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●《田島征彦さん…「平和憲法を持っている日本は、どんな理由があっても戦争だけはやってはいけない。そのためにも平和憲法が必要」》

2022年05月29日 00時00分36秒 | Weblog

[※ 沖縄復帰50年 利用され続けた海と大地/西山太吉 「密約」を語る (週刊金曜日、2022年5月13日1376号)↑]



[↑ 命どぅ宝沖縄を再び戦場にするな! (2022年05月15日、朝日新聞)]


(2022年05月15日[日])
琉球新報のコラム【<金口木舌>わだかまりはとけぬまま】(https://ryukyushimpo.jp/column/entry-1505573.html)。

 《▼統治主体と手法は変わっても威圧と懐柔の歳月ともみえる。米兵による人権侵害事件がまた起訴されたことが分かった。50年前の期待と隔たる故郷の現実を前に、県人のわだかまりは解けぬまま節目の日を間もなく迎える》。

   『●ニッポン〝復帰〟50年…《沖縄の自然が破壊され、民意が踏みにじら
     られて軍事基地ができていく現実》、辺野古は単なる破壊「損」な現実
   『●番犬様のものじゃない…《基地負担の軽減は遠く、米軍は今も島全体を
      自由使用する。よもや「返したけれど俺のもの」と思ってはいまいか》
   『●《元山仁士郎さん…「半世紀たっても、米軍基地の押しつけは変わって
      いない」…言葉には、沖縄にずっとのしかかる負担の重さがにじむ》
   『●(沖縄タイムス)《軍事的な必要性が全てにおいて優先…沖縄は憲法が
        適用されない「軍事植民地」だった》…50年経っても変わらない
   『●《迷惑施設が自分の家の近くに来るのは嫌だという日本本土のNIMBY
       (Not In My Back Yard = ニンビー) …沖縄には基地を押し付け》

 《今年で復帰50年を迎えるが、なんのための日本復帰だったのか》。

 《火事場ドロボー》らの好き勝手にさせてはいけない。
 長壁綾子記者による、東京新聞の記事【沖縄戦をテーマに絵本「子どもたちに平和を大切なものとする心を」 絵本作家・田島征彦さんが刊行】(https://www.tokyo-np.co.jp/article/177114)によると、《絵本の完成が偶然にも、本土復帰50周年や、ロシアのウクライナ侵攻と重なった。「平和を保つことが非常に難しくなったと感じている。平和憲法を持っている日本は、どんな理由があっても戦争だけはやってはいけないそのためにも平和憲法が必要だ。絵本作家として、絵本で後世に伝え、守っていかねばならない」と訴える》。
 戦争の記憶の継承を。たとえば、対馬丸事件の教訓…《この悲劇は、いったん戦争に巻き込まれればいかなる対象も、攻撃される対象となる危険性》。それをどう継承するか。なぜ継承するのか。
 《戦争の記憶を継承…なぜ継承するのか。…過ちを繰り返さないために過去の過ちから学ぶ》。

   『●「戦争の愚かさを身に染みて知っているはず…
     9条の「戦争放棄」「戦力不保持」の理念はその教訓の結晶」
   『●《戦争の記憶を継承…なぜ継承するのか。端的に言えば、過ちを繰り
     返さないためである…過ちを繰り返さないために過去の過ちから学ぶ》
   『●対馬丸事件の教訓…《この悲劇は、いったん戦争に巻き
     込まれればいかなる対象も、攻撃される対象となる危険性》
   『●《ドキュメンタリー映画「バケモン」(山根真吾監督)が…入場料を
     全て映画館の収益とする異例の形で、全国各地のミニシアターで上映》
   『●(アサヒコム)【好書好日/長倉洋海さんの写真絵本「学校が大好き
     アクバルくん」インタビュー 生活感に満ちたアフガニスタンを知って】
   『●屋良朝苗氏は「基地のない平和の島としての復帰」を望んだ
          …モノクロから「天然色」に変わっても現実は…

 どう戦争の記憶を残し、戦争を回避するのか。戦争の記憶の継承、《語り継ぐ》。でも、今のような自公政権やお維、コミが幅を利かす世の中では…。まず、そこから変えていかないと。《戦争絶滅受合法案》の制定を。

