大きなる鯉のあふりにたゆたへる水の濁りはしばしにて澄む
震災の津波に逝きし人あはれ型ひとつなる位牌がならぶ
しろうをの透きとほる身をはかなめど口にはこべば口がよろこぶ
夜と朝の境にしるし打つごとくうす暗がりに野の鳥が鳴く
墨染めの僧衣まとひて乗るバスのわれの傍へに人は座らず
そのときの加減におなじ色のなき草木に染めし袈裟の淡黄(たんくわう)
おのずから窪みにみづは集まりて秋の干潟にひかりを返す
窓外にスコップ使ふ人のゐてすこやかげなる音は身に沁む
公園の空よりくだり来し鳩が木立の影にその影仕舞ふ
五年後の生存率の四割をよろこぶ勿れ六割は死ぬ
(山中律雄 淡黄 現代短歌社)
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山中律雄の第五歌集。お会いしたことはない。六十歳代の僧侶というので、生活感覚が遠いかもしれないと読み始めたが、とても良い歌集だった。一首一首に神経が行き届き、歌が粒ぞろいなのだ。一首目、鯉のことを詠みながら人生を思わせる。その程度のことで慌てるなと言われている気がする。僧衣の傍に人の座らぬことを寂しがるようで、実は人との距離を楽しんでいるようだ。後半、病を得た歌は切実だが、どこかで俯瞰している視点がある。家族のうたが多いが、それに閉口することはなかった。