ギャラリーと図書室の一隅で

読んで、観て、聴いて、書く。游文舎企画委員の日々の雑感や読書ノート。

世界と柏崎を結びつけた人         ―石川眞理子さん遺稿集『音探しの旅』―

2023年01月11日 | 読書ノート


みんなこの街のどこかに住み、働きながら
音探しの旅を重ねている
自分が自分で在り続けるために
(石川眞理子「音市場の朝に」より)

昨年5月急逝された石川眞理子さんの遺稿集が刊行されました。本業の薬剤師はもとより、柏崎の音楽界のリーダーとして様々なイベントを開催し、さらには地域興しや、原発や憲法九条の市民運動に携わるなど、八面六臂の活躍ぶりは多くの人が知るところです。そんな多忙の中でもたくさんの文章を残してくれていました。まずは没後半年でそれらをまとめ上げた編集委員の方々に敬意を表したいと思います。
「ジャズ・ライヴを聴く会」を立ち上げた一九八六年以降、30年以上の年月にわたって書かれたもので、当時の私はその行動力をまぶしく眺めていたものでした。けれども今読み返しても決して古びてはいません。それは眞理子さんが単に先見性を持っていたからだけではなく、行動力を裏打ちする知識と洞察力を持っていたからに他なりません。巻末の年譜にあるようにまさに時代と切り結んでいた人ですが、決して流されることがなかったのも、ぶれることのない芯を持ち続けていたからだと思うのです。
 本書の多くを占める音楽関係の文章は卓抜です。これだけの音楽批評を柏崎で書ける人はかつていませんでした。批評とは、演奏者を励まし、鑑賞者の手引きとなるものです。批評なくしてその世界の進展はありません。その指針が残されていることの幸運を思わずにはいられません。秋吉敏子、山下洋輔、ベルリン・コンテンポラリー・ジャズ・オーケストラ・・・・・・そうしたビッグネームを招聘する一方で、アマチュアの一人一人にも場を提供し、鑑賞者にも居心地のよい空間を作り出してくれました。
 眞理子さんは游文舎にも足繁く通ってくださいました。家業の薬局奥の蔵には彼女の眼によって選び抜かれた作品が陳列されていました。掛けるピンの一つ一つにまでこだわって展示された蔵は忙中のひとときの安らぎでもあったでしょうか。同時に、若い作家たちへの目配りは音楽と通じるものでもありました。そこにはかつて柏崎の文化人が中央の作家たちを支えた「パトロン文化」がなお息づいていたように思います。
 実は私が好きなのは、「エンマ市今昔」と題された、商家の風習を綴ったエッセイ。そのヒトコマを活写した文章に思わず「上手い」とうなりました。そしてこれが眞理子さんを培った土壌でもあったと思ったのです。
 地方には類を見ない、世界規模で人脈を持ち、柏崎に招いていた眞理子さんですが、焔魔堂や柏盛座を庭のようにして育ち、えんま通りの賑わいの中で呼吸し、何よりもエンマ市を愛し続けた人でもあったのです。


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