 《火事場ドロボー》1号や自公お維コミに投票できますか、人の親として? そんなに違憲に壊憲して、そんなに戦争できる国にしたいの? 人の親として、子や孫を戦場に行かせたいものかね、そんなに人殺しに行かせたい? (リテラ)《自民党、維新の改憲勢力は、コロナ禍に続き、ロシアによるウクライナ侵略までをも改憲煽動に利用しようとしているが、こんな火事場泥棒に緊急事態条項などという危険な代物を絶対に与えてはならない》。命どぅ宝、戦場にするな、平和主義を貫け。
 《火事場ドロボー》1号・アベ様の御「趣味」で壊憲され、「国民主権の縮小、戦争放棄の放棄、基本的人権の制限」され、さらには、緊急事態条項の創設をされたのでは、タマッタものではない。どうやら、アベ様は、平和憲法を壊憲して、「我が軍」を復活し、大日本帝国憲法への回帰を志向しているらしい。

   『●《韓国…国防予算の削減…新型コロナウイルス対策に振り向け…極めて
        合理的な判断…その合理は日本では通用しない…》(立岩陽一郎氏)
   『●「思いやり予算」として小さく生んで、いまや「同盟強靱化予算」
     として大きく育った番犬様の「お財布」、とっても気前の良いニッポン
   『●斎藤貴男さん《ロシア軍のウクライナ侵攻をダシにした、帝国主義への
     妄執と言うべきか…日本の対米従属度が、いっそう高められるだろう》
   『●《火事場ドロボー》1号、2号、3号…を支持し、投票する人々に、
     壊憲して戦争する国になる自覚はあるのか? 予想されるその結果は?
   『●《それは「お花畑」などといって茶化される話ではなく、日本社会の
       将来を決定づける超現実的な選択なのである》(コラム 狙撃兵)
   『●「失敗から学べ」? 《火事場ドロボー》1号がよくもまぁ…《自分が
     プーチンを増長させた張本人であるという事実を消し去ろうとしている》
   『●火事場ドロボー…《このような状況で便乗型の様々なショック・ドクト
     リンが出てきている…その一つが安倍晋三元首相による「核の共有論」》
   『●「あほか」…3.11から11年、ウクライナへのロシア侵略に乗じて
     《火事場ドロボー》らがウヨウヨ、ワラワラと湧いてくる始末なニッポン
   『●《「ストップ・プーチン」に動く気が岸田にあるのなら、あらゆる
     アベ案件から直ちに撤退しなければおかしい。二枚舌は通用しない》
   『●《火事場ドロボー》ぶりがとみに異常さを増してる? 前から正気では
     ないと思っていはいたが、酷過ぎる…まずは数多のアベ様案件の清算を
   『●《悲願の「核なき世界」へと…被爆者たちが心血を注いだ核兵器禁止条約
       の発効から一年余》…《火事場ドロボー》どもがウヨウヨなニッポン
   『●《火事場ドロボー》1号アベ様という《安全保障上の脅威》…
     《またぞろ…物騒なことを叫んでいる》《アベノマスク着けて黙っとれ!》
   『●《火事場ドロボー》1号のアベ様は「憲法上は原子爆弾だって問題では
      ないですからね、憲法上は。小型であればですね」が持論だもの…
   『●番犬様のものじゃない…《基地負担の軽減は遠く、米軍は今も島全体を
      自由使用する。よもや「返したけれど俺のもの」と思ってはいまいか》
   『●《自民党安全保障調査会が防衛費を倍増するよう提言…軍拡競争の先に
      待つのは破滅だ…「敵基地攻撃能力」の名称を「反撃能力」に改称…》
   『●(筆洗)《▼戦争で息子が誰かを傷つける。傷ついた誰かもまた誰かの
       母親の息子。世界中の母親が団結すれば戦争を止められるはず…》

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https://ryukyushimpo.jp/column/entry-1505573.html

<金口木舌>わだかまりはとけぬまま
2022年4月22日 05:00
金口木舌 復帰50年 わだかまり 統治主体

 どう表現していいものか、言葉に詰まる。そんな場面に最近よく出くわす。復帰50年の思いを県外に住む県人に聞いた時だ。故郷は今、どう見えているか

▼県人の一人は間を置いて一言。「複雑だね」。いまだにひしめく米軍基地を考えれば「お祝い気分なんてない」。「周囲が騒ぎ過ぎだよ」とも

▼政府がいくら負担軽減と声高に叫んでも、言葉は空疎に響く。名護市辺野古で進む新基地建設を見れば、軽減策も相殺されて変わらない現実だけが目につく。割り切れぬ思いが県人の心底にある

