★「JIN」の登場人物たちは皆、必死に闘っている。
野風(中谷美紀)は新しい命をこの世に残すために。
仁(大沢たかお)と咲(綾瀬はるか)は野風と子を守るために。
龍馬(内野聖陽)は新しい日本のために。
必死に闘っているから、せりふのひとつひとつに力がある。
「この子は何でも出来る。天を駆ける鳥のごとく生きていける。どうかあちきの夢を奪わんでくれなんし」(野風)
「この子を抱くまでは決して死にんせん」(〃)
「泣きなさい! 泣きなさい!」(咲)
「あの方に誰よりも幸せな未来を差し上げて下さい」(〃)
「来たーーーっ! やったぜよ、先生。夜が明けたぜよ~~!」(龍馬)
「天は乗り越えられる試練しか与えないんじゃないのか!」(仁)
ドラマの登場人物たちは闘わなければならない。
悩み、時に道に迷い、自己嫌悪に陥りながら闘っていく姿に見ている者は力を与えられる。
★帝王切開の出産シーンはすごくリアル。
考えてみれば、腹を切られて広げられるんですからね、自分に当てはめてイメージしてみれば……。
普通ならお茶を濁して描きたい所。
しかし、この作品では逃げずに描いた。
結果、ひとつの命が誕生する崇高さみたいなものも感じた。
ひとつの命は、野風を始めとしてこんなに沢山の人の想いを背負って生まれてくるのだ。
人の中には、愛や喜び、様々な人の想いが詰まっている。
人はそうした想いの総体だ。
だから、決しておろそかにしてはならない。
自分や他人の中にはこうした様々な人の想いが詰まっている。
こういう想像力をもって日々を生きていきたい。
野風(中谷美紀)は新しい命をこの世に残すために。
仁(大沢たかお)と咲(綾瀬はるか)は野風と子を守るために。
龍馬(内野聖陽)は新しい日本のために。
必死に闘っているから、せりふのひとつひとつに力がある。
「この子は何でも出来る。天を駆ける鳥のごとく生きていける。どうかあちきの夢を奪わんでくれなんし」(野風)
「この子を抱くまでは決して死にんせん」(〃)
「泣きなさい! 泣きなさい!」(咲)
「あの方に誰よりも幸せな未来を差し上げて下さい」(〃)
「来たーーーっ! やったぜよ、先生。夜が明けたぜよ~~!」(龍馬)
「天は乗り越えられる試練しか与えないんじゃないのか!」(仁)
ドラマの登場人物たちは闘わなければならない。
悩み、時に道に迷い、自己嫌悪に陥りながら闘っていく姿に見ている者は力を与えられる。
★帝王切開の出産シーンはすごくリアル。
考えてみれば、腹を切られて広げられるんですからね、自分に当てはめてイメージしてみれば……。
普通ならお茶を濁して描きたい所。
しかし、この作品では逃げずに描いた。
結果、ひとつの命が誕生する崇高さみたいなものも感じた。
ひとつの命は、野風を始めとしてこんなに沢山の人の想いを背負って生まれてくるのだ。
人の中には、愛や喜び、様々な人の想いが詰まっている。
人はそうした想いの総体だ。
だから、決しておろそかにしてはならない。
自分や他人の中にはこうした様々な人の想いが詰まっている。
こういう想像力をもって日々を生きていきたい。
今 録画を見ました
先週に引き続き 中谷さんの演技に圧倒されました
私事ですが 子供を2人とも帝王切開で出産しましたので 身につまされながら見ていました
上の子の時は 全麻で意識無し
下の子は 局痲で明瞭な意識がありました
野風のような全身全霊で子供を産むのだという気概と言うか ドラマチックな気分ではなかったです
とりあえず「自分の体の中に宿したものは出さねばならぬ」という母性の欠片も無い 当時の自分の心情との違いがおかしかったです
産んだ後も 術後の傷の痛みで感動の対面どころでは無かったです
究極のところ「自分」なんだなぁ・・・とボンヤリ考えてました
否 考える余裕も無かったかな
変な感想で 申し訳ありません m(_ _)m
野風の出産と大政奉還で、中谷美紀と内野聖陽という最高の役者を得て、あそこまでのサスペンスを盛り上げることができるのかと、驚くばかり。
