kohは今日も元気です

思うようにブログアップが出来ませんが、俳句のこと、テレビ番組のこと等、日常をぼちぼち書いていきます。

句集が届きました

2018-12-30 00:48:32 | 俳句・和歌

 

今月は、句会は早々と済みましたので、

句集の来るのが、待ち遠しかった~

 

句集に、これぞ、近江の国と感じたのがありました

 

湖族の灯またたきはじむ雁渡し  石倉政苑

 

雁渡し:初秋の頃に吹く北風

知らなかったです(^-^;

 

湖西にある堅田には漁港がありまして

「湖族の郷」の石碑を見た時には、びっくりしました

琵琶湖畔に住む人々は、自分たちのことを湖族と称しておられる

琵琶湖畔に営みを続けてきたことに誇りを持っておられる

琵琶湖を愛し、敬意を抱いておられる

 

漁船もたくさん見られます

近くには、川魚のお店がいくつかありました

 

数十年前に、私は不思議なことがありました

堅田の浮御堂からしばらく歩いたところにT字路がありました

普通の民家の並ぶ道で、川魚屋さんもあったと思います

そのT字路のどん突きの方角を見た時、

 

あ、ここ、夢の中に出てきたことのある場所やわ…

 

と思ったのです

錯覚なのか、よく似た所を見たことがあるのか…

未だに、不思議なままなのです

 

堅田の浮御堂

もちろん、芭蕉さんの句碑も建っています

 

琵琶湖には、たくさんの鳥が見られます 

コハクチョウ、オオヒシクイ、マガモ、ユリカモメ、

カイツブリ、カルガモ、カワウ、オオヨシキリ

などが代表的な水鳥で、

もっともっと見ることが出来るそうです

なにしろ、琵琶湖はラムサール条約湿地に認定!ですもんね

 

私が琵琶湖で見たと思うのは、

コハクチョウ、マガモ、カイツブリ、カワウ、シラサギ

かな?

鳥の名前? とんと、分からない

いつも訪問させてもらってるブロガーさんの「しまそだちさん」

鳥をよくご存じです

鳥の記事をアップされるの楽しみなんですよ♪

 

私も鳥のことをもっと知れば、俳句のレパートリーも増えるかな? 

 

今月の句集は、 

鈴懸の実や秋風にビブラート

 

洋梨の熟れて深まる異国の香

 

溶岩に生くる芒と兜太句碑

 

秋出水関西空港海に帰す

 

今年は災害の多い年でした

そんな中、鹿児島に予定通り行けたことは嬉しい事でした

 

あとふたつ寝るとお正月

明日も、あれこれ気になること

去年今年

はっきり言って、このけじめがしんどい((+_+))

 

コメント (2)

金剛輪寺(湖東三山)

2018-12-29 00:12:06 | 散策

 

 

 

月に一度のシニアクラブ

12月初旬に、湖東三山にバスにて行ってきたのですが、

なかなかブログアップが出来なくて、

今頃になりました

季節がとっくに過ぎているのですが、随分階段と山道を登ったので

とりあえず、今年中には間に合った!

という低いレベルで出すということをお許しください

 

湖東三山、すでに散紅葉でした

 

 

 

湖東三山とは、

・金剛輪寺

・西明寺

・百済寺

を言い、

名神高速「湖東三山スマートインター」が近いです

三山とも天台宗

やはり戦国時代には織田信長の焼き討ちにあっています

 

 

 こちらは、「松峯山金剛輪寺」の三重塔

寛元4年(1246)建立

 

 

金剛輪寺は、天平9年(737)頃、創建

開創 行基

嘉承年間(848~851)に円仁(慈覚大師)が再興

本尊 聖観音(秘仏)

 

 本堂 大悲閣 (国宝)   弘安11年(1288)

 

本尊は秘仏の聖観世音菩薩立像 (生身の観音)

行基が一刀三礼で彫り進めていると、木肌からひと筋の血が流れ落ち、

その時点で観音菩薩に魂が宿ったとして

それ以上彫ることなく荒彫りのまま本尊として安置されたと伝わります

 