▼専修大学名誉教授の鐘ヶ江晴彦さんは言う。日本復帰とは「日米両国政府による政治的構築物以外のなにものでもない」。米国の東アジア戦略への日本の協力と佐藤栄作首相の復帰というレガシー(先人の遺物)づくりだったと

▼統治主体と手法は変わっても威圧と懐柔の歳月ともみえる。米兵による人権侵害事件がまた起訴されたことが分かった。50年前の期待と隔たる故郷の現実を前に、県人のわだかまりは解けぬまま節目の日を間もなく迎える。
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https://www.tokyo-np.co.jp/article/177114

沖縄戦をテーマに絵本「子どもたちに平和を大切なものとする心を」 絵本作家・田島征彦さんが刊行
2022年5月13日 12時02分

     (刀を振りかざし、走っていく兵隊を見つめるせいとく
      (たじまゆきひこ「なきむし せいとく 沖縄戦に
      まきこまれた少年の物語」から=童心社提供))

 ロングセラー絵本「じごくのそうべえ」で知られる絵本作家の田島征彦さん(82)が、77年前の沖縄戦を題材にした絵本を刊行した。自然や基地問題をはじめ長く沖縄をテーマに描いてきたが、沖縄戦だけを真っ正面から取り上げるのは初めて。「子どもたちに読んでもらい、平和を大切なものとする心を育んでほしい」と話している。(長壁綾子)

 たじま・ゆきひこ 1940年、堺市生まれ。高知県の山村で少年時代を過ごす。76年「祇園祭」で絵本作家デビュー。代表作の「じごくのそうべえ」は絵本にっぽん賞を受賞した。双子の弟、田島征三さんも絵本作家。

 絵本は「なきむしせいとく沖縄戦にまきこまれた少年の物語」=写真。舞台は1945年の沖縄。8歳の少年、せいとくが主人公だ。父は出征し、年近い兄も軍隊に動員された。米軍の上陸が迫り、せいとくは母と妹を連れて避難。だが米軍の砲弾で母を失い、妹ともはぐれ…。「鉄の暴風」と形容される艦砲射撃や空襲、住民を守らない日本兵など、戦いの悲惨な場面も描かれている。

 田島さんは40年以上前に沖縄を訪れて以来、美しい自然や民話の世界を絵本で表現してきた。作品の中で沖縄戦や基地問題にも触れてきたが、「子どもたちに、これからどう平和を構築していくかを伝えるには、沖縄戦の実態を子どもの目線から描くことが必要。沖縄に魅せられた自分の使命だ」と考えた。だが自身は沖縄戦は未体験。体験者に話を聞いても核心部分になると口を閉ざされ、それ以上は聞けなかった。「どう描けば、リアリティーが出るか分からなかった」

     (戦闘に巻き込まれた沖縄の住民を、米軍は容赦なく
      攻撃してくる(たじまゆきひこ「なきむし せいとく 
      沖縄戦にまきこまれた少年の物語」から=童心社提供))

 一方、体験者の手記や資料などを長年読み込み、戦闘の輪郭はつかめている。「自分が主人公となり、沖縄戦に巻き込まれたらという視点で約2年前から描き始めた。完成まで、熱に浮かされたようにのめり込んだ」

     (戦争が終わって10年、せいとくは反基地闘争に参加する
      (たじまゆきひこ「なきむし せいとく 沖縄戦に
      まきこまれた少年の物語」から=童心社提供))

 絵本は、染色技法の「型絵染(かたえぞめ)」で描かれた。花が咲き乱れるカラフルな島が戦場となり、色彩が奪われていく。さく裂した砲弾や血まみれの住民が質感を伴って迫る。「沖縄を舞台とした作品群の集大成とするべく挑んだ。苦しんだが納得いくものができた」

     (田島征彦さん(2020年の「型染と絵本原画展」で))

