Ruby の会

シニアライフ~能楽・ボランティア・旅行・食べ歩き・演劇などを綴っています

蒼山会旅行~倉敷・藤戸寺

2018-10-29 | 旅行

  2年に一度の「蒼山会一泊旅行」。お能の舞台となった謡蹟巡りの旅なので、普通のツアーでは行けない、また個人旅行でも行けない場所を回るのが楽しみな旅である。昨年からお能「藤戸」と「海人」に関係する土地を訪ねると聞き、楽しみが更に増していた。「藤戸」も「海人」も私の大好きなお能である。が、一泊で岡山、香川を回るからにはかなりの強行軍旅行だろう。退院2週間後なので無理をしないようにしようと思っていた。

 10/20(土)、高岡駅南口6:15出発である。半数以上の方は、大門から乗って来られる。いつも会員でない方も何人か参加される。なはさんも参加してくださり大門から乗車された。
 高岡IC-能越・北陸・舞鶴・中国・山陽道を経て倉敷に到着。

 👇 途中の「吉備SA」。 

  👇 お土産に買った「きびだんご」。

 👇 小箱(10個入り)のきび団子を開けてみると、

 👇 倉敷・美観地区(古い町並み)。以前何度も来た「大原美術館」だが、やはり懐かしくて絵画を鑑賞し、街並みも歩いたが、こんなきれいになっているとは!

 👇 倉敷川を船が下る。

  👇 今橋。向こうの建物は大原家本邸。最近公開されたらしい。観光客の数がすごい。

  👇 源平の藤戸合戦で有名な「藤戸寺」。倉敷市藤戸町にある真言宗のお寺。本堂で、素謡「藤戸」、「八島」、舞囃子「海人」を奉納した。
  左手前から太鼓(松原さんの撥しか見えないが)、大鼓の松本先生、小鼓の山崎先生、笛の瀬賀先生。

  👇 立ち方は米島先生。右は地謡の方たち。

  この後、住職さんに教えてもらい、近くの赤い橋の傍に佐々木盛綱の像があると聞き、見に行った。
 👇 馬で海を渡る盛綱(源氏方)の像。この浅瀬を教えたばかりに土地の若き漁師が盛綱に殺され、平家に勝ち、出世してこの土地を治めに来た盛綱に母親が恨み訴えに来る、と言うのが、「藤戸」の物語。盛綱が弔いをすると漁師の霊が現れ、殺される場面を再現する。前シテが母親、後シテが漁師の霊と言うお能だ。


久しぶりの「あかね」 & お囃子お稽古

2018-10-28 | ボランティア

 毎月1度だけのボランティアを2つしている。野村児童センターでの「多文化子ども勉強室」とふれあい福祉センターでの「音訳ボランティア・グループあかね」だ。前者は第一土曜日午前中、後者は月末に一日半。「勉強室」は半日なのでほぼ体が空いているが、「音訳」は作業を伴い長時間なので、お寺、お稽古、他の行事と重なることが多い。

 8月は上京、9月は入院などで休んでしまった「音訳ボランティ・あかね」に、10/25(木)午前中だけ参加した。その時に聞いた話を紹介します。

 射水市で、鏝絵の「竹内源蔵記念館」などで活躍しておられたTAさんが亡くなられた。前日までお元気だったそうで、亡くなられた時に横のテーブルの上に辞世の一句が遺されていたそうだ。

 「八十路の秋 ピンピンコロリ 願うのみ」

 射水市では、一人暮らしのお年寄りの家にセンサーが取り付けられ、何時間か動きがないと家を見に来てくださるとのこと。
 子供が遠方にいて一人暮らししているのは私も同じ、周りにも大勢おられる。それにしてもこんな心境になれるかな?としばらく話題になった。何人かは、「私も思い残すことはない」と仰る。先日手術をしたばかりの私はまだまだ思い残すことがいっぱい。 