秘仏でして残念ながら見ていませんが、

未完成像かと思われるほど、体部の彫りが荒々しいそうです

 

 

参道に沿って、お地蔵さんがずらり 

 

 

二天門  室町時代

本堂前の最後の急な石段(;´Д`)

 

 

 

 

 

地蔵堂 

 

本坊 明寿院

安土桃山時代から江戸時代の庭があります

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茶室 水雲閣 

 

 

ここまで赤いと…

 

 

 江戸後期?池泉回遊式庭園

至るところ、散ったもみじでほんとに真っ赤でした 

 

金剛輪寺は、以前拝観した時に受付の近くで

地の野菜を売っていたので、今回も買えるといいなと思っていたのですが

もう、紅葉のピークも過ぎ、人出も少ないからかお店が出てなくて残念

 

モミジの木の多いのには、本当にびっくりです

12月に入ってからでも、これだけ紅葉を楽しめたのはよかったです♪

しばらく、眼に真っ赤っかが焼き付いていました

 

 

コメント (2)

おとなのクリスマス会

2018-12-24 18:38:17 | 四季折々に

 

メリークリスマス

です

 

町内の行事で、昨年から「 おとなのクリスマス会 」

というのが、始まりました

内容は、食事とクリスマスコンサート

 

まず、ビールで乾杯して、お弁当を頂き、食べ終わった頃に

コンサートが始まりました

 

飾りつけはさびしいのですけど  

 

 

【 西村友香里&草津プレーボーズ 】

ボーカルふたり、ギターふたり、ドラム、キーボード

&サックス(西村友香里)

という編成でした

 

バンド名、文字が抜けてる…とお思いかもしれませんが

これでいいんです♪

バンドリーダーの本職は、お坊さん

だから、ボーズ だそうです

お坊さんがサンタクロース~

 

この時期、お盆に次ぐ掻きいれ時なのかな(^-^;

珍しい楽器を演奏されました

ち~~~~ん

お鈴です( ^^)/ ∪~~~~ん

リーダーはお鈴&ボーカル&MC担当

 

曲は、町内会長がアンケートをまとめた結果の選曲だそうです

アンケートの回答してないけど、納得の選曲です♪

 

今頃、街に流れる、定番クリスマスソングや、

’70年代のヒット曲を、女性のボーカリストがばっちりと

 

それから、ジャズかな?A列車で行こう、テネシーワルツ

you'd be so nice to come home to

あまり聞かないけど、ジャズもいいなと思い、今、youtubeで聴きながら

ブログ中です

 

 

最後は、大黒摩季さんの「ら・ら・ら」

お酒も入った皆は、ノリノリでした

20代から40代のママさんたちが、青い麦が風に揺れるように

手を上げ、体ごと、ゆらゆらと揺らして一緒に歌ってます

そこへ負けじと、枯れすすきがカサカサと、60代以上が

 

ストレスは、しっかり発散できました(^^ゞ

来年は、カラオケ云々という声が出てましたけど、

知りませんけどね

 

 

 

 

コメント

下見に行って来ました

2018-12-23 01:39:28 | 散策

 

 

月に一度のシニアクラブの行事の下見に行って来ました

慣れない作業に、四苦八苦です

 

5月の行事予定の東寺参拝ととおたべの工場見学の下見です

他の委員さんと、本番同様に行って来ました

食事場所などは、色々見て探し回るため、歩いて歩いて、

22,453歩

14,594m

3時間30分

ああ~しんど((+_+))

 

21日だったので東寺は、「終い弘法」に当たり、ものすごい人で、

たくさんのお巡りさんも警備にあたっておられました

DJポリスは見かけませんでした(^^ゞ

 

境内は所狭しと、骨董、植木、古着、正月用品、たこ焼きなどの食べ物の露店が

びっしり立ち並んでいました

これでは写真どころではありません

下見なので、買い物も我慢しました

お堂も屋根しか見えませんが、五重塔はそびえています

いつ見ても、かっこいいなあ~

 

本番の日、段取り良く歩けるよう、どの門から入り

どの門から出るかを確認

記念写真を撮るなら塔を入れてこの角度から、とか

あんなことこんなことを、チェック

 

下見の最中、 

東寺の混雑の中、人に押されながら歩いていましたら、

なんと驚いたことに幼なじみとすれ違ったのです!