 物語は、沖縄戦で左手を失ったせいとくが高校生になり、反基地闘争を担う場面で終わる。せいとくらは「沖縄が日本にもどったら、こんなものは、すぐになくしてしまうさぁ」と叫ぶ。しかし皮肉なことに、沖縄には今なお多くの米軍基地が残り、辺野古では新基地建設が止まらない。「あの頃の子どもたちが思っていたことと、違う方向へ行ってしまっていることを理解してほしいと思ってこの結末にした」

 絵本の完成が偶然にも、本土復帰50周年や、ロシアのウクライナ侵攻と重なった。「平和を保つことが非常に難しくなったと感じている。平和憲法を持っている日本は、どんな理由があっても戦争だけはやってはいけないそのためにも平和憲法が必要だ。絵本作家として、絵本で後世に伝え、守っていかねばならない」と訴える。

 絵本は1760円。童心社刊。

【関連記事】川崎の野宿者が語った沖縄戦の記憶 オバマ大統領への手紙「基地は海が汚れる」<あしたの島 沖縄復帰50年>
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●島袋文子さん「基地を置くから戦争が起こる。戦争をしたいなら、血の泥水を飲んでからにしてほしい」

2017年08月21日 00時00分56秒 | Weblog

三上智恵監督『標的の島 風かたか』公式ページ(http://hyotekinoshima.com)より↑]



毎日新聞の斎藤良太記者の記事【辺野古 88歳島袋おばあ 東京で移設強行「反対」訴え】(https://mainichi.jp/articles/20170818/k00/00m/040/096000c)。

 まずは、記事冒頭の映像中の文字お越し部分は以下の通り。5分ほどの映像ですので、是非、見ていただきたい。

==================================================================================
https://mainichi.jp/articles/20170818/k00/00m/040/096000c

安倍さん
私があなたに手紙を託した島袋文子でございます
是非会いたいです

あなたはなんで美しい日本をつくるとか
なんとか言っているんですけど
美しい日本どころか戦争のできる国
つくろうとやっているじゃないですか
それほどにあなたが戦争が好きなら
あんたは自分の故郷に全基地を持っていって
置いたらどうなんですか
あんたの心は喜びますか どうですか


=------------------------------------------------------------=
辺野古のおばぁ 東京で訴え
沖縄戦を経験 島袋文子

(参議院議員会館)

米軍普天間飛行場(沖縄宜野湾市)の
移設先とされる同県名護市辺野古で暮らし
移設への抗議活動を長年続けている
島袋文子さん(88)が都内で講演した
=------------------------------------------------------------=


戦争はだめですよ
自分の身内を犬死させるということは駄目です
基地はどこにも置いてはいけません

私は戦争体験者です
戦争の時に15歳でしたけど
目の見えない母と10歳になる弟と
2人を連れて逃げ回って
生きるためには本当に
食べるものはないし水はない
その水を飲んだのが
人間の浮かんでいる池から水を汲んで飲んだ
だってそれが人が浮いているというのが
分かっていたら飲まなかったと思いますけどね
どんなに喉が渇いていても
夜のことですから
夜飲んで、朝どっかに移動しようと思って
振り向いてみたら、そこには人間が浮いている

いつか日本軍が
私たちを助けに来てくれるだろう
でもその信じていた日本軍は
沖縄の住民を助けはしないで殺したんです
殺したんですけど、人間は
その人を恨むんではなくて
誰がその戦争を起こさせたのか
何のために戦争を起こすのか
戦争をやって何ができたのか
それを私は問いたいです

それをやっているのが今の安倍である
戦争のできる国を作りだそうとしている

何か言うと「国民の命と財産を守る」と
言うんですけど
どういうふうにして国民の命と財産を守るのか
私はそこが知りたいんです
私たちは戦争に追われておって
自分の兄弟、親でも救いきれなかったんです
あの弾の中で火の海の中でどういうふうにして
国民の命を守ることができるのですか
我が国を守るためにといって自衛隊も
軍隊つくっているのですけど
自衛隊の命も安倍晋三の命も
同じなんです
人間誰しも命の予備を持っている人は
いないんですよ

私たちは2度と戦争はやってはいけない
思っているんです
ですから命をかけてゲート前に座っているんであって
面白半分に座っているんじゃないですよ
家庭も何もかも犠牲にして
毎日のあのゲート前に座って
機動隊にごぼう抜きにされて
私の小指も5針縫ったんです
でも私たちは基地をつくらせては
いけないと思っているんです
その基地を止めない限り
私は死んではいけないと
残りはいくらしか残っていないですけど
私は今88歳なんです
だけど生きながらえて
どんなにしてでも基地を止めようと思っています