 最近は仕事も楽しみも1日一つと決めているが、この日は午後の「能楽お囃子教室」も行かねばならない。11月には2つ行事がある(実際には3つ)。
 11日(日)、「青年の家文化祭」と「市芸術祭」と同じ日に連調連管の舞台があるのだ。掛け持ちと言うわけだ。両方とも「鞍馬天狗」。
 18日(日)、「伸謡会」で舞囃子「加茂」と連調連管「西王母」を打つ。ちょっと忙しいな。3曲続けてお稽古したら、やはり息切れした。旅行の後も足の痛みや風邪ひきなど体調を崩しているので、無理をしてはいけません、はい。  


映画「散り椿」

2018-10-25 | 映画・テレビ・演劇・芸能

 👇は、葉室麟作「散り椿」の私の読後感のブログです。登場人物の複雑な関係がいまいちハッキリとわかりにくいなど、ストレートな感想を書いています。 その点、映画は俳優が演じますからわかり易い。また、木村監督の映像美と岡田准一の殺陣に期待が深まります。

 https://blog.goo.ne.jp/67kiyoh/c/56b5b7c4a3b6eeb6da007aa7ffcb03aa

 さて、映画を見ての感想は? 主人公の瓜生新兵衛をもう少し年配のすさんだイメージの侍を想像していたので、岡田准一は頑張ってはいるが、数奇な運命を背負い年を重ねた武士に一歩及ばないと言うのが正直な気持ちだ。役所広司だともっとピッタリかも。が、三船敏郎を思わせる風貌もあり、もう少し華が加われば、と期待される。
 藤吾が甥ではなく、義弟になっているのは年齢差の関係だろう。

 👇は、ポスター。上段が榊原采女(四天王の一人、新兵衛の友)の西島秀俊と、里美(新兵衛の妻、篠の妹)の黒木華。中段は新兵衛の岡田准一、下段は篠(新兵衛の妻)の麻生久美子と藤吾(里美の弟)の池松壮亮。

  瓜生新兵衛、榊原采女、篠原三右衛門、坂下源之進の4人は、かつては一刀流平山道場の四天王と呼ばれた剣の達人だった。が、扇野藩では城代家老の石田玄蕃と、次期藩主の側用人候補の榊原采女の間で権力闘争が起きていた。
 また、石田と扇野和紙の専売している田中屋、そして勘定方の采女の養父が関わっていると言う不正疑惑が噂され、采女の父は謎の死を遂げ、勘定方だった坂下源之進は切腹した。新兵衛は、藩の不正を訴えたものの叶えられず、妻の篠とともに藩を離れる。

 それから8年、京で隠遁生活を送る二人だが、刺客は絶えず、篠は病に倒れる。篠が命を落とした初夏。新兵衛は篠の願いを叶えるために郷里に戻った。
 篠の願いとは、新兵衛のかつての友で篠と最初に縁談の話が合った榊原采女を助けること、そして毎年楽しみにしていた郷里の散り椿を代わりに見てほしいと言うことだった。新兵衛が妻の願いを叶えるために、故郷に戻る場面から物語は始まる。

 最初に書いたように、小説では話は複雑でややこしかった。映画では映像の美しさ、殺陣の凄まじさに期待した。木村大作監督は富山県内を中心にオールロケを行い撮影した。
 👇は、ポスター裏。上市町眼目(さっか)眼目山立石寺栂並木。

 👇は、最初のシーン。

 👇 県内ロケ地地図。

  👇 富山市八尾の「本法寺}。我が家の檀那寺だ。

  👇 南砺市井波町 瑞泉寺。

  👇は、高岡市太田 国泰寺。

 👇 富山市五艘長慶寺 五百羅漢。

  👇 富山市宮尾  内山邸。

 他に、お城は石川門ではないし、どこ?と思ったら彦根城だそうだ。
 また、ピアニストでもある加古隆さんの音楽が胸を打った。


栗ご飯

2018-10-23 | 食物

  SAさんと「散り椿」の映画を見た後、イオンモール内の「ぶどうの木」でランチ、お互いの近況報告をし合った。二人とも今年に入り、入院手術をしているので話はもっぱらそこへ行く。病気の原因、経過、退院後の後遺症(?)などなど、情報交換が大事とばかりに話し込んだ。