この大勢の中で、一瞬のことでした

先日の、流れ星にばったり会ったのと、同じくらいの驚きです

 

『クラス会、するし、来てな~』

「うん、行くわ、おおきに~」

 

人の流れに身を任せ歩いてますので、話せたのはそれだけ

でも、びっくりしたやら、嬉しいやら♪

幼稚園、小学校、中学校と同じでしたし、この友達の上のお姉さんが

私の通った幼稚園の先生でした

赤組だったか、白組だったか、担任の先生として面倒見てもらいました 

 

 

東寺をあとにして、おたべの工場へ

下見のお願いをして簡単に生産ラインを見せていただいて、

出来立てのおたべの試食まで!

ラッキーでした♪

 

お店や休憩所もあり、↓こんなんを買って帰りました

 

 

京都のおみやげ八つ橋(焼いてあるもの)にチョコが少しかけてあります

こんなんもあるんですね~変化してますね~

ヒントは、〇ッキーかな(^-^;

甘さひかえめです

肉桂の風味とよく合っていると思います、これはいい♪

 

大変なのが、食事場所を決めること

30人一緒にするか、それぞれに食事場所を探してもらうか、

数か所見て周りましたが、これが一番大変かな

 

あと二ヵ所立ち寄る所を決め、帰りました

 

久しぶりの、2万歩超えの歩け歩けで、足の指が痛かったですが、

まあ、無事終えました

 

1月には、大阪万博公園の太陽の塔中心に下見が待ってます(@_@;)

立て続けはちょっとしんどいですが、やるしかないのです

はあ~

 

コメント

じゃっどん西郷どん35

2018-12-20 16:15:56 | 西郷どん

 

最終回 敬天愛人

 

西郷どん、すごい 気迫でした

城山で政府軍の総攻撃が始まった時、

あの大きな体を揺らし、突進していきましたが、

その顔に死相を感じました

 

鈴木亮平さんは鈴木亮平さんでなく、この時、西郷どんだったのでしょうか

死を覚悟して戦っていたのでしょうか

 

その悲愴さと、必死さに圧倒されました

 

 

大久保らに今の政府がおかしいと、正してほしいと訴えるために

西郷どんは、立ち上がったけれど、

政府軍に阻まれやむなく鹿児島へ戻らざるをえず

450㎞を歩いて鶴丸城の裏にそびえる城山に着いた

 

子供の頃、大久保はじめ、幼なじみとよく登った城山

ここからは、桜島がよく見える

 

 

大久保から戦陣の西郷どんに手紙が届く

 

”総攻撃の指令を出した、時刻は明朝4時

本日夕5時までに降伏すれば西郷は助ける”

 

西郷どんだけ助ける、という意味だったのか

 

「甘かとは、おはんじゃ、こげな情は受けられん」

 

その夜だったか、 

西郷どんは斉彬公の幻を見る

 

「めそめそするな、このやっせんぼ、

侍が重い刀を差して、えばる時代は終わるのじゃ」

 

 

明日の戦いを前に、西郷どんたちは、城山の洞窟の前で、

アコーディオンの伴奏でフランス国家を歌い、陽気な夜を過ごした

 

 

明けて、総攻撃は始まった

「もうひと暴れすっど」

西郷どんにはもう、一分の迷いもなかったのだろう

ここまで行動を共にした皆に、

 

「これでもう、戦のない国になる、侍は居なくなる

おはんらが”最後の侍”をつとめるのじゃ、日本の誇りじゃ」

 

すでに300人ほどになってしまった西郷軍が突進していく

相手の政府軍は7万人

 

西南戦争は終わった

日本最後の内乱となった

 

 