みんなで止めましょうね
力を借してください沖縄に

お願いします
==================================================================================


 《米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先とされる同県名護市辺野古で暮らし、移設への抗議活動を長年続けている島袋文子さん(88)が17日、東京都内で講演した。「辺野古に基地を作らせない」と訴え、首相官邸前でも街頭宣伝をした…「基地を置くから戦争が起こる戦争をしたいなら、血の泥水を飲んでからにしてほしい」などと安倍政権を批判》。

   『●普天間「番犬様」基地: 「毎日頭上を飛ぶヘリの
       機体にストロンチウム」…墜落により放射性物質が飛散
    《辺野古から島袋文子おばあも駆けつけた。辺野古区民である
     おばあにとっては、辺野古に作らせてはいけないというのは、
     決して普天間基地が今のままでいいという意味ではないという
     苦しさがあるのだ。だから炎天下、宜野湾の皆さんと連帯したい、
     共になくしていきましょうというメッセージを送りたかったのだろう。
     車イスで3キロ近い道のりを共に進んでいった。
       おばあの覚悟。参加した県民の堅い決意。空に突き上げた
     その拳をあざ笑うかのようなヘリの低空飛行。デモに絡む
     右翼団体の大音量のアピール…》

   『●異常な日々…「異常な状態が続く」山城博治さん長期「拉致」、
      そして、いま、野蛮な辺野古破壊
   『●沖縄でのプレ「平成の治安維持法」実験…
      《実験の結果、今の国民の無関心は国に自信を与えてしまった》 
    《「こんなの裁判じゃない!」「私たちを犯罪者扱いするのか!」、
     傍聴席にいた文子おばあは閉廷した後も最後まで抗議を続けた
     という。そのあとの傍聴者の怒りは動画を見てほしい。
     なぜ、こんな不当な長期勾留にも抗議の声を上げる沖縄県民
     全体を罪びと扱いされる屈辱にも、耐えなければならないのか。
     この島に生まれたのだから仕方がないと思えというのか》

 「本土」の無関心。そして、「「戦争屋のアベ様」やアノ木原稔氏のココロには響かない女性の訴え…「基地を造ったら沖縄が戦場になる」」…島袋文子さんの《基地を置くから戦争が起こる。戦争をしたいなら、血の泥水を飲んでからにしてほしい》という血を吐くような叫びも、彼らのココロには響きもしないし、伝わりもしないようだ。
 森を殺し、海を殺す大愚、「《安倍政権が進めている石垣島宮古島奄美大島与那国島への大規模な自衛隊とミサイル基地の配備》は「統合エアシーバトル構想」へとつながる」愚行…島袋文子さんの訴え《本土の皆さん、力を貸してください》《みんなで止めましょうね…力を借してください沖縄に》は「本土」に伝わっているか?。
 
   『●大田昌秀さん「軍隊は人を守らない」と、
      従軍記者ボールドウィン氏「沖縄戦は、戦争の醜さの極致だ」
   『●目を逸らす本土…「米国側からみた心温まる
      ヒューマン・ストーリーだけではなく、そこに暮らす人々」に…
    「「慰霊の日」に際して、「沖縄全戦没者追悼式」でのアベ様の挨拶の
     前に、「平和の礎あらゆる戦争を正当化させない思いでつくった
     県民の礎でしょ。そこへ戦争屋の安倍がのうのうと挨拶すること自体が
     県民として許せません」(『報道特集』2017年6月24日)。
     県民の怒りの声は届かないロバ耳東風な「戦争屋のアベ様」」