中谷美紀の仁先生をキッとにらみつける演技、帝王切開の痛みのすさまじい演技。
内野龍馬の「道を間違えちょったじゃろうか」という泣きそうな顔の演技。
綾瀬はるかの泣かない赤ん坊を「泣きなさい」と言ってたたく演技。
仁先生のピンチにすかさずフォローに入る桐谷健太の佐分利先生。
脚本と演出と役者の一体となった熱い空間に圧倒されました。
終わってみると、原作の産婦人科編をしっかり踏まえているし、龍馬の口走った考えも仁先生と繋げたいあまりやや不自然な気がするけれど、見ているときは全くそんなこと感じませんでした。お見事です。
今回のラストで、ドラマオリジナルの「保険」のサプライズはもちろん、勝先生の口から龍馬の「船中九策」(!?)の思想が勝先生と大久保一翁の影響を受けていることを語らせる点もニクイ演出だと思いました。
次回の龍馬暗殺は、人物がやや少ないけれど原作どおりに進めるのかな。ドラマ独自の展開にも予告では見えるので微妙なところ。原作では龍馬がやられると、すぐ仁先生が治療を始めるけれど、治療シーンがなかったのが気になっています。
考えてみれば森下さん以下ドラマ製作陣は、視聴者の中に原作既読者というある意味厄介な存在が相当数含まれていることを当然想定して造っていたわけでした。
やはり第2話「野風の立ち聞き」が原作既読者をもうならせる「仕掛け」だったと思います。
単純な三角関係に関しては、咲の方が仁に相応しいと考えた野風が譲った、という形で既に第一部で決着しており、原作も最後までその線で進みます。しかし「立ち聞き」の結果野風は
(1)仁の「思い人」は自分の子孫であるはずであったミキという未来の女性であること。
(2)当然、仁も未来人であること。
(3)手術による自分の救命はミキの消滅と引き替えだったこと。
を知り、その結果
(4)(1)により自分自身が仁の相手であってはならなかったことを再確認する。
(5)仁以外の男性のもとで自分が女性としての幸福をつかむことこそが仁たちの恩義に報いることであることを心底から確信する(ただし仁の入獄中は仁を救うため自己犠牲を覚悟するも好漢ルロン氏の出現で結果オーライ)。
(6)特に、自分のためのみならず(3)のために「命を懸けて」でも自分が子供を残すことにより、ミキの復活を期する。
と考えたと思います。
第一部で「江戸女性連合対ミキという三角関係」と書いた記憶がありますが、泣かせるのは今や「江戸女性連合」が消滅したミキを復活させるために力を合わせていることです。
野風の(5)(6)はルロン氏と自分自身のためであると同時に、仁に対する愛でもあります。
先週、転移癌の予後を聞いた後の野風の「二年<も>」という台詞は原作にもありましたが、原作既読者をも改めて感動させるのは、中谷さんの熱演にもよるとは思いますが、原作にはない(6)が響いてくるからだと思います。
こうした野風の愛を咲は「何も見返りを求めない」と賞賛します。
しかし、それは(4)により野風が仁との恋に関してある意味局外に立ったから可能なこととも言えます。
その意味で「私の恋敵をお造りになる方」を必死で取り上げた咲は、やはり野風の言葉どおり「真っ白」だと言えます。
人を決定するのは何を思うかではなく、何をするか、だからです。
一時疑問視していた政治面にまで及ぶ龍馬との関わりは、舞台に緊迫感を与えてきました。
恭太郎の立場も勝先生の命で単に仁たちを護衛し続けていた原作とは変わっています。
原作でも執拗に仁を苦しめてきた宿敵三隅俊斎も、単なる個人的陰謀を超えた危険性を感じます。
というわけで、今後原作読者にも何が起こるか分からない世界に入っています。
船中九策もドラマオリジナルで面白い。
脚本の森下さんは、原作の血と骨をしっかり残しつつ、独自の筋肉をもたせてドラマを動かしていますね。
役者さんの演技も素晴らしく、みなさんのこのドラマに懸ける想いが伝わってきます。
いつもありがとうございます。
>「自分の体の中に宿したものは出さねばならぬ」という母性の欠片も無い 当時の自分の心情との違いがおかしかったです
