脳機能からみた認知症

エイジングライフ研究所が蓄積してきた、脳機能という物差しからアルツハイマー型認知症を理解し、予防する!

歌会始入選歌から脳機能テストを考える

2017年01月17日 | 二段階方式って?

「父が十 野菜の名前 言えるまで 医師はカルテを 書く手とめたり」
この東京都西出和代さんの作られた短歌は、今年の歌会始の一般応募20,205首から選ばれた、たった10首のうちの1首です。 
縞ダイダイ(直径8センチくらい。今日の写真は、1月8日の庭)

先日の「歌会始」をテレビがライブ中継していました。
考えたら最初から最後まで、全部見たのは初めてでした。心惹かれる歌が続きました。
ロケット

「父が十 野菜の名前 言えるまで 医師はカルテを 書く手とめたり」
この歌が流れてきたとき、「あれっ!」と耳をそばだててしまいました。

私は心理担当として脳外科に勤務し、患者さんに神経心理テストを長年やってきました。当時の早期痴呆外来にみえた外来患者さんだけでも2000人くらいは担当したでしょうか。
それだけに、診察室の情景がふうと湧き上がってきたのも当然といえば当然です。ご家族の思いも感じられました。
まだまだきれいな葉ボタン

初診?それとも再診?
付き添っていらっしゃる娘さんの心情がしのばれます。まず お父さまの脳機能のレベルによって、娘さんの気持ちが種々に想像できるのです。
初診の場合が一番劇的でしょう。
私たちのいう小ボケ(前頭葉機能だけが低下している)の状態だとします。
家族は「徘徊とか、家族がわからないとか、夜中に騒ぐとか、不潔や暴力行為みたいな認知症らしい症状は全然ないのだけど、なんだかお父さんらしくないのよね。ボーとしてたり、同じことを繰り返し言ったり何か変」と思っています。けっこう一大決心をして、受診されていることがほとんどです。
こんな時、付き添っていてこの検査に出会うとほとんどの家族はびっくりしてしまいます。脳機能検査を受けるのを見るこ
と自体が初めてということを考慮しても、なお
「なぜ、こんなに言えないの?なぜ突然黙ってしまうの?普通に話している時こんなに黙ってしまうことはないのに・・・」
「えっ!なぜそんなに同じものの名前を言うの?」と驚くのです。
シンビジウム
 
初診でも、もう認知症が進んでいて、なにか大きな事件を起こしてしまったことをきっかけにようやく重い腰を上げて受診する場合だってあります。
そんな時は、
当然のことながら、脳機能の低下は著しいわけですからこの検査はむずかしい検査になります。
でも、小ボケならびっくりする家族でも、はっきりと症状が出ている状態なら、もちろんうれしいわけではありませんが「こんなこともあるだろう」と淡々と検査を見守るだけのはずです。
極楽鳥花

さあ、次は再診の場合です。
よくなっている場合です。これは初診時に小ボケレベルでないと、ほとんど期待できませんが。
日常生活を見ていると、家族が気になっていることが軽減されてきます。例えば、居眠りが減るとか、会話に入ってこられるようになるとか、表情が良くなるなどですが、そんなときには「もう少しいえるはず」と期待があります。大げさに言うと子供の運動会の応援をしている時のように手に汗握る状態です。
被検者であるお年寄りよりも、ご家族の方が緊張していることもよくありました。
河津桜の咲き初めの2輪
 

改善が実感できない時や、むしろ悪くなったかもと不安なときはどうでしょう。
「あー、野菜の名前をいう検査でしょ?簡単そうに思えるけど。でも、どうしてだかこの問題は、お父さんにとってはむずかしいのよ」と思いながら見ていますから、そんなにドキドキもしませんし、わりあい淡々と みていることになります。
いくら覚悟していても、余りにもできないと悲しくなるでしょうけど。
検査室で過ごしたいろいろな「時」が押し寄せてきました。
検査を受ける方たちとのやり取りにとどまらず、見守る家族の方々の様子も思い出されます。家族がどのように検査を見ているかを観察することで、そのお年寄りとどのような家族関係を結んでいらっしゃるのかを探りながら、検査後の生活指導につなげるのです。
パクチー(こんなにかわいい花)

 
「父が十 野菜の名前 言えるまで 医師はカルテを 書く手とめたり」
私は自分のしてきた仕事ですから、これを脳機能検査をしている状況とすぐにわかり、上のようにいろいろのことを書きました。
もちろん「何のこと?」と思う人もいるでしょうね。
いちばん多いのは「テレビや映画で見たことがある。認知症の検査でしょ」と思った人ではないかと思います。
ブーゲンビリア(1月に!)
 
さて、ここからはちょっと専門的な話になります。
この検査は一般的には「語想起」といわれる検査で、「課題の単語を1分間に何個言えるか」を調べるのです。
検査の目的は、その人の脳機能が課題の単語を 「1分間に何個言えるか」であって「10個言えるかどうか」ではないのです。
このドクターが何かの目的があってアレンジされたのかもしれませんが、普通に考えると「10個言えるまで待つ」のはちょっと変ですね。(作者が意図して創作されたことも考えられます)
脳機能検査には、「脳のどの機能を調べるのか」という目的がはっきりあります。
2000年になる前のことです。 当時は毎年、老年社会科学会に参加していました。大昔の話になりますね。
そのころ(から今に至るまで)「長谷川式」と言われる簡易検査法が世の中の主流でしたが、「前頭葉機能検査がないので老人性痴ほう症(当時)の早期発見はできない」という私たちの主張と、長谷川先生の聖マリアンナ大学との主張が毎年バトルを繰り広げたものです。
2001年の学会の時、「改訂長谷川式」が 発表されました。
利島の左にうっすらと三宅島

エイジングライフ研究所の提唱する二段階方式 は、前頭葉機能と脳の後半部のいわゆる認知機能を分けて測定します。前頭葉機能が不合格の人の中に、認知機能が合格する人たちがいてその人たちが小ボケ。ここが認知症の早期です。
「新長谷川式」 には、前頭葉機能である「語想起」が組み込まれていました。それが「野菜の名前が1分間にいくつ言えるか」という質問項目です。そして「10秒の沈黙で中止」となっていました。(ちなみに、前頭葉が正常な人でも10秒ていどは沈黙することはよくあります)
「この語想起の項目は、脳機能の何をターゲットにしていますか」という私の質問に
「Word Fluency、語の流暢性。どのくらい滑らかに単語が言えるか」という答えが返ってきました。 
 
「うーん。それでは単なる左脳の機能検査になってしまう。課題に対して取り組み続けるという前頭葉機能への配慮というか理解というか、足りない」と思いました。それから15年もたった現在は、前頭葉機能という言葉がだんだん一般的にはなってきましたが、理解というとまだまだです。
でも、うれしいことがありました。先日送られてきた学会誌「高次脳機能研究」にようやく「語想起には前頭葉機能が関与しているらしい」という論文を見つけました。
臨床的に言えば、当然です!
世の中は少しずつは動いているようです。
シークワーサー(直径3センチくらい) 

 


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