 帰りに彼女宅に寄ったら、朝仕込んだと言う栗ご飯をパックに入れてくださった。剥き栗で作るのだと言う。これなら私にも作れるかな?息子が来た時にでも試してみよう。

 その日の夕食は、病院食で学んだ野菜の味噌汁。白菜、人参、ジャガイモ、油揚げ、ねぎ。鮭のフライパン焼きと小松菜。鮭二切れは多過ぎだ。が、これは生協の冷凍食品ではなく、スーパーで買った生鮭なのでついつい調理してしまい、全部食べてしまった。
 このように食べすぎたり、一食抜いたり、不規則な食生活を送らないように決めたばかりなのに…。 


「ささら屋」高岡店一周年記念セール

2018-10-20 | 食物

 「ささら屋高岡店一周年記念セール」の案内が来た。10/19,20,21日の3日間だ。土日は旅行なので、19日(金)午後出かけた。なんと駐車場に入れず、交通整理の警備員さんが二人も出ている。後でまた来るわ、と先に接骨院へまわった。

 5時近くに寄ったら大丈夫だった。焼き団子が売り切れていた。
 👇は入り口の案内。
 👇は、店内。かき山の種類が多いこと、新商品が工夫されていること、パッケージがきれいなこと、などが私のお気に入りである。お遣い物にも手ごろな品が多い。

 👇 ゲームにチャレンジコーナー。ピンポン玉を上から落とし、25の穴の中の白枠4つのどれかに入れば”当たり”。2度とも外れで50円券を2枚もらった。


「コメダ珈琲店」で編集会議

2018-10-19 | 茶道

  月一度発行している、茶々姫さんのお茶教室のおたより「禅deさろん」。10月号に向け、「10月のお点前・中置点前」についてなはさんがメインの記事を書いてくださった。そして、茶々姫さんがわざわざ我が家まで持って来てくださった。他にも記事が多く、またまたB4版裏表両面になりそう。となると、私一人では手に負えないので姫さんに電話をし、急きょ編集会議となった。

 10/17(水)、コメダ珈琲中曽根店に集合と決めた。駅南店は何度か行ったが、中曽根店は初めて。約20年前は牧野地区へ通勤していたので、11号線は懐かしい道だ。新8号線を通らずずっと庄川右岸を走り坂東へ出て、中曽根神社(狐の宮)を過ぎてから右折した。住宅が増え、道路幅が広がり、見違えるような街になっていた。ヤマダ電機、MUSASHIなど建ち並ぶ一角に「コメダ珈琲・中曽根店」があった。

  👇 注文したミックスサンド、味噌カツパン、ブレンドコーヒー。ミックスサンドは両側一切れずつ食べてしまった。

  👇 コーヒーには豆のオマケ。

 食べ終わり、テーブルをきれいにしてから、原稿や切り抜き、アンケート答、新聞記事などを広げる。「今日は何の日?」、「秋の七草・覚え方」なんて言うのもある。レイアウト、余ったスペースに何を入れるかなどを考え、だいたいの案がまとまった。二人で話すとスイスイとまとまるのも不思議だ。

 ついでに、映画「日日是好日」をお茶教室から観に行こう、昨年も今頃出かけた宇奈月トロッコ電車の旅に行く計画案もまとまった。楽しいことはすぐにまとまる。


歩数計

2018-10-18 | 健康

 最近、スマホの歩数計を意識して使っている。かと言って、いつもスマホを身につけているわけではない。家の中では持たないし、外出も車で出かけると500歩も歩かない。でも、データとして残るので、「一日2000歩」と決めて意識するようにしている。

 10/16(火)、蒼山会の旅行が近いので駅前「マリオン」へヘアカットに行った。1,080円カットのお店だ。ついでに公園まで足を伸ばした。
 体育館前に駐車。いつものように中之島に降りる。先日は噴水が上がっていなかったが、今日はしぶきを上げていた。