産んだ後も 術後の傷の痛みで感動の対面どころでは無かったです
僕は体験がないのでわかりませんが、現実はこういう感じなんでしょうね。
ドラマだから感動的に描くのでしょうし、僕を含めた男たちは、子供の誕生に崇高なものを見たりする。
それとも、この現実的なリアクションはクールなmegumiさんならではもの?(笑)
まあ、すべては幻想ですよね。
僕なんかも歯が痛いだけで、悩みとかテツガクとか、すべてが吹き飛びますから。
いつもありがとうございます。
おっしゃるとおり、役者さんすべてが素晴らしい演技をされていましたね。
今回の中心はやはり中谷美紀さんでしょうが、彼女の演技が、大沢たかおさん、綾瀬はるかさん、桐谷健太さんに伝わり、演技が演技を呼んだのでしょうね。
これは演劇論になりますが、芝居は対話。
相手役の感情が受け手の感情を呼び、スパイラルして劇的空間を作っていく。
役者が役になりきることが出来る。
そんな素晴らしい瞬間を見せてもらった気がします。
一方、龍馬の内野聖陽さんも台本を読んで、野風のシーンに負けてはならない、と思ったことでしょうね。
絶対、大政奉還のシーンを野風の出産シーンに霞ませてはならないと。
これもいい相乗効果を生んだのだと思います。
今回は演劇論的にも面白かったですね。
>現実的なリアクションはクールなmegumiさんならではもの?(笑)
鋭い ご指摘・・・そうかもしれません(^-^;)
他の人は出産直後から母性愛満々だったようですよ
私は しばらく湧いてこなかったです
しかも 産後うつなんて厄介なものにまでなって 母親らしい感情(母性愛)が芽生えたのは 子供の首がすわるころでした
自分本位な我が儘な正確の為せるわざ?
ドラマ「仁」について語る場に相応しくない話で 本当に申し訳ありません
野風と龍馬のシーンの絡ませ方はさすがでしたね
縫物しながらの視聴で 中谷美紀さんが出てくると 針を止めて凝視します
1舜たりとも見逃せない 見事な演技です!
いつもありがとうございます。
6項目に及ぶ野風の分析、お見事です!
特に
(3)手術による自分の救命はミキの消滅と引き替えだったこと。
6)特に、自分のためのみならず(3)のために「命を懸けて」でも自分が子供を残すことにより、ミキの復活を期する。
の分析はなるほど!です。
野風は
(3)手術による自分の救命はミキの消滅と引き替えだったこと。
ということも理解していて、(6)の行動に移ったんですね。
僕は(3)については考え至りませんでした。
>人を決定するのは何を思うかではなく、何をするか、だからです。
というのも深い。
<人間というのは時に真っ黒で、時に真っ白だ>という観点で、僕は咲の発言を聞いていたのですが、確かに「何をするか」ということの方が大事ですよね。
人を決定するのは何を思うかではなく、何をするか。
この言葉、しっかり心に刻ませていただきます。
いつもありがとうございます。
Nolly Changさんも原作を読まれているんですね。
>脚本の森下さんは、原作の血と骨をしっかり残しつつ、独自の筋肉をもたせてドラマを動かしていますね。
よしぼうさん、TEPOさんもコメントしていらっしゃいますが、原作を本当に上手く咀嚼しているんですね。
原作を読んでいる方も唸らせる映像化というのも素晴らしい。
ドラマはいよいよ佳境。
謎解きも加わって、本当に楽しみですね。
やはり……そうでしたか?(笑)
個人的には、「自分の体の中に宿したものは出さねばならぬ」という表現が気に入っています。
ハードボイルドな表現ですよね。
もちろん、二度の帝王切開をされて、いろいろご不安もあったと推測しますが、こういうふうに客観的にお書きになれる所に、megumiさん
の強さを感じます。
それと母性。
ドラマ「mother」は母性をテーマにした作品でしたよね。
その「mother」にmegumiさんが感情移入されたことには何か意味があるような……。
立ち入ったことを書いてすみませんが、そんなことを感じました。