気まぐれ徒然かすみ草ex

京都に生きて短歌と遊ぶ  近藤かすみの短歌日記
あけぼのの鮭缶ひとつある家に帰らむ鮭の顔ひだり向く 

九夏 小黒世茂 短歌研究社

2021-07-21 23:56:27 | 歌集
草の露ふくみしづかな秋虫のからだのなかで水はめざめる

しづみゐし空母信濃に白骨をゆらすかそかな水流あらむ

お話を切りかへるにはなだらかないい曲り道 露虫鳴けり

ほらそこよと指さすときの手のなかに風船かづらほどの薄闇

老いびとと死者しかゐない浦みちにひじき干される竹笊のなか

言ひだせば止まらぬ歌評のやうに降る雨に籠りてDr.Rue読む

鉄橋をぎんの小粒がぐんぐんと電車になつて走りくるなり

道頓堀(とんぼり)のネオンの水にとびこみてグリコのをぢさんお手あげの夏

車輛から眉のいろいろ降りてくる流れにつかのま杭としてたつ

ジギタリスまつすぐ水を吸ふゆふべ読むひとだあれもゐない自分史

(小黒世茂 九夏 短歌研究社)

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玲瓏の小黒世茂の第六歌集。小黒さんとは関西の何かの短歌のイベントで知り合った。神楽岡歌会をはじめとして、親しくしていただいている。思えばコロナ禍で実際には二年以上お会いしていない。オンラインではときどき。小黒さんの歌は、物言いが柔らかい。「お話」「ほらそこよ」「お手あげ」といった言葉のやさしさ。芯はしっかりしていながら、ほのかにユーモアがある。土の匂い、空気の匂い、体臭も伝わる。描写が確かで学ぶべきところの多い歌集だ。

夕陽のわつか 乾醇子 本阿弥書店

2021-07-13 18:12:04 | 歌集
咲き初めし白梅の小枝あしらはれ西京漬けの鰆が並ぶ

いくばくの寂しさを持ち轆轤ひく遠目で見てゐる夫のために

ほどのなくぽつんと雨がくるだらう風の匂ひが草の匂ひに

たんぽぽの綿毛が電車に乗りこみて微睡む人の頭上にとまる

黒南風のそらの真下の救急車サイレン鳴らさず帰りゆきたり

私にもあつた気がする壺を焼く五百七十三度の危ない一瞬

天保山の埠頭に着きぬ肩ならべ夕陽のわつかの中に立ちをり

三人子の駆けつけるのを待ちをりて夫悠然とわが元はなる

うつすらと指紋の残る腕時計バッグの底に時をきざみぬ

知らぬことまだまだ多しヒルガホ科あさがほゆふがほ咲く道をゆく

(乾醇子 夕陽のわつか 本阿弥書店)

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ヤママユの乾醇子さんの第二歌集。以前「パンの耳」の会で出会ってお話をしたことがある。明るい大阪のご婦人ではあるが、歌集を読むと、目の行き届いた歌がいくつもあって感心した。旧かなの整った歌。夫との生活と別れ。「わが元はなる」から死の瞬間まで一緒だったことがわかる。

浜竹 相原かろ 青磁社

2021-07-08 11:12:19 | 歌集
くっついた餃子と餃子をはがすとき皮が破れるほうの餃子だ

煌々とコミュニュケーション能力が飛び交う下で韮になりたい

履歴書の空白期間訊いてくるそのまっとうが支える御社

グラウンドに白線を引くごろごろの係でずっといたかった秋

前任の方(かた)は大変いい人であったそうですそのあとの俺

ミス多きわたくしとして命からなるたけ遠い勤めを望む

知っている、力の強い弱いでは、ない、吸い物の蓋がとれない

湯の中で無数のすね毛わが脛の動くにわずか遅れてそよぐ

たちまちに消えてしまいぬ二歳児を黙らせておくラムネの粒は

玄関の前で立ってるピザのひと開かれるまで箱を抱えて

(相原かろ 浜竹 青磁社)

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塔所属の相原かろの第一歌集。おととし出たときから、何度も何度も友人や図書館から借りて読んでいる。とにかく面白い。連作の題の付け方に工夫がある。
弱いって言ってしまうことは力になるのだろうか。こういうやり方もいいな、と思わせてくれる。