 鴨たちは池之端の日当たりのいい濠に移動している。前回と逆コースで小竹藪に出た。坂道は少し息切れがする。膝や腿の付け根が痛むな~。すぐベンチに座りたくなる。
 男子高校生たちが小竹藪の周りを何周かランニングしている。色とりどりのウエアで整列して…。見ているだけで元気が出る。トンボと戯れている「僕キセ」の子どもみたいな生徒も…。カメラを構えた頃は、バラバラになっていた。 

 静かになったかと思ったが、散歩やウオーキングの老人たち(かな?)。

 私は、いつも午後遅めに行くのだが、引切り無しに誰かが歩いている。通り道の人もいるのかも。この日は、2000歩に達した。


眼鏡 & 赤祖父食堂

2018-10-17 | 食物

 何年か前に白内障の手術をして、50年以上も使っていたハード コンタクトレンズが不要になった。がその代わり、運転する時はプリズム眼鏡を使用しないと、視力は出ず、物が二重に見えるようになった。かけたり外したり、紐で首からぶら下げるのだが、数カ月前に床に落ちたのを足で踏んで、上が少し欠けてしまった。眼鏡屋へ持って行くと、視力が変わり合わなくなっているから処方し直すように勧められた。そして、またまた真生会病院眼科へ行くことに。

 ようやく眼鏡が仕上がり、先日取りに行った。この日は、まず厚生連病院へ支払いに行き、木津サンコースーパーに寄り、メガネハウスへ、と言うコースだ。フレームに入れる間30分ほどお待ちください、とのこと。眼鏡がなければ運転もできない。       

 そこで入ったのが向かいの「赤祖父食堂」。以前はよく行ったが最近はとんとご無沙汰。夕食には早い時間で人も少なめ。

 日頃家であまり作らない品を注文した。さんまの塩焼き、きんぴらごぼう、ほうれん草のおひたし、茄子揚げ浸し、あさり汁、ご飯は小。しめて1,025円也。

 👇は、仕上がった眼鏡。いびつなレンズ、わかりますか?


大学同窓会・富山支部会

2018-10-16 | 日記・つぶやき

 秋は同窓会の季節であるが、例年10月に私の大学の同窓会富山支部会が開かれる。勤めていた頃は先輩に誘われ、お互いに幼いこどもを連れて参加したこともある。退職してからは、予定さえなければできるだけ出席するようにしている。
 昨年は謡の会「蒼山会」と重なり欠席した。今年は早々と氷見のTAさんからお誘い電話があった。彼女は能楽お囃子の小鼓を習っておられ「高岡能楽会」の行事で必ず会う、私よりもずっと若い同窓生である。私が急に入院することになり、退院後1週間で出かけるのは少し心配だった。でもお世話される若い方たちの事を思い、車、電車、タクシーで会場の富山第一ホテルへ出かけた。

 👇 富山駅。朝9時ごろに着いたら、構内で朝市が開かれていた。茗荷ずしやら、採れたて野菜やら。      

 👇 旅行者目当てだからか野菜は丁寧に包装してある。

 富山第一ホテルは歩けば10分そこそこだが、大事をとりタクシーに乗った。720円。
 👇は、ホテルロビー。会場は2階だが、少し早いのでソファーで待つ。   

 会場に入ると意外と知っている顔は少なくて、若い方がずいぶん増えたな~と言う印象だった。が、懐かしい方々とお会いし、美味しいコース料理をいただき、同窓会グッズを買い…、帰りは同じ謡の会「蒼山会」のSIさんの車で高岡駅まで送っていただいた。

 さて、気象予報士の木地智美さんのお話を紹介しよう。
 富山市出身。大学では社会学を専攻。地元に帰り、NHKや民放のキャスターを勤めながら気象予報士の資格を取得されたそうだ。難しく、何度も何度も失敗したそうだ。取得後、日本気象協会九州支社に勤務し、テレビ西日本で気象キャスターを務め、師匠と崇める吉竹顕彰氏の指導を受ける。
 「予報は社会貢献であり、人の役に立つ仕事である。だから地域で根付く仕事をするように」と言われ、富山に戻った。

