気まぐれ徒然かすみ草ex

京都に生きて短歌と遊ぶ  近藤かすみの短歌日記
あけぼのの鮭缶ひとつある家に帰らむ鮭の顔ひだり向く 

無人駅 山本枝里子 ながらみ書房

2021-05-31 12:03:14 | 歌集
あやとりの母のゆびさきよく動きうごきすぎては絡まるばかり

たかだかと向日葵咲けりその影のしたに揺れゐる一叢の藍

一尾だけ反対むいてゆく魚ああ晴れやかに泳ぎゐるなり

ガラス窓ながれて落ちてゆく雨のおなじみちすぢ通るおほつぶ

くちばしの赤おもさうに引き上げる春の浅瀬のツクシ鴨五羽

冷蔵庫にメモ帳しまひ次の日にひえびえとした一首取り出す

あふたびにあなたがとほくなるやうでこはい首すぢ隠すスカーフ

かへる胸なければひとりきて立たむ無人駅こそわれにふさはし

白くきれいな指だつだひとその指に描かれ花となりゆきし絵具

空つぽとなつた心に向日葵の花を詰めたしひまはりの黄を

(山本枝里子 無人駅 ながらみ書房)

***********************************

心の花所属の山本枝里子の第三歌集。連作で小さなストーリーを作るタイプの人と思う。絵を描く人との結ばれなかった恋をテーマに執念く詠まれた「つづれざる一行詩」が印象的だった。旧かな遣いで、ひらがなが多いために読む人の時間を留まらせる。向日葵、藍に地元徳島への愛を強く感じる。真面目で、常識的な考えに合わせようと努力して苦しんでられるのではないだろうか。他人というのは無責任に言いたいことを言う。気にしなくても大丈夫。そのままで充分ステキだ。

サンドマンの影 万造寺ようこ 本阿弥書店

2021-05-30 00:41:06 | 歌集
梅雨空は川の上まで降りてゐてやはらかくなる木立もわれも

父の字の崩し字ひとつ読み分けて墨のつらなり歌となりけり

足許にきいつけてかへつてくださいやスコッチテリア連れた人言ふ

われの触れ子らも触りきアジア象諏訪子(すはこ)の生きたる戦後の長さ

みづからの額のなかを行くやうな日なりスズカケの実が落ちてゐる

大きな葉のそよぐところにゐたやうだ回復室で目覚めるまへは

木を伐りて空ひろびろとなりをりぬ月はみづからのひかりに浮かぶ

妹さんも倒れんといてくださいと言はれるわれの疲れた顔か

耳かきを奥までいれるあやふさの互ひの息子のはなししてをり

蟬のこゑ背中にきいて一日がまろやかに過ぐこんな日もある

(万造寺ようこ サンドマンの影 本阿弥書店)

***********************************

塔の万造寺ようこの第三歌集。2008年から2013年までの六年分の作品を纏めたという。穏やかで温かい人柄がわかる。表現がやわらかい。京都弁の会話をそのまま取り入れた歌を読んで体温が伝わって来た。旧かなの表記も作風に合っている。「耳かきを奥までいれるあやふさ」の比喩に納得する。大人になった息子は、大人だからこそ悩ましい。

森へ行った日 川本千栄 ながらみ書房

2021-05-21 18:07:04 | 歌集
からだは劣化していくあなたへと渡したき麦の穂を持ったまま

夫いて息子いて今取りあえずティーバッグで淹れたような幸福

支那服の小さな子供が踊りいるラーメン鉢にて食う太平燕(タイピーエン)

タバコ屋は窓鎖しており「塩」という一文字看板はずさぬままに

少年がベッドの上に起き上がり青年になり母さんと言う

幼な児はどこにもおらず二十六半のスニーカー玄関に有り

ただ一度咳き込み死にし父ゆえにわれに介護の日々は来たらず

老いてゆくことは病を馴らすこと伸び続ける蔓かすかに揺れた

小学生の時の賞状まだ貼って画鋲に厚く埃が溜まる

お湯飲めばコロナが死ぬとメール来る善意で人ら廻し始めし

(川本千栄 森へ行った日 ながらみ書房)

***********************************

塔の川本千栄の第四歌集。わかりやすく読みやすく、どんどん読み進むことができた。一人息子が中学高校時代の歌は切実に身に沁みる。2017年10月神奈川県座間市でのSNS絡みの殺人事件や、川崎市スクールバス襲撃事件など時事詠もある。第三章のコロナ蔓延初期の連作を読み、何かのどかな印象を持ってしまった。コロナにお湯が効くという話、わたしも友人から聞いたのだった。あのときはあのときなりに必死だった。短歌は記録でありながらそれ以上のところに届く。

バックヤード 魚村晋太郎 書肆侃侃房

2021-05-11 17:52:28 | 歌集
砂あびる雀みてをり砂あびるといふたのしみをつひぞ知らずに

小さき虹つかのまうかぶふゆの水あびせ重機の泥おとすとき

ひだまりを汲む井戸がある匿つてくれたあなたのちひさな庭に

花槐ほろほろとふる待つのではなくやり過ごすときのながさを

消した火をふたたびともす(同じ火ぢやないけれど)春の闇はやはらか

天津飯れんげですくふ船にのりおくれたやうなはるの夜更けを

壁にもたれねむつてたひとおどろいておとなの顔にもどるさびしさ

おろそかにしてたとおもふ雨がふればヴィニール傘をむだにふやして

チェーンソーと斧といづれかえらべといふ。こゑは冬木の膚の強(こは)さに

ローソンのバックヤードでくちづけをおぼえる子供たちによろしく

(魚村晋太郎 バックヤード 書肆侃侃房)

***********************************

第三歌集。魚村さんの歌集から十首えらぶなんて出来ないと思うほど、すきな歌が並ぶ。一首に多くを語らず詰めこまず。読者の視線を遠くに運ぶ。遠くにあるのは詩情だ。旧かなの柔らかさも魅力。連作の「路地と蒟蒻」はマラソンリーディング2015より。朗読を一度は聞かなくてはと思う。ドラマティック。かすかな背徳感。しみじみと色気を感じさせる一冊。

朱雀の聲 林和清 砂子屋書房

2021-05-08 11:06:59 | 歌集
あたらしい仏像怖し牛乳のやうに生なまとなめらかな皮膚

ずつとゐる妻の機嫌の満ち引きの潮目がわかる今日は小満

“ぽえむ・ぱろうる”何かのふくろ池袋そもそも池は何かのふくろ

風聞のなかに重篤患者は居てのうぜんかづら赤い息する

雨で死ぬ風で死ぬデモで死ぬおそらく死ぬと思はずに死ぬ

あんたかて殺されたことあるやろと鵺は言ふ鵺は人肌をして

能面の裏は人体のうちがはのひりつく夜に抵触してゐる

あの夜ふつとあなたが言ひかけたこといまならわかる晩霜(おそじも)の道

元号の終りにおもふ天六(てんろく)の夜道を灯る酒場「きのどく」

京都人の底意地の底がわたしにはないのださんざ散るはさざんくわ

(林和清 朱雀の聲 砂子屋書房)

*****************************

林和清の第五歌集。林さんらしい「濃さ」に満ちている。杉原一司、能、崇徳院など独自のテーマが連作になっている。血みどろの描写の気持ち悪さは不条理の死を遂げざるを得なかった人への心寄せと読みたい。それにしても京都人はそんなに底意地が悪いのか。わたしが鈍感で気づいていないだけかもしれない。碁盤の目の中に住む人たちはこわいのだろうか。。。第一部のコロナ詠は、去年の今頃を思い出しながら読むと面白い。