気まぐれ徒然かすみ草ex

京都に生きて短歌と遊ぶ  近藤かすみの短歌日記
あけぼのの鮭缶ひとつある家に帰らむ鮭の顔ひだり向く 

パンの耳⑤ つづきのつづき

2022-01-29 13:28:21 | 歌集
親ガチャって嫌なことばだ 木造の長屋に群れて彼岸花咲く
にんげんの身体から出る白いもの女も男もひとはさびしい
(松村正直 ひがんばな)

昭和の臭いのする一連。わたしの好きな映画「異人たちとの夏」で、主人公が亡くなった両親、それも若い頃の両親とすき焼きを食べるシーンがあるが、あの感覚を思った。


立ち止まる人もなくなり葉桜にほっとしているわたし、桜も
遠くから眺めるだけの林檎飴てらてら赤きを母は疎みき
(佐々木佳容子 綿菓子)

モノを中心に構成した連作。桜、縁日のようなにぎやかさから距離を置きたい心待ちが伝わる。


「箱入りのままだあなたは」夕闇の駅に言われた ぐわんと揺れた
じっとりと首つたう汗、人形の私が硝子の扉を閉める
(甲斐直子 リヤドロ)

ゴージャスな謎を感じる。自らを人形に託した心情に不安がよぎる。


漠然とただ明日在るを信じつつ机上に夜更け眼鏡をはずす
灰色の雲間を光り夕日落つおのづから掌と掌合はせてをりぬ
(森田悦子 「では また」)

老いの深まりを感じつつ、一日一日を丁寧に生き、丁寧に詠むことを教えられる一連。破綻がない。

パンの耳⑤ つづき

2022-01-29 13:25:53 | 歌集
空白の耳を充たされ好きだった唄を纏って旅立ったひと
ピエールきみの名のひびきが好きだった耳への余韻ごと抱きとって
(河村孝子 レクイエム、点々)

挽歌。どんな関係の人かはわからないが、聴覚を研ぎ澄まして、音の記憶や感触を書こうとしているところが挑戦的だ。


風祭(かざまつり)近づきさらふ笛の音(ね)が宮より聞こゆ月の出のころ
手暗がりと注意されつつ読みし日の『山椒大夫』叔父の蔵書の
(長谷部和子 二日月の光)

正統派。一首一首の完成度が高い。どの歌にも技巧がしっかり詰まっている。


昆虫のにおいだ 揃いのTシャツの男子がごそりと乗りこんでくる
すれ違うとき車道へとはみ出してくれた向日葵どうもありがとう
(添田尚子 夏のジッパー)

のびのびとした発想の口語の歌。若々しい作者を想像するがどうだろう。


誰が好き ショパンが好きよ 乙女だねえ 笑った叔父の訃報が届く
パレットにこびりついてる絵の具だね 何処へ行くにも離れぬマスク
(鍬農清枝 グレーの領域)

老いの歌もあるものの、それに負けず、発想を若く保つように工夫しておられる姿が見えて、頼もしい。


パンの耳⑤

2022-01-29 13:23:52 | 歌集
いっさいを語ることなく一隅を照らしし人なりこどもの目にも
弓なりに海に沿いつつ石垣の家並みまばらになりてゆくなり
(ごてんまり 木村敦子)

雪は雨、雨は雪、ふりこみたいにくりかえしやがて手のひら ああ
少しずつ朽ちてゆくのを受け入れず真白のままで逝く夏椿
(水に還る 紀水章生)

薄ら陽の斜めに差し込むその日より秋とはなりぬ尾花なでしこ
一筋を違へし道の路地奥にアナベル咲きて白く寄り添ふ
(つぶさぬやうに 乾醇子)

「近くに川があるのですか」と訪れた人のことばに流れだす川
映像の焚き火に見入ってしまう夜 それはわたしの火ではないのに
(空の差し色 岡野はるみ)

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松村正直さんのカルチャー教室から発展した「パンの耳⑤」が出た。
参加する人の顔ぶれが徐々に変わりつつ、それぞれが連作を用意するなかで確実に力をつけておられるのがわかる。嬉しく思う。

木村敦子さん 曾祖母の生家を訪ねる一連。目立つことのなかった曾祖母の人生、人柄、海辺の村のさびれた様子が伝わる。

紀水章生さん すこし抽象的な詠みぶりで、チャレンジ精神を感じる。わざとよみにくくする工夫があったり、端正な歌があったり、多彩。

乾醇子さん 安定した力のある正統派。ここには上げなかったが「新卒」「唐揚げ弁当」などの言葉に作者の生活が滲む。

岡野はるみさん 
色彩感のある連作。発想が愉快。ものの見方が一方的でなく、逆から見るところに膨らみと面白みがある。

LIGHT 永田愛 青磁社

2022-01-16 23:56:53 | 歌集
はつなつのみじかい午睡の外がわに雨降っていて雨の音する

重荷にはならないようにすこしだけ近い未来の約束をする

ひとすじの水に洗えりぎんいろの蛇口のしたに手を差しいれて

向きあわず話しはじめるほうがいい大事なことであればあるほど

分銅の重さすこしも疑わず測定結果に100.0グラム(ひゃく)を書くこむ

葉柳をはなれわたしのもとへ来る螢(ほうたる)これは来世のわたし

歩かなくなった、あるいは歩けなくなった児のくつ うすももいろの

そっくりで笑ってしまう テーブルに置かれたものはわたしの足だ

九連休明けのからだは生温く釦とボタン穴が遠いよ

三人の甥っ子どの子もわたしの子と思う遊びを一生(ひとよ)続けむ

(LIGHT 永田愛 青磁社)

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塔短歌会の永田愛の第二歌集。やさしさゆえに、人との距離を保って暮らしている作者の姿がわかる。相手に深く踏み込んで、相手に迷惑をかけてしまうことを意識しているのだろう。分銅の重さすこしも疑わず、の歌。実は疑っているけれど、疑いはじめるとキリがなく物事が前に進まないから、という思いやりではないか。自分を客観視せざるを得ない作者の心根が切ない。明るさと寂しさの共存。

草に追はれて 中林祥江 現代短歌社

2022-01-05 12:36:30 | 歌集
農政を叫びて握手求め来し政治家の手はわれより白し

本を読む少女の靴のつま先が折々あがる朝の電車に

わが憂さが指の先より抜けるゆゑ今日も一日庭の草ひく

すばらしき歌が野良着のポケットに粉々になり竿に乾きぬ

風呂敷にパソコン包み普及所へ農業簿記を教はりにゆく

幾度も剥がれては貼らるるポスターの政治家つひに川に落ちたり

分類すれば働く事と遊ぶこと学ぶといふは遊びに属す

喧嘩ばかりしてゐる夫婦でありますに仲よろしなと医師に言はれつ

四画目は左にぐつと突きだせり平等院の石柱の「平」

白鷺のとなつたやうに遅れさく白木蓮に夕やみがくる

(中林祥江 草に追はれて 現代短歌社)

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現在は塔短歌会所属の中林祥江の第一歌集。農業、家族、労働の歌が中心をなしている。モノを見る観察眼にも確かさがあり、惹かれる歌集だ。
ものすごく真面目で、真面目すぎるところから出てくるユーモアがある。わたしとそう年齢は変わらないのだけれど、環境が違っていて、違いを楽しみながら読ませていただいた。みんな違ってみんないい。