環境問題スペシャリスト 小澤徳太郎のブログ

「経済」 「社会」(福祉) 「環境」、不安の根っこは同じだ!

「将来不安」の解消こそ、政治の最大のターゲットだ

朝日新聞の社説:スウェーデン 立ちすくまないヒントに、を読んで

2010-08-01 17:20:05 | 政治/行政/地方分権
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「菅直人首相が、スウェーデンの名をよく口にする。目標に掲げる『強い経済、強い財政、強い社会保障』を実現した国としてだ。この北欧の国は、日本のモデルになるのだろうか」という書き出しで始まる今朝(8月1日)の朝日新聞の社説「スウェーデン 立ちすくまないヒントに」を読みました。

発行部数およそ800万部と言われている大新聞が、社説のテーマとして、人口930万人の小国「スウェーデン」をこの時機に取り上げたのはタイムリーだと思います。内容的にも特に違和感はありませんが、 「理想郷」という言葉が2回も出てきたのには少々驚きました。社説の筆者はほんとうにスウェーデンを「理想郷」と考えていたのでしょうか。この発想は20世紀の考えをかなり引きずっているように思います。そのように考えると、1980年代末までの多くの論調がそうであったように、「理想郷」の裏だとか、「理想郷」の光と影というような論調が必ず出てきます。現に、10日前の朝日新聞の「声」の欄に「スウェーデンは理想郷ではない」と題する投書が掲載されました。

80年代に入ってスウェーデン社会は徐々に変質し、特に1995年のEU加盟後は、スウェーデンは欧州の「特殊な国」から「小国ではあるが、無視できない“普通の国”」に変身してきました。欧州の「無視できない普通の国」という視点で、スウェーデンの様々な状況を分析すれば、今まで見逃してきた「新しいスウェーデン」を見ることができるでしょうし、その中に日本社会の改善のヒントになることを多く発見することになるでしょう。社説の執筆者のお考えの中で、まったく異論はなく、私もその通りだと思うのは、次の2点です。

●スウェーデンから学ぶべきは、高福祉高負担の仕組みそのもの以上に、難しい政策選択を可能にする政治のあり方ではないだろうか。

●人口1千万弱の国の高福祉高負担を日本にそのまま持ち込むのは難しいかもしれない。だが、政治への信頼感確保のいくつかのヒントなら、スウェーデンにある。

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つい最近のことですが、北岡孝義さんという方の『スウェーデンはなぜ強いのか 国家と企業の戦略を探る』(PHP新書681 2010年8月3日 第1版第1刷)という魅力的なタイトルの本に出会い、読んでみました。北岡さんは、この最新著の「終章 スウェーデンから何を学ぶか」を次のように結んでいます。


朝日新聞の社説は市場経済社会が直面する21世紀最大の問題である「環境・エネルギー問題」への対応にまったく触れていませんし、北岡さんの著書もこの点にはほとんど触れておりません。

北岡さんの記述(上の赤網をかけた部分)を証明しているのが次の図です。96年にスウェーデンが掲げた「緑の福祉国家への転換政策」の進捗状況の一端を示しています。過去36年間の日本とスウェーデンの「GDPとCO2の排出量の推移の関係」は、日本が見事なまでのカップリング(相関性)を示しているのに対して、スウェーデンの「経済成長(GDP成長)と温室効果ガス(GHG)の排出量の関係」は97年以降、見事なデカップリング(相関性の分離)を示しています。

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私のこのブログのタイトルは、「経済」「福祉(社会)」「環境」、不安の根っこは同じだ! 、「将来不安」の解消こそ、政治の最大のターゲットだですから、「政治への信頼感の確保」という点では、お二人と共通しています。

そこで、日本とスウェーデンの現在と将来に対する私の考えをまとめておきます。私は日本の多くの識者がまったくと言ってよいほどフォローしてこなかったスウェーデンの「環境問題・エネルギー問題に対する考え方」や「その政策」を1973年の「第1回国連人間環境会議」(スウェーデンの首都ストックホルムで開催)以来、およそ40年にわたって日本と同時進行でフォローしてきました。両国の間には、21世紀最大の問題であるはずの「環境問題に対する認識や行動」に20年以上の開きがあるといっても過言ではないでしょう。


次の図は、私の環境論から見たスウェーデンと日本の環境問題の社会的な位置づけの相違を示したものです。

スウェーデンは環境問題を、人間社会を支えている「自然」に生じた大問題(図の右下)と考えてきました。ですから、人間を大切にする「福祉国家」のままでは、環境問題には耐えられないことに気づいたのです。そこで、人間を大切にする「福祉国家」を、人間と環境の両方を大切にする「緑の福祉国家」へ転換していこうとしています。
 