 キャスターとして心がけていること:季節感を感じる話題から。朝、肌で感じる事から始める。
                  町の人達はどうしているかな~?
 気象庁やいくつかの気象会社のインターネット上のデータを見れば、誰でも予報ができる。
 富山の天気の特徴として立山連峰の影響は大きい。
   川沿いに吹き抜ける風…「神通おろし」、「井波風」…。
   強い南風に耐えるように散居村の林は南側に立つ。
 今年8月、立山を縦走しリポートした…。

 などと、話を聞きながら、たくさんメモをとったのに後で見てもよくわからないことばかりで、とりとめない記録になってしまいお詫びします。同窓会グッズも次回紹介します。

 最後に、前回のクイズの答です。     
 1.降水確率50%とは?
    A、降るか降らないかが半々 
 2.「夕方」とは何時から何時まで?
    A、3時~6時
 3.富山県は気象庁の分類では〇日本?
    B、東日本
    
 ちなみに北陸地方と言えば、新潟県から福井県までの日本海沿いの県だそうです。


気象予報クイズ

2018-10-15 | 自然・海山草花

 木地智美(きじともみ)さんは気象予報士。昨年まではNHK富山放送局で、今年からは富山テレビで気象キャスターとして活躍中です。NHKのお天気お姉さんとしてにこやかな笑顔がお馴染みだったのに、最近見ないな~と思っていたら、富山テレビに移られたのですね。しかも、彼女は私と同じ大学の同窓生だったとは!!(👇はネットから)
 同窓会富山支部の案内をもらい、講師に彼女の名前を見てビックリしました。氷見の高〇さんに誘われ出席に決めたのですが、その後入院することになり退院後1週間の日程なので実は迷いました。でもお世話される若い方たちの事を思い、車、電車、タクシーで会場の富山第一ホテルへ。

 今日は、彼女の講演の中から「クイズ」だけを紹介しましょう。自己紹介に始まり、なぜ気象予報士の資格を取ろうと思ったか、富山の天気の特徴…など、写真や資料をたっぷり使い、わかり易く楽しく紹介してくださいました。ちょっと専門的な難しい説明の後には、クイズを入れて…。

 「天気予報のことば」よりクイズです。

 1.降水確率50%とは?
    A、降るか降らないかが半々
    B、1日の半分降る
    C、地域の半分の面積が降る

 2.「夕方」とは何時から何時まで?
    A、3時~6時
    B、5時~6時
    C、6時~7時

 3.富山県は気象庁の分類では〇日本?
    A、北日本
    B、東日本
    C、西日本

 まだまだあったと思うのですが、メモがハッキリしないのでココまで。正解とその他の内容は次回に回します。


10月のお点前

2018-10-13 | 茶道

 入院中、ボランティアを代わってもらったり、お稽古を休ませてもらったり、中止していたものが再開した。一昨日は、平米公民館の謡と太鼓のお稽古も始まったし、今日は野村児童センターのボランティアも始まった。「多文化子ども勉強室」には3人の小学生が勉強に来た。人数が増えたのは嬉しいが、少し賑やかすぎてけじめがつかない面もあり、ルールを作らなければいけないかな?

 一旦帰宅後、茶々姫先生の「お茶教室」に出かける。姫さんと私の二人だけで、十分にお喋りしてからのお稽古だ。が、「禅deさろん」10月号の案も練ったので、良しとしよう。

 10月の薄茶のお点前は、「風炉中置点前」である。寒くなり、客席に少しでも火が近くなるように水差しを風炉の左側に置く。水指を置く場所が狭くなるので、細水指を使う。

 👇 主菓子は「紅葉」。

 👇 居間には、お庭の花が活けてあった。白と紫のシュウメイギクが生き生きとしている。小ぶりの花瓶にはコスモスも。

 👇 ひめさんが、持って来て見せてくださった新米「富富富(ふふふ)」お裾分けをもらったので、近いうちに試食しよう。

 秋晴れの暖かい一日だった。
 姫さんの言葉で気づいたが、希林さんの「日日是好日」がそろそろ始まる。調べると、富山県では”JMAX THEATERとやま” 一館だけのようだ。10/19日(金)に上映開始らしい。お茶教室から希望者を募って鑑賞するのもいいかな?