西郷どんは、こんな争いを好き好んでしたとは思えない

敵を倒す、というよりも

仲間を守り、仲間の気持ちをまっとうさせてやりたい

そんな気持ちだったのでしょうね

 

 

磯御殿の島津久光と海江田武次(有村俊斎)

西郷家の人々

 

それぞれに、砲弾の音を聞いていた

 

音がやんだ…

 

糸さあは、城山のほうに向かって

「おやっとさあでございもした」

と、頭を下げる

 

砲弾の音がやんだということの意味

 

戦場で西郷どんが逃がしていた愛犬が家に戻ってきた

糸さんは、可愛がっていた犬を夫が解き放ったことを察したに違いない

 

西郷どんは糸さんに言い遺していたことがあった

 

「子供達に伝えてほしかこつ、あっとじゃ

おいが死んだこつで、おかしい事がおかしいと言えんこつなるとは

決して、思わんでくいや

これからはおまんらが……」

 

残念ながら、ここのところのテレビの音を私は聞き取れませんでした

おそらく、子供たちに自分の果たせなかったこと、すなわち、

人々が、食べ物に困らず平穏に暮らせる世の中を作ってほしい

 

西郷どんの子供達への遺言だったのでしょうね

 

 

京都市の二代目市長にもなった、西郷菊次郎は、

「父は天を敬い人を愛した

己の身を捨てても人を愛しました」

 

 

西郷どんの死後、西郷人気が高まったそうです

一方、暗殺された大久保は、鹿児島では長く逆賊と言われていましたが

大久保は大久保なりの、国づくりに力を注いだとして、

見直されるようになってきたそうです

 

西郷どんは、薩摩ファースト

大久保は中央集権ファースト

 

そんなことも、薩摩での評価の分かれ目でしょうか

 

最後のシーン、史実に残る西郷どんの切腹はなく、

青空を見上げて少し笑みを浮かべる西郷どんの

 

「もうここらでよか」

 

で終わりましたね

 

これは、ひょっとして西郷どんはこのあとも生きていた

の暗示だったのですか?

 

林真理子さん、ありがとうございました

 

 

 

一かけ二かけ三かけて

四かけ五かけで橋を架け

橋の欄干腰おろし

はるか向こうを眺むれば

十七、八の姉さんが

片手に線香花を持ち

もしもし姉さんどこ行くの

私は九州鹿児島の

西郷隆盛娘です

明治十年?月?日

切腹なされた父上の

お墓参りに参ります

お墓の前で手を合わせ

なんまいだぶつと目に涙

……

……

そんな歌をうたいながら、せっせっせ~のよいよいよい

と手合わせで遊びました

西郷隆盛の何たるかも知らず、年端も行かない少女たちまで、

この名前を口にしていたのです

如何に、日本中の人々から、西郷どんが親しまれていたのか、

大河ドラマ「西郷どん」で、初めて知りました

 

じゃっどん西郷どん、

 

あまりにも理不尽な一生だったとは思いませんか

私は、西郷どんの生き方に、文句たらたらですよ

もう少し、自分のための人生でもよかったのでは?

最後まで、見ていて悔しい悔しいの気持ちでしたよ

西郷どんもやっぱり、そうなんじゃないですか?

 

幾度も噴火する桜ん島

私には、西郷どんの怒りに見えます

桜ん島は西郷どんそのものです

 

西郷どんは今、居るべきところに居る

 

 そんな桜ん島に、私はひどく魅せられてしまいました

きっとまた、桜ん島に行ってみます

 

黒い桜島、赤い火映を見せる桜島、噴煙に覆われる桜島

どの桜島も、まっことよか眺め

 

Forever   Sakurazima

 

まこて、あいがとさげもした 

 

コメント (6)

じゃっどん西郷どん34

2018-12-16 13:29:19 | 西郷どん

 

 

西郷どんが、小吉と呼ばれていた頃、

 

「やっせんぼ、強くなれ」

 

と言ってくれた斉彬に憧れ、この言葉を心に刻みました

様々な人と出会い、西郷どんは変わっていきました

  

小さく打てば 小さく響く

大きく打てば 大きく響く

 

龍馬は西郷どんに初めて会って、こう感じたと勝海舟に言いました

 

妻の糸さんにしてみれば、大きく打ちたくなかった

薩摩で毎日一緒に畑を耕していたかったでしょうね

 

「願いは一つ、だんなさまが、西郷隆盛でなかったら、どんだけよか」

 

ほんとに一生のうち、いったい何日一緒に暮らせたのですか?

