涅槃への一人旅

中年過ぎのオジさん、家族は独立して好き勝手にやってます。人間、死ぬときは一人。残った人生、もっと勉強してもっと知りたい。

104日目 京都 東福寺~東寺

2019-07-21 20:08:09 | 観光
サボっていると、体力が低下してくる。山はしんどいし、まだ梅雨も明けていないので京都に行くことにした。

先月のG20で、ファーストレディーたちが訪れた京都・東福寺、ここも初めて。まずはTVでも放映された通天橋。


お寺参りで初めて出会うのか、今がシーズンなのか、東福寺では蓮の花が綺麗であった。それが表紙の写真であるが、正門(六波羅門)から三門、本堂へ至る道は、蓮の池の橋を渡り極楽へ至るようなイメージを作り出している。


東福寺は方丈庭園が有名である。その南庭。


続いて東福寺のすぐ北東にある泉湧寺(せんにゅうじ)に行った。


そして、2,3km西に歩いて、最後の目的地の東寺に辿り着いた。この時期、お盆前でもあるし、京都では祇園祭が賑わっているし、東寺でも“弘法市”が行われていて、境内が“店”で埋まっていた。


そこはさすがの世界遺産の東寺。有料拝観の金堂、講堂では巨大な仏像が安置されていた。撮影は禁止であったが、近くに張ってあったポスターを写す。


真ん中が大日如来、左が阿弥陀如来であるが、何故か後者がはるかに小さい。


昭和59年10月11日(木)朝方
山県郡伊自良村平井のお不動様御来臨。つるぎのようなものを持って御礼にみえた。
 この間は、わざわざ有難うございました。落成式にはようお出でになれなかったけど、盛んで村の火の神として守っています。冬は火を使う事多いので、守っています。矢野さん、台所をなぶりなさったけど、はじめに塩まいてやらないかんかった。あぶなかったけどお守りしました。お宅は火の場所としては火難の相は全然ない様に出来ている。お宅は立派な仏様がお守りしてみえて結構です。
 私は火の番をしているだけです。あの村には家事はありません。お祝いの時の数珠でいつもお参り下さって有難うござます、とのお話あり。

昭和59年10月14日 午前2時頃
本日は雲ひとつない秋日和を幸い、林夫妻、二女、矢野夫妻5人で伊自良村平井のお不動さん参詣。今日は皆さんをお連れになってお参り下さって有難うございました。力と喜びを与えて頂きました。昔はこちらにちょくちょく火事がありましたが、守ってくれということで、それ以降は火事はない。この頃天候異変で町などでは火事起きるかもしれんが、風神をつかって働かせますから……お徳の高い方に来て頂いて力と喜びを与えて頂きまして、慈悲の深いお方に初めてお会いできて……お不動さんの下に風神と雷神がみえる。

昭和59年10月29日(月)
久し振りに多田薬師様、お出で下さって、
 段々寒くなってくるので風邪ひかぬ様に、奥さん元気になられてうれしい事です。量子さん、孫の縁談のこと等、くよくよしないよう御注意。そういう事が風邪の素になるから。娘さんも風邪をひかぬ様に。矢野さんも身体を使い過ぎると段々と無理が重なると……私の方(北陸小浜)気候不順で寒い風吹いて雨が降っている。

昭和59年10月30日夜中12時頃
娘を連れて一畑薬師様へお参りに行った。そして過去現在未来のお説教をした。特に現在と未来を中心において話をした。老人も若い人も沢山聞いておった。くたびれた、との話なりしも、あいにく量子疲れて寝てしまって、書くことが出来ず残念申しわけなし。
 昭和58年9月22日、題名のお約束あり(現世のくらしと未来の安住について)上記のお約束通りお話ありしならん。

昭和59年11月9日午前1時半頃
一畑薬師様
 主人夜中に咳が出て苦し、風邪ひかれたが心配ない。当地も冷えだした。薬を頂いてから、咳治って就寝できた。