気まぐれ徒然かすみ草ex

京都に生きて短歌と遊ぶ  近藤かすみの短歌日記
あけぼのの鮭缶ひとつある家に帰らむ鮭の顔ひだり向く 

雲の寄る日 坪内稔典 ながらみ書房

2019-12-16 23:46:43 | 歌集
この家にだあれもいない睡蓮の三つが咲いて一つは黄色

ヒサという婆さんがいた子規さんをのぼと呼んでは芋飴なめた

十代の決意のままに立っていて俺はおのずと傾いだ木だな

不機嫌という固まりになりきって微動だにせず冬日の犀は

ブンタンのころがる居間で時々に犀になったり河馬になったり

ふりあげた拳をおろす場所がないそんな日だった落ち葉を踏んだ

もしかして今は私が留守なのか寒晴れの空ただただ青い

草を引く老後を夢にしていたがむしろだんだん草になりたい

雲の寄る窓辺があってたまにだがそっと来ているキース・ジャレット

イーゼルは立てかけたままおそらくは画家は小鳥になってしまった

(坪内稔典 雲の寄る日 ながらみ書房)

具体 たかなみち 角川学芸出版

2019-12-09 23:46:49 | 歌集
ああ君も短歌びと的嘆きをす自分探しに疲れただなんて

あけぼののほのか紅さす海岸に白き紐なる波もつれをり

竹串に刺さるる一瞬活海老がおのが命を振り払ひたり

駅までは役に立ちたる具体として捨て置かれたる傘がびしよ濡れ

愛恋に夕暮れは来てあをによし奈良漬色の中年後期

秋の夜はアフガン編みの固き目の行きて戻りてほうふくほうふく

十日前死にたる人のシェーバーに砂鉄のやうな髭が付着す

乳欲しと五体に泣けるみどりごの青水無月の闇のまん中

舞ふごとき納棺師の手に母の死が意匠されゆく違和となるまで

ベンチにて俯きをりし老いびとがつひに合点を得しごとく去る

(たなかみち 具体 角川学芸出版)

ハングルの森 加藤隆枝 六花書林

2019-12-05 16:34:30 | 歌集
テキストのハングル文字がいっせいにラインダンスをする 目をこする

記号にしか見えないという友よ そうか われには立木に見えるハングル

満開の湖岸の桜に吹く風はアンニョンヒカセヨと花びら散らす

「勉強」を「工夫(コンブ)」と書ける韓国語しみじみ思い学ばんとする

傘さして打たれていたい春の雨ピガピガオダと口ずさみつつ

ひらがなを習いはじめし子のように看板の文字ハングルを読む

戦後なる夏かさねつつふと兆す戦前なるかもしれぬこの夏

初めてのものに感じるなつかしさ異郷なれども故郷のごとし

物乞いや扇子売りなど現れてドラマのごとき地下鉄車内

隣国は寄せては返す波のごと近づきしのちまた遠ざかる

(加藤隆枝 ハングルの森 六花書林)