民のためにと、あちらこちらに赴いていく

ほとんど、単身赴任家族でしたね

 

とうとう最終回がやって来ます

その前に、ずっと気になっていた人がありまして、今、打ち明けます

なんて、言うたりして(^-^;

そんなな気持ちとは違うのですが…

 

薩摩藩国父 島津久光さん

 

鹿児島市照国神社近くの島津久光像

 

マザーコンプレックスだった若い頃、

ま、マザーがあれなものですからね~

 

それでも、斉彬兄ちゃんに憧れ

お兄ちゃんのようになりたかったのです

 

じゃっどん、中央にはあまり出向くことなく、西郷どんが占めていました

薩摩の芋侍とか言われて、斉彬と比べられて

幕府から蔑まれて、頭に来てました

 

斉彬の死後、久光の子の島津茂久が薩摩藩主となり

久光は国父となりました

こうなると、藩を動かすのは実質、久光だったのではないでしょうか

久光は、よお~しがんばるぞ~、お兄ちゃんみたいになるぞ~!

と言ったかどうか、知らんのですけど(^-^;

 

江戸でも活躍する西郷どんに敵意がいっぱい

斉彬に憧れるふたりなのに、対立していきました

 

西郷どんが、天皇行幸に同行して鹿児島に帰って来た時、

衣冠束帯の姿の久光に会いました

廃藩置県があって間もない時、政府は大変な状況に直面している

ふたりは、そんな中、それぞれの役割で、

政府を、鹿児島を守らなくてはならない

久光は、西郷どんといつまでもいがみ合ってる場合ではないと思ったのですね

 

「このやっせんぼが!

やり抜け、最後までやり抜くんじゃ

やるだけやって倒れたら、薩摩に帰ってこい」

 

まるで、斉彬が乗り移ったような言葉でした

 

この時、ふたりの心は斉彬のもとに、ビビビッと繋がった、と思います

 

廃藩置県が成った時、久光は花火を打ち上げ続けたそうです

桜ん島も、噴火したかったでしょう

 

まだ若い茂久を支え、薩摩藩から鹿児島県へ移行の時を

久光は、しっかり背負って行ったのだと思います

立派な方だったと思います

 

久光役の青木崇高さん、面白かった

とてもいい俳優さんになられました

初めて見たのは「ちりとてちん」の落語家の草々

この朝ドラ、何年前だったかなあ?

 

 

今夜はいよいよ最終回

いかように描かれるのか?

 

じゃっどん、西郷どん生き残り説などもあるというではないですか

作家林真理子さんは、どんな西郷どんを?

 最終回、ひったまがったあ~

と言わせてくりしゃり~♪ 

 

コメント (4)

比叡山、初雪だろうか?

2018-12-15 13:35:53 | 四季折々に

 

 

12月15日朝、鉛色の空に、鉛色の琵琶湖

すっかり冬の姿になりました

比叡山に、雪が積もっていました

まず思うのが、お坊さんの修行の辛さ

頑張ってください<m(__)m>

 

 

寒いと私は、あっちが痛いこっちが痛いと、痛いとこだらけ

今は右肩、何かの拍子に痛みが、電光石火です

でも何ともない時もあり、ある動きがシナプスを怒らせます

ある動き…、予想できないので、何度も(/_;)

現在湿布中です

手が痛くて、用事が出来なあ~い!