   『●「本土という安全地帯から」沖縄イジメに加担する愚…
         誤解というレベルを超えた悪質な沖縄「デマ」に抗う
   『●「番犬様の尾っぽ」=世界一危険な基地・ 
      普天間は返還されない!? 辺野古は単なる破壊損なのか??
   『●「戦争の愚かさを身に染みて知っているはず…
       9条の「戦争放棄」「戦力不保持」の理念はその教訓の結晶」
   『●「日米安保の根幹を成す地位協定の不平等性を
       そのままにしておいて、もう一方の9条だけをいじり…」
   『●「戦争屋のアベ様」やアノ木原稔氏のココロには
       響かない女性の訴え…「基地を造ったら沖縄が戦場になる」
   『●全国戦没者追悼式を前に…阿部岳さん「県民大会で、
            沖縄は再び「尊い犠牲」となることを拒否した」
    「全国戦没者追悼式を前に…
     《全ては次の犠牲を強要し再生産する仕組み》であり、
     《県民大会で、沖縄は再び「尊い犠牲」となることを拒否した》そうだ。
     アベ様や自公政権、「本土」により、今も「尊い犠牲」論を強いられる沖縄。
     その典型が、高江であり、辺野古」

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https://mainichi.jp/articles/20170818/k00/00m/040/096000c

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先とされる同県名護市辺野古で暮らし、移設への抗議活動を長年続けている袋文子さん(88)が17日、東京都内で講演した。「辺野古に基地を作らせない」と訴え、首相官邸前でも街頭宣伝をした。

 市民団体でつくる実行委員会が主催。参院議員会館の講堂で開いた講演会は、実行委によると約500人が参加した。

 島袋さんは沖縄本島南部の糸満出身。1945年4月に本格的な地上戦が始まると、目が不自由だった母、小学生の弟と逃げ回り、自身は米軍の火炎放射器で左半身に大やけどを負った。3人は生き残ることはできたが、「鉄の暴風下の逃避行で、住民の凄惨(せいさん)な遺体を至る所で目撃した。

 戦後に結婚した夫と移り住んだ辺野古への移設計画が浮上すると、反対運動に参加。足が衰えた現在も、埋め立て工事の中止を求め、辺野古の米軍キャンプ・シュワブのゲート前で座り込みを続けている。

 講演で島袋さんは、時折声を詰まらせながら、遺体が浮かんだ池の水を飲むなどした沖縄戦での体験を振り返り「基地を置くから戦争が起こる。戦争をしたいなら、血の泥水を飲んでからにしてほしい」などと安倍政権を批判。「(抗議活動中に)機動隊にゴボウ抜きに(排除)され、工事車両がゲート内に入っていくのを見ると涙が出るほど悔しいが諦めるわけにはいかない本土の皆さん、力を貸してください」と呼びかけた。【斎藤良太】
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●大田昌秀さん「軍隊は人を守らない」と、従軍記者ボールドウィン氏「沖縄戦は、戦争の醜さの極致だ」

2017年06月24日 00時00分11秒 | Weblog

三上智恵監督『標的の島 風かたか』公式ページ(http://hyotekinoshima.com)より↑]



東京新聞の社説【沖縄 あす慰霊の日 大田元知事を偲んで】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017062202000138.html)。

 《沖縄県の大田昌秀元知事が亡くなりました。鉄血勤皇隊として激烈な沖縄戦を体験し、戦後は一貫して平和を希求した生涯でした。沖縄はあす慰霊の日》。

   『●『DAYS JAPAN』(2014,JUL,Vol.11,No.7)の
                               最新号についてのつぶやき

     ■④『DAYS JAPAN』(2014,JUL,Vol.11,No.7) /
      大田昌秀元沖縄県知事【1.沖縄の戦争 
      軍隊は人を守らないという沖縄の教訓】、「鉄血勤皇隊の任務と
      壕での惨劇……食料の強奪と日本兵による暴力……非武装の
      王国への侵略者……その意味では、本土の日本人も米軍に
      加担しているのではないでしょうか?」

   『●「積極的平和主義」という愚:
      『軍隊は人を守らない』『戦争で得たものは憲法だけ』

 先日亡くなった大田昌秀元沖縄県知事の言葉で印象に残っているのは、《「軍隊は人を守らない」という沖縄の教訓》。

 社説によると、《「沖縄戦は、戦争の醜さの極致だ」。大田さんが自著の中で繰り返し引用する、米紙ニューヨーク・タイムズの従軍記者ハンソン・ボールドウィンの言葉です》とあります。さらに、《「いくつもの地獄を同時に一個所に集めたかのような、悲惨極まる沖縄戦」で「無数の学友たちが人生の蕾(つぼみ)のままあたら尊い命を無残に戦野で奪い去られてしまう姿を目撃した」》とも…。

