気まぐれ徒然かすみ草ex

京都に生きて短歌と遊ぶ  近藤かすみの短歌日記
あけぼのの鮭缶ひとつある家に帰らむ鮭の顔ひだり向く 

窓 髙橋則子 現代短歌社

2021-02-23 23:44:34 | 歌集
来て動くこの単純を見むと寄る窓ちかぢかと地面に雀

硝子戸のガラスのきはに秋の蚊のひくく飛びつつ夕かげりゆく

眠らむとおもふこころは眠らざる身とあらがひてこの時をあり

木ぬれ照らす月のひかりはわれの立つ地面にふかく影を彫りたる

ユーカリの細葉触りつつ影動くそばだつ壁の広きおもてに

母のこゑそのもの言ひのわれに似てすぎし命の遠くなりゆく

ふるさとにマルタのやうな姉のあり栗・柿・酢橘つくる色美(は)し

手紙(ふみ)の人夢にあらはれゆゑなしに鉛筆削る屑散り零し

蛇口より落ちくる水を茄子の実はむらさきふかくつややかにせり

白き蝶ふと立ち去りて青葉影ふかぶかとあり窓にむかへば

(髙橋則子 窓 現代短歌社)

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八雁の髙橋則子の第五歌集。文語旧かなで、身のまわりの事象が、丁寧に繊細に詠まれている。短歌は髙橋さんにとって「窓」なのだろう。定型という窓を通して見たものを、言葉を選び抜いて表現する。助詞の使い方、漢字とかなの使い分けに神経が行き届いているのが分かる。どこまでも抑制が効いている。玄人好みの一冊、と言うのは失礼だろうか。ソフトカバーが手に馴染む。

ひかりの針がうたふ 黒瀬珂爛 書肆侃侃房

2021-02-22 12:08:06 | 歌集
光漏る方へ這ひゆくひとつぶの命を見つむ闇の端より

『どうぶつのおやこ』の親はなべて母 乳欲る吾子を宥めあぐねて

昇る陽に影は伸びつつ小さき刃に老いし漁師は梨剝きくれぬ

鰯の血は経木ににじみ海峡に滅びし平家なる家族あり

熱の児が眠りゆきつつしがみつくわれはいかなる渡海の筏

  除染作業はまず草を刈り、ひたすら地表の土を削る。
黒き袋積み上げられてもう土に戻れぬ土がひた眠りをり

やねのむかういつちやつたね、と手を振る児よ父に飛行機(ぶーん)はまだ見えてゐて

乳母ならぬ身も乳母車押しながら時に覗きつ息はあるかと

玄界灘がPM2.5にかすむ 母国はありて父国はあらぬ

火の国に桜散りそめ明日はいまだ固きに会はむ加賀の桜に

(黒瀬珂爛 ひかりの針がうたふ 書肆侃侃房)

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黒瀬珂爛の第四歌集。ロンドンから帰国して移り住んだ福岡での生活が詠われる。
博多湾での肉体労働の歌が逞しい。「文弱の徒」ではない。子育ての歌も多く、母にはなれない哀しみが詠われる。ジェンダーの視点からも面白い。「ねむらない樹」Vol.6も黒瀬珂爛特集で買ってしまった。人に好かれて、人の懐にすぐに深く入る人物と思う。実に魅力的。鱧と水仙の同人としても、ますますの活躍を期待している。

僕は行くよ 土岐友浩 青磁社

2021-02-20 01:27:33 | 歌集
いないのにあなたはそこに立っているあじさい園に日傘をさして

書くことは考えること考えることは書くこと カッコウが鳴く

思い出のそとに記憶はあるものを風にはためくコートのフード

カステラは乾きやすくて本題に辿りつかない感触がある

後頭部をつめたい窓にあずければ電車の音が電車をはこぶ

白い花のような気がして受け取った声に出したらなくなる手紙

最近はうまく化けられなくなったきつねと花見小路を曲がる

やみくもに色を重ねているような五月の川のひかりっぱなし

回想の出町柳は寒すぎてあなたは白いティペットを巻く

心臓の動脈に手を差し入れてきれいに殺されるね羊は

(土岐友浩 僕は行くよ 青磁社)

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土岐友浩さんの待望の第二歌集。表紙や装丁におしゃれな遊び心がある。表紙のしっぽのある動物はなんだろう。見返しには鴨川の置石が描かれる。読みやすい口語、京都の地名に歌にまず惹かれるが、読みどころはそこだけではない。後半の連作、「海蛇」「夏草」「辺境」など、歌集そのものを手に取って読んで得るところは大きい。

水の聖歌隊 笹川諒 書肆侃侃房

2021-02-16 00:43:16 | 歌集
椅子に深く、この世に浅く腰かける 何かこぼれる感じがあって

文字のない手紙のような天窓をずっと見ている午後の図書館

いい感じに仲良くしたいよれよれのトートバッグに鮫を飼うひと

ソ、レ、ラ、ミと弦を弾いてああいずれ死ぬのであればちゃんと生きたい

しんとしたドアをこころに、その中に見知らぬ旗と少年を置く

食事という日々の祭りの只中に墓石のように高野豆腐は

引き出しをひっくり返す音に似た雷、あれは神の断捨離

夏に手があったらたぶん黒板消しの形で熱を押し当ててくる

舟旅と思えば舟の詩が書けることだよ、いつも感謝するのは

歯を磨くたびにあなたを発つ夜汽車その一両を思うのでした

(笹川諒 水の聖歌隊 書肆侃侃房)

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短歌人関西歌会、神楽岡歌会などでご一緒することの多い笹川諒さんの第一歌集。言葉えらびのセンスが独特だ。取り合わせの妙とでもいうのだろうか。理を通さない言葉の組み合わせに不思議さを感じる。謎解きの楽しみがある。一字あけ、読点、パーレンの使い方に工夫がある。「ちゃんと生きたい」「感謝するのは」のフレーズにわたしは惹かれ、安心するのだが、そういう読み方は古いのかもしれない。読者として、読みのコードを揺さぶられた。