ギャラリーと図書室の一隅で

読んで、観て、聴いて、書く。游文舎企画委員の日々の雑感や読書ノート。

赤穂恵美子展「光の刻」9月24日から

2022年09月22日 | 游文舎企画
様々な技法と色で染め分けられた繊細なグラデーションと、切れ味のよい抽象的な構成。水や大気に覆われたような豊かな色面に光が宿ります。新潟市在住の赤穂恵美子さんの世界をぜひお楽しみ下さい。

階段を上ってすぐ、2点の大きなタペストリー。そしてギャラリーにも大きなタペストリーやパネル、さらに詩情豊かな小品も。











赤穂恵美子展は10月2日まで。9月26日(月)休館。

木下晋展「明日へ」 ギャラリーみつけ(9月3日~10月2日)

2022年09月05日 | 展覧会より






ギャラリーみつけで木下晋展「明日へ」が始まった。「鉛筆画の巨匠」として知られるが、入り口から10点あまり、滅多に見る事のなかった油彩画が並ぶ。氏は油彩画で自由美術展に史上最年少の一六歳で入選した実績を持っており、20代までの作品だが、デッサン力、マチエール、迫真的な筆力に圧倒される。それでも1970年代にニューヨークに行きカルチャーショックを受け方向転換を迫られる。以降、独自の鉛筆画の世界を築き上げたのだが、作品が放つ「闇と光」「崇高さ」などには、単なる技術的な転向だけではないことを思い知らされる。
ギャラリーみつけでの展覧会初日、木下氏のトークが行われた。氏は瞽女・小林ハルさんと出会い、対話するうちに光を失った人の会話の中に「色」を感じ、その世界を知りたいと思ったと語った。それを描くのは10Hから10Bまで22段階の鉛筆だ。筆圧等で描き分けるのではない。絵具の色彩と同じように鉛筆を使い分けるのだ。それが闇をいっそう深く、光をより輝かせる。さらに氏は「知らない人は描けない」という。その内面に関心を持てなければ描く意味がないからだ。だからこそ、その画面には真摯な畏敬の念が込められている。

木下晋氏には2008年5月、游文舎開館記念企画として、公仁会ライフセンター内の旧游文舎ギャラリーを飾っていただいている。初めて実物作品を見た時、密度ある鉛筆画面に驚嘆しつつも、モデルの異様さに一瞬言葉を失ったことを告白しなければならない。老い、病み、崩れた顔や肉体を執拗に克明に描き出す。醜いと言ってもよい。しかし目を背けることを許さない。なぜそれらを描いたのか、描かなければならなかったのかを、彼らの目が、背中が訴えかけてくるのだ。モデルに対する価値の転倒を促したのが(今展には出品されていないが)小林ハルさんを描いた《102年の胎内回帰》であり、桜井哲夫さんを描いた《祝福》だった。
そういえば俳優で語り芸人でもあった小沢昭一は、自身について「芸能者として不適性」と言い、「クロウト」を訪ね歩いたという。小沢の言う「クロウト」とは何か? 本来芸能を司っていたのは、河原乞食のように、そうしなければ生きていけない人たち、命がけで芸を演じ、糧を得ていた人たちだ。生後間もなく視力を失い瞽女にならざるを得なかった小林ハルさんも、ハンセン病で、詩人になった桜井哲夫さんもまさに「クロウト」だ。そして木下氏もまた、絵描きになるしかなかった人だと思う。その眼差しは孤独の淵源に迫り、共振し、神々しいまでの画面へと転化し、天啓のように《祝福》というタイトルが与えられたに違いない。

今展で初見の作品では、2016年制作の《風》にそこはかとない情感を感じた。そして直前まで描かれていたらしい最新作《夢想》は、パーキンソン病を患う妻の、閉じられた眼だけを大きく描いたものだが、静謐な空間に、実は膨大な記憶を宿した時間を感じる、感動的な作品だった。