(原題:The Great Gatsby)

----これって、観るまで少し不安を抱いていた作品だよね。
「うん。
オリジナルの印象があまりにも強いからね。
まずは、そのさわりを…。
宮殿のような豪邸に暮らす一人の男。
彼の名はジェイ・ギャツビー(レオナルド・ディカプリオ)。
毎日のように、
豪華絢爛のパーティを繰り広げるその屋敷には、
招かれもしないのに、
街から多くの客がやってきては狂乱の夜を愉しんでいた。
そんな中、ニック(トビー・マグワイア)は
彼から一通の招待状を受け取る。
なぜ、自分にだけそんなものがくるのか?
いぶかりながらパーティに出かけた彼の前に、
ギャツビーその人が姿を現す。
それは、これまで彼が見たこともないような
ステキな笑顔を持った男。
裕福な名家に生まれ、贅沢な暮しを送り、
戦争では数々の勲章を受けて英雄に…。
あまりにも出来すぎたその話に
ニックはどこか引っ掛かるものを感じるが…。
う~ん。難しいな。
これは前作ロバート・レッドフォード版『華麗なるギャツビー』を見ている人になら話せるけど、
もし、これが初“ギャツビー”体験だとしたら、
これ以上は言わない方がいいのかもしれない。
なぜ、彼がこの地に居を構えたのか?
なぜ、毎夜、パーティを開くのか…?」

----そうか。
これって、
かつて愛し合ったデイジーを取り戻そうとする話だったよね。
「あらら。言っちゃった。
まあ、そこまではいいか。
かつて相思相愛の仲だったにもかかわららず、
いまは別の男の妻となっているデイジー。
彼女に見合うような男になるべく、
危ない橋を渡りながら
彼は莫大な財産を築いていった…。
野望はすべてその恋を成就するため――それがギャツビー。

実は、前作のレッドフォード版では
あまりにも残酷なラストカットに
ぼくは、ちょっとしたトラウマを抱えてしまったほど。
この映画では、
そこに象徴された“女の残酷さ”を
どのような形で見せるのか?
これが本作に対するぼくの最大の興味だったわけだ。
当時と違って、
映画は<余韻>を持たせる方向へと進んでいるからね。
もしかしたらそれは、
その後に続くエンドクレジットとの親和性のためかもしれないけど」
----そう言われると、
最近は
バシッと終る映画って少なくなったよね。
結果、どうだったの?
「いやあ、まいりました。
ぼくは、ここまで
観る人の網膜に余韻を残すラストカットを見たことがない。
このバズ・ラーマンという映像の魔術師、
それを
映画を成り立たせている基礎、
光と闇だけでその<余韻>を創りだしているんだ。
しかも、そこで写される<灯り>が映画の内容と深くリンクしているという完璧さ。
もとより『ムーラン・ルージュ』など
技巧派として知られるこの監督が
いったい、どのようなアプローチでこれを映画化するのか、
見る前はかなり心配していたんだけど、
なるほど、こういう方法もあったのか…と。
3Dの素晴らしさにしてもあの『』と肩を並べる。
あまりにもゴージャスな夢幻の世界に
もう、陶然としてしまったね」
----ディカプリオは?
レッドフォードとはキャラが違うけど…?

「これがオモシロいもので、
最初出てきたときはレッドフォードかと…。
もちろん、それは正面から写されたものではなく、
もうひとつの象徴的シーン、
桟橋でデイジー(キャリー・マリガン)が住む対岸を眺める後ろ姿なんだけどね。
以後は、ディカプリオならではの個性、
<大人になりきれない未熟>さを役の中に取り入れることで、
紳士レッドフォードとの差別化を行なっている。
なかでも、自分を見失い激昂するシーンは圧巻。
ニックの言葉を借りれば“殺人者”
これは『ジャンゴ・繋がれざる者』 での“グラス血まみれ”をも超える」
----なんか、
話聞いていると、
レッドフォード版よりも気に入っているみたいだけど…?
「もともと前作は、
原作にのっとって描いたと言うだけで、
映画としての魅力はあまり感じなかったからね。
ところが今回は違う。
バズ・ラーマンという映画の魅力を知り尽くした男の手によって
原作に新たな命が吹き込まれた、
そう言い切ってもいだろうね。
う~ん、これもまた観たいなあ」
ディカプリオ、いよいよオスカーかニャ」