俳優座劇場「12人の怒れる男たち」

2018-10-11 | 映画・テレビ・演劇・芸能

 カテーテル・アブレーションの手術を受けて、10/6日に退院。翌日の予定はキャンセル、が、2日目にスーパーへ、3日目には公園で、4日目はおとぎの森で、と少しずつ歩くことに慣れてきた。息切れもあまりひどくない気がした。
 5日目、10/10日は演劇鑑賞の日。都合で夜見ることにしていた。しかも当番が当たっている。あいにくの雨、5時を過ぎるともう薄暗い。SAさんと待ち合わせ早めに行ったつもりだったが、文化ホールの駐車場はもう満員。辛うじて高岡高校横に入れた。慌てる気持ちが焦りになり、動悸が始まりそう…。ストレスが悪影響を与えるのは、前と同じか。

 👇は、ポスターの表と裏。

  演劇のタイトルは「12人の怒れる男たち」。六本木俳優座劇場プロデュースの作品だ。出演者は13名。劇団俳優座の役者さんの他に文学座、文化座、テアトルエコー、劇団カナリア、劇団1980、昴、フリー等の選りすぐりの役者さん達。ただ一人知っているのが金内喜久夫さん。翻訳は酒井洋子さん、演出は西川信廣さんだ。原作はレジナルド・ローズでアメリカの脚本家。アメリカでテレビドラマとして放送され、舞台版、映画版も誕生した。ヘンリー・フォンダが主演した映画が強く印象に残っていて、舞台で演じるのは難しいだろうな、と興味はあるがあまり期待はしていなかった。

 あらすじは、父親殺しの罪に問われている少年に有罪の宣告を与えるか、あるいは無罪の評決を提出するか、12人の陪審員たちが討論する。判決は原則として全員一致。一人でも反対すると話し合いをし、全員一致になるまで討議しなければならない。
 暑い夏の日の午後、壊れた扇風機、窓の外は電車の音。誰もかれもが早く終わらせたいと思っているように見える。ヤンキースの試合を観戦する予定のセールスマン、貧困層への偏見の強い自動車修理工場経営者、スラム育ちの工場労働者、自分の息子との確執から有罪説に固執する会社経営者…。彼らは「陪審員〇号」と呼ばれ、まったく知らない者同士の集まりだが、意見を交わしていくうちに、性格や育ち、考え方がわかっていく(もちろん観客にも)。

 👇 最初の評決の場面。唯一、8号(右端、白いスーツの後姿)だけが無罪を主張。

 彼は言う。「我々が問題にしているのは、ある人間の命だということです。5分で決着をつけられるものではないのです。もし間違っていたらどうしますか」

 👇 ナイフの刺し傷と飛び出しナイフの使い方を検証している。金内さんは杖をついて座っている80歳前後の老人。8号の意見を聞き、最初に有罪に覆す。

 👇 部屋の間取り図を取り寄せ、下の階の老人が、叫び声を聞いた後階段を下りて逃げて行く少年を見たと証言していることを検証する。

 このように、一つ一つ疑問を投げかけ合い、途中何度も採決をとり、有罪から無罪へ変わる陪審員が増えていく…。

 私の席はかなり後ろだったが、どの人のセリフもとてもよく聞こえた。顔はほとんど見えず、表情もまったくわからないのだが、服装、身長、体形、声(重要な要素)、身振りなどで、〇号さんが喋っているとハッキリとわかるのだ。演出もだが演者が素晴らしいという事だろう。
 演出の西川さんは、テーブルの上が客席から見えるように斜めに傾けているのだそうだ。当然床も斜めになっており、役者さん達は斜めの床の上でお芝居をしている。

 一幕物の2時間のお芝居だったが、終始惹きつけられ緊張の連続だった。心臓に悪かったかも…。  


退院祝い & 公園散歩

2018-10-08 | 健康

  今までも何度か書いたが、40代か50代の頃から職場の人間ドックを受ける度に「心肥大」、「不整脈」などと言われ続けた。その他に遺伝の「高血圧」。降圧剤を服用し始めたのは50代後半か? 祖父も母も、脳溢血やら脳卒中(今は脳出血と言う?)で亡くなっている。