 《醜》い「本土」の仕打ちは今も続く。それは《醜さの極致な戦争》を再び引き起こす。《そこにあるのは、沖縄県民の苦悩をくみとろうとしない政権と、それを選挙で支える私たち有権者の姿です。大田さんはそれを「醜い日本人と断じました》。

 『マガジン9』に鈴木耕さんの「風塵だより」番外編が出ていました。【風塵だより 鈴木耕/番外編:大田昌秀さんへの、さびしい最終便】(http://maga9.jp/fujin170614/)。《1999年、21世紀を目前にして、ぼくは集英社新書の創刊準備に大忙しだった。その中で、ぼくがどうしても作りたかった本の1冊が『沖縄、基地なき島への道標』だった。沖縄の新書、それは絶対に大田昌秀著でなければならないと、ぼくは思い定めていた。……
 沖縄は、大田さんの思い描くような進み行きとは、まったくほど遠い現状だ。「基地なき島への道標」をあれほどしっかりと示してくれたのに、それを無視して基地を押しつける日本政府
 でも、沖縄の闘いは決して挫けてはいない。大田さんの遺志を継ぐ人たちは、後から後から湧き出てくる。
 ぼくも、また沖縄へ行く。
 大田さんのお墓に花を捧げて来よう。
 さようなら、大田昌秀さん。…ぼくの好きな先生…。》

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017062202000138.html

【社説】
沖縄 あす慰霊の日 大田元知事を偲んで
2017年6月22日

 沖縄県の大田昌秀元知事が亡くなりました。鉄血勤皇隊として激烈な沖縄戦を体験し、戦後は一貫して平和を希求した生涯でした。沖縄はあす慰霊の日

 人懐っこい笑顔の中に、不屈の闘志を感じさせる生涯でした。

 今月十二日、九十二歳の誕生日当日に亡くなった大田さん。琉球大学教授を経て一九九〇年から沖縄県知事を八年間、二〇〇一年から参院議員を六年間務めました。

 ジャーナリズム研究の学者として沖縄戦の実相究明に取り組み、知事時代には「絶対に二度と同じ悲劇を繰り返させてはならない」との決意から、平和行政を県政運営の柱に位置付けます。


◆「平和の使徒」として

 敵味方や国籍を問わず戦没者の名前を刻んだ平和の礎(いしじ)を建立し、沖縄県に集中する在日米軍基地の撤去も訴えました。

 「全ての人々に、戦争の愚かさや平和の尊さを認識させるために生涯を送った『平和の使徒』だった」。長年親交のあった比嘉幹郎元県副知事は告別式の弔辞で、大田さんの生涯を振り返りました。

 大田さんはなぜ、学者として、そして政治家として一貫して平和の大切さを訴えたのでしょうか。

 その原点は、大田さんが「鉄血勤皇隊」として、凄惨(せいさん)な沖縄戦を体験したことにあります。

 太平洋戦争末期、沖縄県は日本国内で唯一、住民を巻き込んだ大規模な地上戦の舞台と化します。当時、四十万県民の三分の一が亡くなったとされる激烈な戦闘でした。

 鉄血勤皇隊は、兵力不足を補うために沖縄県内の師範学校や中学校から駆り出された男子学徒らで編成された学徒隊です。

 旧日本軍部隊に学校ごとに配属され、通信、情報伝達などの業務のほか、戦闘も命じられました。女子学徒も看護要員として動員され、学校別に「ひめゆり学徒隊」などと呼ばれます。


醜さの極致の戦場

 沖縄県の資料によると、生徒と教師の男女合わせて千九百八十七人が動員され、千十八人が亡くなりました。動員された半数以上が犠牲を強いられたのです。

 沖縄師範学校二年に在学していた大田さんも鉄血勤皇隊の一員として動員され、沖縄守備軍の情報宣伝部隊に配属されました。大本営発表や戦況を地下壕(ごう)に潜む兵士や住民に知らせる役割です。

 当初は首里が拠点でしたが、後に「鉄の暴風」と呼ばれる米軍の激しい空襲や艦砲射撃による戦況の悪化とともに本島南部へと追い詰められます。そこで見たのは凄惨な戦場の光景でした。