※「またまたトラウマになりそうだ度




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※画像はオフィシャル・ダウンロード・サイトより。
これなかなか良かったですよね。
肩肘を張らずに、ディカプリオのいいところを全部出し切れた作品と思いました。
勿論、映像も、その「灯」もすばらしく・・・・
堪能できました。
まったく期待していなかっただけに、
もう、十分すぎるほど楽しめました。
ディカプリオが最初に出て来た時の
無垢を装った笑顔、
そして殺人者のような憤怒の形相。
演技も映像も酔いしれました。
まだ、プレス読んでいません。
必要ないなと…。
レッドフォードのギャツビーは、実は観ていないような気がします。
観てた時にムーランルージュのユアン・マクレガーとトビーがだぶりました。
いや、トビー演じたニックの純愛の話じゃないけど^^;語り手としての印象が
ストーリーの進め方とかも・・・歌のないムーランルージュを観ているような
そんな感じ。
ディカプリオの中のいろいろな顔が、過去の彼の作品を思い出させてくれました。
遠くに輝く緑色の光は、暖かく・・・でも手が届くことのない切なさで
猫はこの作品は、レオさまだけど(?)好きな作品になりました。
ご無沙汰しています。
レッドフォード版の『華麗なるギャツビー』は
言い方は悪いけど
観た当時は、凡庸な泣くヒント思っていました。
これというスタイルに欠けて、
話だけが流れていくという感じでしょうか?
その点、今回は
監督の嗜好が全面的に開花。
ディカプリオもよかったですよね。
原作の大ファンなので、4年ほど前にバズ・ラーマンが原作の映画化権を取得してから、
ずーっと企画の動向を見守っていました。
原作を読んだときから、ギャツビーはレオがやるしかないと思ってたので、
完成した作品を観て感無量です。
バズ・ラーマンの作風は好みではないのですが、グレート
・ギャツビーに関しては、
原作のエッセンスをで驚くほど忠実にスクリーンに描き出していたと思います!
レッドフォードのバージョンよりずっと良かった!
トビーをニック役にキャスティングしたのは、レオのアイディアですが、これも最高でした。
これは全編3D撮影されているので、自然でとても美しい映像でしたね。IMAXでやってほしかったです。
レオの演技も、随所でぐっとくるものがあり、本当に素晴らしかったです。11月全米公開のThe Wolf of Wall Streetでは、今度は80年代バブル期を舞台にグッドフェローズ風味のブラックコメディで主演、こちらもとっても楽しみです!
前作のデイジーはなぜあれほどギャツビーが入れ込むのか理解できない部分がありましたが、今回の迷えるデイジーはなるほどなと思わされました。
あと3Dをここまでキッチリ演出効果として使いこなし、テーマの表現にまで利用した作品は極めて稀といって良いと思います。
3D効果に関しては今年の作品では「ライブ・オブ・パイ」と本作が群を抜いていたと思います。
レッドフォード版は、映画としては凡庸だったというイメージです。
ただ、それでもレッドフォード=ミア・ファローの
ちょっとありえないキャスティングがすっかり脳裏に焼き付いているので、
ディカプリオでと聞いたときは、
「何をいまさら…」という感じでした。
ところが観てみてビックリ。
バズ・ラーマンの個性、そして3Dの特性が見事に融合した
マジカルな時間を過ごさせてもらいました。
ぼくもIMAXで観てみたいです。
なるほど“ロマンチシズム”…。
レッドフォード版とは別の形で
祭りの後のむなしさを出してくれていましたね。
もし、後の世の人が80年代のバブルとその後を描いたらそうあんるのか?
ちょっと興味があります。