気まぐれ徒然かすみ草ex

京都に生きて短歌と遊ぶ  近藤かすみの短歌日記
あけぼのの鮭缶ひとつある家に帰らむ鮭の顔ひだり向く 

冷えたひだまり 梶黎子 六花書林

2018-09-12 19:54:42 | 歌集
湿りたる風にさらされ裏庭に眼のなき石の神様がいる

膝を折る家族の前にレンタルの介護ベッドは解体されつ

木々はいま沐雨の時間てのひらを春の流れる風にさしだす

運転席にひとの姿は見えざるをゆるやかに坂を走り出したり

きさらぎと弥生をつなぐ糊代に冬を閉じゆく閏日にして

今日よりは石の下なる母の部屋 ああ繊月が疵のようなり

殻の底にふたつの日付記されて卵はあいだの時間を生きる

躰よろこぶこと何もせずイチローの白髪見ている朝のテレビに

日に一軒消えてゆくなりこの国の町のたばこ屋ではなく本屋

ふたつ膝まげて力を溜めながら眠りぬいつか飛び立たむため

(梶黎子 冷えたひだまり 六花書林)

逆光の鳥  伊東文  青磁社

2018-09-09 18:50:14 | 歌集
左胸の乳房なければ右側へ傾く身体 きくきく歩く

墓石に刻まれてある命日は被爆の日より秋が多かりき

E線を押さへるきみの左手の指輪はづされ匣(はこ)にをさまる

黒板のすみずみまでも拭いてゆく児らの帰りし教室はしづか

百合鷗と漢字に書けば甦るくれなゐの脚 蘂のごとしも

潦(にはたづみ)くつをぬらして立ちどまる嫁菜のひくく咲く道の辺に

句碑の字のくぼみ翳らせ石肌のあふとつにそふ冬の日射しは

渋滞に動かぬバスの窓拭ふゆびの幅だけ夕闇が来る

ああほんの束の間わか葉も幼子もまだやはらかく照り翳りせり

被爆せし母の身体が火葬炉の烈しき炎が灼きつくしたり

(伊東文 逆光の鳥 青磁社)