 

とも言ってられないし…

 

コメント (2)

流れ星を見ました♪

2018-12-15 01:57:56 | 四季折々に

 

  • 12月13日の夜、8時55分

月が見えてる、と思って、それと今日は流れ星がよく見られると、

ニュースで行ってたことを思い出し、

カメラを持ってベランダに出て、月を撮って…

アッ!

流れた…

空を見上げて、わずか2分ほどで、見てしまいました

ふたご座流星群の中のひとつ

ここ、ふた晩がよく見えるそうですが、こんなにタイミングよく見れるなんて

北東から南西へ

そんなに長く尾を引いたものではないですが、

青い光のすじが、サーッ、走りました

 

きれいやったなあ~

 

その後、何度もベランダに出ては、空を見上げますが

さっぱり

風もあって寒~~~

 

あのひとつだけでしたが、ひとつだけでもとても嬉しい

星にお願いする間もありませんでしたが、見ただけで充分

 

その時間帯は、とてもたくさんの星が見えて、

じっと空を見ていると、黒い空から、まるで湧き出るように、

小さな星が見え出すのです

 

お月さんも、もうかなり傾いて来てましたけど、きれいでした

 

 

14日は、雨で観測出来ませんでした

 

 

 

コメント

じゃっどん西郷どん33

2018-12-09 17:56:24 | 西郷どん

 

西郷どんは、これ以上私学校の面々が暴徒と化すのを止めようと

立ち上がりました

 

「なんごてだあ、吉之助さあ~!」

 

と言って悔しがった大久保利通です

 

机をたたいて悔しがっていましたが、

やはり、幼なじみを慕う心がまだある大久保なんやなあ

と思えました

少し、安堵しましたが、”覆水盆に返らず”

 

どのタイミングで、密偵が密書を受け取ったのか、分かりませんでしたが

 

” キンジツクラヨリ

ツツハコビダス

ボウズヲシサツセヨ ” 

 

桐野利秋(中村半次郎)らが拷問した密偵、中原尚雄が飲み込みかけた手紙に

こう書かれていました

クラは倉庫?

ツツは鉄砲?

シサツは視察なのか、刺殺なのか

 

密偵の中原も薩摩藩士なのですよね…

「もうよか…」と密偵の中原を許そうとする

とても優しい西郷どんでした

 

西郷どんは私学校で、

元薩摩藩士はじめ薩摩の若者を育て、皆が豊かに暮らせるのを

夢見ていたのに…

薩摩は違う方向に動いていきました

 

「敬天愛人」

道は天地自然の物にして、人はこれを行うものなれば、天を敬するを目的とす

天は我同一に愛し給ふゆえ、我を愛する心を以て人を愛する也

『南洲翁遺訓』より

西郷どん、ドラマの中で書いていましたね

 

 

鹿児島市の照国神社のそばの西郷隆盛像です

 

 

維新ふるさと館で見た像、西郷どんとわんちゃんのつん

右には、軍服があります、腕の金糸の刺繍がかっこいいです

 ドラマと同じですね♪

 

 

鹿児島の維新ふるさと館で見た、大久保利通像です

私には、優しく見えますけど…

瑛太さんの演じる大久保は、冷たい

大久保瑛太さん、もうよか

 

コメント (2)

心配しますよ

2018-12-03 23:22:48 | 健康・病気

 

最近食欲がない、寝ても寝てもまだ眠たい

微熱、痰がからむ、と調子が悪い

とうとう病院に行くと言って、主人は近くの内科に行きました

 

さあ、どんな結果が出るのか

私もそれによって動くことになる

この先の行事色々を欠席すると、早めに連絡しようかと思いました

 

でもとりあえず、診察結果を聞いてからと、待っていました

 

レントゲンの結果、ほんのちょっと異常ありで、肺炎のせいかも

お薬を飲んでしばらく様子を見ます、と

 

大丈夫だった、と思っていいのかどうか

即入院を覚悟してたので、ひと安心はしました

まだ分かりませんが…

 

タバコ止めないし、辛い味付けを好むし、

数年前に喉の手術をしてるのに…

用心深さ、に欠けるんですよね

言うたところで、効果なし

困ったもんです

 

コメント (4)