一方、日本では、環境問題は人間社会に起こる数多くの困った問題の一つとして理解されてきたので、つねに環境問題よりも「図の左中に例示した社会・経済問題」のほうが優先されてきました。スウェーデンでは、ここに例示した日本の経済・社会問題はほとんど問題にならないか、すでに解決ずみといってよいでしょう。両国は「あべこべの国」だからです。


次の図はスウェーデンと日本の「21世紀前半社会のビジョン」の相違を示したものです。

1996年9月にスウェーデンは、20世紀の「福祉国家」を21世紀の「緑の福祉国家」(エコロジカルに持続可能な社会)へ転換していく壮大なビジョンを掲げました。スウェーデンの「緑の福祉国家」には

 ①「社会的側面」 ②「経済的側面」 ③「環境的側面」

の3つの側面があります。スウェーデンは福祉国家を実現したことによって、これら3つの側面のうち、「社会的側面」と「経済的側面」はすでに満たしているといってよいでしょう。しかし、今後も時代の変化に合わせて、これまでの社会的・経済的な制度の統廃合、新設などの、さらなる制度変革が必要になることはいうまでもありません。>朝日新聞の社説も、北岡さんのご著書も、私の考え方からすると主として「緑の福祉国家」の社会的・経済的側面をフォローしたものです。

残されたもう一つの環境的側面については、この分野で世界の最先端を行くスウェーデンもまだ十分ではありません。20世紀後半に表面化した環境問題が、福祉国家の持続性を阻むからです。そこで、21世紀前半のビジョンである「緑の福祉国家の実現」には、環境的側面に政治的力点が置かれることになります。

日本のビジョンは小泉政権以前も、そして小泉政権を引き継いだ安倍政権、福田政権、麻生政権も「持続的な経済成長」を掲げ、昨年の民主党による政権交代後もこの流れは変わっていません。

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そして、次の図は、朝日の社説の冒頭に書かれている「この北欧の国は、日本のモデルになるのだろうか」という問いかけに対する「私の個人的な回答」です。この見解は「私の環境論」に基づくものです。


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スウェーデンと日本は、一見対極にあるように見えますが、それは「20世紀後半の現実社会」への対応の相違によるものです。60年代に表面化した「高齢化の急激な波」がスウェーデンの「高齢者福祉」を進展させ、世界が注目する「新公的年金制度」を生みだし、80年代に表面化した「地球規模の環境問題」が20世紀の「福祉国家」を21世紀の「緑の福祉国家」への転換を決めたのです。一方、日本はこの間、難しいことはほとんど先延ばしにしてきました。このことは10月1日に行われた菅首相の「所信表明演説」の「はじめに」 で明らかにされています。

 

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2 コメント

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うーん (kyokyo)
2010-10-05 17:57:27
うーん、考えさせられます。価値あるブログですね。
少子高齢化で、高負担化せざるを得ないのは皆わかっていること。
でも消費税を口にしたとたん、選挙で敗北する。
それは政治家、官僚そして大企業経営者によるこの国の統治システムに国民の信頼がないから、おっしゃるとおりですね。
環境問題も京都議定書の約束を主人公の日本が守らない。トヨタ会長が経団連のトップで、日本の隅々まで道路建設に莫大な税金が使われ、その上高速無料化というのですから。どこから始めますか?
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どこから始めるか (小澤)
2010-10-09 17:13:30
kyokyoさん、
はじめまして。コメントありがとうございます。

お尋ねの「どこからはじめるか」に対する1つのアプローチとして、「できるところから始めよう」というのがこれまでの日本社会の主流の考えのようです。しかし、私はこの考えは危険だと思います。次のブログをご覧ください。

「出来ること(ところ)から始めること」の危険性①
http://blog.goo.ne.jp/backcast2007/e/0655fa72b202488e117d17b423fc1027

「出来ること(ところ)から始めること」の危険性②
http://blog.goo.ne.jp/backcast2007/e/6d3845c62e8abfb8adbd7356b8072c72

「出来ること(ところ)から始めること」の危険性③(9/10)
http://blog.goo.ne.jp/backcast2007/e/ff9d6bae5701a567f8a3bd0a06266295

 日本の将来をほんとうに真剣に考えるならば、「どこから始めるか」という問いに対する最もまじめな回答は「20世紀型の右肩上がりの産業経済システムの維持および拡大、あるいは小泉内閣が掲げ、その後の菅内閣に至までの政権が掲げてきた「持続的な経済成長」を前提にするのか、それとも、「スウェーデンがめざしているような21世紀型のエコロジカルに持続可能な社会への転換」を前提とするのかを明確にする必要があります。

 どちらの前提をとるかによって、両者の対応はまったく異なってくるからです。

次のブログが参考になるかもしれません。

フォアキャストする日本、バックキャストするスウェーデン③ 21世紀はバックキャストが有効
http://blog.goo.ne.jp/backcast2007/e/cdbccb4212dd16d2353871e1ed142f28
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