたたえよ。
主はいつくしみ深くその恵みはとこしえまで、その真実は代々に至る。
日本全土が、この詩篇のようになるよう祈り願う朝です。

青春の詩

2018-06-25 10:15:59 | Weblog
彼らは年老いてもなお、実を実らせ、青々と生い茂ります。詩篇92:14
今学期最後の月曜チャペル。
サムエル・ウルマンの青春の詩を引用。

青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。
優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心,こう言う様相を青春と言うのだ。
年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。
歳月は皮膚のしわを増すが情熱を失う時に精神はしぼむ。
苦悶や、狐疑、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。
年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。
曰く「驚異えの愛慕心」空にひらめく星晨、その輝きにも似たる事物や思想の対する欽迎、事に處する剛毅な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。
人は信念と共に若く
人は自信と共に若く
希望ある限り若く     疑惑と共に老ゆる
恐怖と共に老ゆる
失望と共に老い朽ちる

大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、偉力と霊感を受ける限り人の若さは失われない。
これらの霊感が絶え、悲歎の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至ればこの時にこそ人は全くに老いて神の憐れみを乞う他はなくなる。

愛されたから

2018-06-25 07:18:04 | Weblog
詩篇44篇
指揮者のために。コラの子たちのマスキール

神よ。私たちはこの耳で、先祖たちが語ってくれたことを聞きました。あなたが昔、彼らの時代になさったみわざを。
あなたは御手をもって、国々を追い払い、そこに彼らを植え、国民にわざわいを与え、そこに彼らを送り込まれました。
彼らは、自分の剣によって地を得たのでもなく、自分の腕が彼らを救ったのでもありません。ただあなたの右の手、あなたの腕、あなたの御顔の光が、そうしたのです。あなたが彼らを愛されたからです。
神よ。あなたこそ私の王です。ヤコブの勝利を命じてください。
あなたによって私たちは、敵を押し返し、御名によって私たちに立ち向かう者どもを踏みつけましょう。
私は私の弓にたよりません。私の剣も私を救いません。
しかしあなたは、敵から私たちを救い、私たちを憎む者らをはずかしめなさいました。
私たちはいつも神によって誇りました。また、あなたの御名をとこしえにほめたたえます。セラ
それなのに、あなたは私たちを拒み、卑しめました。あなたはもはや、私たちの軍勢とともに出陣なさいません。
あなたは私たちを敵から退かせ、私たちを憎む者らは思うままにかすめ奪いました。
あなたは私たちを食用の羊のようにし、国々の中に私たちを散らされました。
あなたはご自分の民を安値で売り、その代価で何の得もなさいませんでした。
あなたは私たちを、隣人のそしりとし、回りの者のあざけりとし、笑いぐさとされます。
あなたは私たちを国々の中で物笑いの種とし、民の中で笑い者とされるのです。
私の前には、一日中、はずかしめがあって、私の顔の恥が私をおおってしまいました。
それはそしる者とののしる者の声のため、敵と復讐者のためでした。
これらのことすべてが私たちを襲いました。しかし私たちはあなたを忘れませんでした。また、あなたの契約を無にしませんでした。
私たちの心はたじろがず、私たちの歩みはあなたの道からそれませんでした。
しかも、あなたはジャッカルの住む所で私たちを砕き、死の陰で私たちをおおわれたのです。
もし、私たちが私たちの神の名を忘れ、ほかの神に私たちの手を差し伸ばしたなら、
神はこれを探り出されないでしょうか。神は心の秘密を知っておられるからです。
だが、あなたのために、私たちは一日中、殺されています。私たちは、ほふられる羊とみなされています。
起きてください。主よ。なぜ眠っておられるのですか。目をさましてください。いつまでも拒まないでください。
なぜ御顔をお隠しになるのですか。私たちの悩みとしいたげをお忘れになるのですか。
私たちのたましいはちりに伏し、私たちの腹は地にへばりついています。
立ち上がって私たちをお助けください。あなたの恵みのために私たちを贖い出してください。