 4年前に「心房細動」との診断が下った。「服薬治療をしましょう」とのことで、抗凝固薬などの薬が加わり毎日何種類もの薬を飲むようになった。3年頃前、東京や千葉の友人から「カテーテルアブレーション」と言う手術療法があると聞いたが、地方では縁がないものと思い込んでいた。
 そのうち、新聞に時々心房細動の記事が載り、テレビの「きょうの健康」や「たけしの家庭医学」でも取り上げられ、毎回録画して見てはいた。本も買った。がまだ、地方では無理と思い込んでいたのだ、今春城端の友人が手術を受けたと聞くまでは。 春の曳山祭りの時、彼女を訪ねて様子を聞いてきた。

 そして私が総合病院へ相談に行ったのは7月初めだ。かかりつけの医院で紹介状を書いてもらった。総合病院で検査を受けてみようと決心するまでに2カ月かかったわけだ。その後さらに2カ月の間手術を受けるかどうか決めかねていた。
 会う人ごとに相談し、情報を集めた。息子や娘はもちろん、親しくしている友人、お稽古の仲間、8月上京し同窓会に出た時も…。東京経由で金沢の友人から病院を紹介されたりもした。最後の決め手は謡の先生だった。同じ会のお弟子さんが6月に受けられたよ、と教えてくださった。私よりずっと若いお弟子さんだが電話で詳しく聞いた。そして勧められ、励まされた。

 そんなこんなで結論を出す前日に、ようやく手術する決心が固まった。そして手術日はさらに1か月後。受けないつもりで家の外壁塗装を頼んでいたので、大忙しの9月となった。入退院はタクシーを利用、洗濯物は持ち帰る、など一人で大丈夫のつもりだったが、結局手術当日は義妹に付き添いをお願いした。夕方から始まり長時間を要したので、終わったのは10時近く、先生方や看護師さん達には本当にお世話になり、義妹も夜遅くまで待っていてくれた。私と言えば麻酔が醒めたばかりでボーっとしていた…。

 3泊4日の予定だったが、1日余裕をとり5日目に退院した。義妹は洗濯物を持ち帰り洗って来て、退院日には何かお弁当を買って来るね、と言っていた。
 👇は、そのお弁当。芝寿司の「華ご膳」。きのこの手まりごはん、鯖のちらし寿司、鮭マヨサラダ巻き寿し。玉子焼き、鱒のムニエル、根菜のハンバーグ、棒葉焼き風、煮物、ほうれん草と菊花の和え物、きのこの明太子ソース和え、栗ようかん。

 食後のフルーツに巨峰のぶどうが添えてあった。なんと豪華な退院お祝いだろう。
 夜まで、たまっていた新聞、録画してあったテレビを見てゆっくりと過ごした。

 翌日入れてあった予定はキャンセル。身体に力が入らない。胸がまだ苦しいような感じがする。一日ボンヤリ、ウロウロと過ごした。翌日、郵便物を取りに行かねばならない。旅行の時は日を決め配達してもらうが、退院日が決まらないので取りに行くことにしていた。
 先生は「不整脈は無くなりましたよ」と言われたが、もともと自分で脈が取りにくかったので確認しにくい。少し歩いてみようと古城公園に向かった。体育館前に駐車する。昨日までの「万葉朗唱の会」の看板が残っている。「あかね」の人たちもここで3日間受付ボランティアをされたはず。

  👇 小竹藪から中の島へ廻ってみた。水上舞台はもう取り払われていた。台風の夜、急きょ体育館に会場を移して続けた、と言う。

  👇 休日なので公園内は家族連れ、友達連れで賑わっていた。朝陽橋を渡る人たち。

  前回来た時の3倍は歩いたが息切れはなかった。もちろん、ゆっくりマイペースで歩いたのだが。嬉しい。毎日少しずつ歩こう。おとぎの森やイオンSCへも行って。千保川のほとりもいい。
 あと2,3年はこの調子で過ごせるだろうか。