 最後の編著となった「鉄血勤皇隊」(高文研)にこう記します。

 「いくつもの地獄を同時に一個所に集めたかのような、悲惨極まる沖縄戦」で「無数の学友たちが人生の蕾(つぼみ)のままあたら尊い命を無残に戦野で奪い去られてしまう姿を目撃した」と。

 多くの住民が戦場をさまよい、追い詰められ、命を落とす。味方であるべき日本兵が、住民を壕から追い出し、食料を奪う。

 「沖縄戦は、戦争の醜さの極致だ」。大田さんが自著の中で繰り返し引用する、米紙ニューヨーク・タイムズの従軍記者ハンソン・ボールドウィンの言葉です。

 その沖縄戦は七十二年前のあす二十三日、日本軍による組織的な戦闘の終結で終わります。大田さんも米軍の捕虜となりました。

 戦後、大学教授から県知事となった大田さんが強く訴えたのが沖縄からの米軍基地撤去です。

 背景には軍隊は住民を守らないという沖縄戦からの教訓に加え、なぜ沖縄だけが過重な基地負担を強いられているのか、という問い掛けがあります。

 沖縄県には今もなお、在日米軍専用施設の約70%が集中しています。事故や騒音、米兵による事件や事故は後を絶ちません。基地周辺の住民にとっては、平穏な暮らしを脅かす存在です。

 七二年の本土復帰後を見ても、本土の米軍施設は60%縮小されましたが、沖縄では35%。日米安全保障条約体制による恩恵を受けながら、その負担は沖縄県民により多く押し付ける構図です。


◆進まぬ米軍基地縮小

 九五年の少女暴行事件を契機に合意された米軍普天間飛行場の返還でも、県外移設を求める県民の声は安倍政権によって封殺され、県内移設が強行されています。

 そこにあるのは、沖縄県民の苦悩をくみとろうとしない政権と、それを選挙で支える私たち有権者の姿です。大田さんはそれを「醜い日本人と断じました

 耳の痛い話ですが、沖縄からの異議申し立てに私たちは誠実に答えているでしょうか

 慰霊の日に当たり、大田さんを偲(しの)ぶとともに、その問い掛けへの答えを、私たち全員で探さねばならないと思うのです。
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●いま、「憲法改正」「自主憲法制定」が争点なのか?

2012年12月07日 00時00分25秒 | Weblog


東京新聞のコラム「筆洗」(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2012120502000121.html)。

 なんで今頃「憲法改正」「自主憲法制定」が正面に出てきて、選挙を戦うのか? 意味不明だ。まずは、原発問題じゃないのか? 今更、原発推進や原発再稼働などを「正面から」、「側面から」、あるいは、「暗に」訴えるような候補者や政党に未来を託すなんてあってはダメだ。

   『●田中優子さん「誰の名前を書くのか、その人の品格が問われている」

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2012120502000121.html

【コラム】
筆洗
2012年12月5日

 <犬死(いぬじに)でなかった証拠にや 新憲法のどこかにあの子の血がかよう>。敗戦後、憲法制定の過程で憲法普及会が東京新聞と共催で募集した都々逸の入選作だ。子どもを戦争で失った庶民の思いが、ひしひしと伝わってくる▼アジアを巻き込んだ戦争は、日本だけで三百万人を超える死者を出した。都市は焼け野原になり、広島と長崎には世界初の原爆が投下され、おびただしい命が瞬時に奪われた。すべてを失った民衆にとって、不戦を誓う憲法は焦土から昇る希望だったに違いない▼「鉄の暴風」と呼ばれた沖縄戦で、ひめゆり学徒たちを戦場に引率し、戦後は琉球大教授になった仲宗根政善さんは一九七〇年の日記にこんな一文を残していた。「憲法から血のいろがあせた時、国民は再び戦争に向かうだろう」▼戦争の記憶が国民の大半に刻印されていた四十年以上も前の日記だ。実際に戦闘を経験した人や空襲の下を逃げ惑った人がとても少なくなってきた今、この言葉は予言のように重く響く▼衆院選がきのう公示された。原発政策や消費税、TPP…。重要な争点が並ぶ中、憲法を論戦の後景に退けてはならないと強く思う▼政権奪還を狙う自民党と第三極の要として勢いのある日本維新の会は、それぞれ憲法改正、自主憲法制定を正面に掲げる。平和主義という国のかたちを変えるのか。重い一票が託されている。
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