四谷三丁目すし処のがみ・毎日のおしながき

新子はコハダに。新いかはまだ新いかで。いくらは塩から出汁醤油漬けに。すじこも登場。新秋刀魚、ブリと、もう秋です。

鯨くじら<前編> 鯢くじら<後編>

2016-10-27 23:35:00 | わたしの魚(ウォ)キペディア 第1回~第

わたしの魚(ウォ)キペディア 第16回025 くじら〈前編〉
クジラといえば給食で出たクジラの竜田揚げです。
アルマイトのお皿に二つか三つ、その横に付け合わせがいつも春雨サラダだったような記憶があります。
鶏の唐揚げかな‥と思って齧ってみると、お肉が真っ黒で噛んでいるうちに醤油の味が滲み出てきて、けっこうおいしいなーと思って食べていました。「これは何でしょーう?」
開店して数年経った頃、築地から帰ってきた主人がビニール袋の口を縛ったものを得意そうに掲げました。
手のひらにずしっとくるくらいの赤黒い塊でした。
「うわ、ドリップ‥?」その赤黒い塊は赤い液体に浸されていました。
「お!それかなりのヒント。ジャブジャブな感じがミソしょうゆ味の素」
こういう言い回しをする時の主人はテンションが高く‥ということは、なかなか手に入らないものが思いがけずゲットできたということで。
「うーん、肉みたいに見えるんだけど、牛肉とか仕入れないもんね。何か大きいものの一部、マグロの‥血合いとか?」
「ブッブー。マグロだったら吸水ペーパーでぐるぐる巻いて水分取り除くし。しかもマグロの血合いだけ仕入れるって、あんまないっしょ」
「あ、そうかー」
「ギブ?」
「‥いや。だったら、わかんないけど、クジラ?」
「正解っ。正規のルートでちゃんと出回ってる証明書付き。近海のミンクでメスだって。たまたま網に掛かっちゃって迅速に流通したみたい。赤身はドリップに入れとくほうが品質を保てるのよ」
「ふーん」
「あれ、あんまり嬉しくないの」
「いやそういうわけじゃないけど、生のお刺身っていうの?食べたことないからさー」
「あそ?」
「給食の時のクジラの竜田揚げでしょー、あとなんか居酒屋さんで上司が頼んだクジラベーコンがほとんど手を付けずに温まっちゃってべろ~んってなっちゃってるやつとかさー。“お前ら食っちゃえ”とか言われて端っこなんかもう空調当たっちゃってカッピカピに乾燥してんのに下っ端だから無理矢理食べさせられたりさー、そんなのしかないんだよ」

わたしの魚(ウォ)キペディア 第17回 くじら〈後編〉 


「そうなんだ。じゃ、これは何だか分かる?」
ガス台に目を向けると鍋の中には煮込んだ肉のようなものが横たわっていました。
スープは少し濁っていて脂身のかたまりにへばりついた肉はこれぞ肉、という色をしていました。
「わわ、マンモスの肉‥なわけないか。これもクジラ?」
「ベーコンです」
「え!私の知っているベーコンはふちが赤いものですが」
「売ってるやつは着色してるから。ちょっと食べてみる?」主人はまな板を取り出し端のほうを切り落としながら
「厳密に言うとこれは塩ゆでで更に薫製にするとベーコンなんだ」
と言いました。
脂身と肉のわずかなかけらを口に含むと濃い塩味、そして数回噛むと旨味がじわっときました。
臭みのようなものがまったく無く拍子抜けするくらいでした。
「塩、どう?」
「けっこう効いてるね。でも辛子付けたら丁度いいんじゃない、わかんないけど」
「仲買さんが試行錯誤して“これだ!”って出した、ゆで汁の塩分濃度を教えてもらったんだ」
「すごいね。そんな機密事項みたいなの、いいの?」
「オレも“そんなの教えてもらっちゃっていいんですか?”って訊いたんだけど“いや、むしろやってみて感想聞かせて”って」
さっきの赤い塊の生肉のお刺身の方も少しだけ生姜醤油で試食させてもらい、これまで食べたことのあるクジラを頭の中で整理してみました。
給食の竜田揚げ、居酒屋さんのベーコン、今日のお刺身、塩ゆで。
もうひとつ『クジラのたれ』を食べたことがありました。
千葉・房総の名産品で、味付けされたクジラ肉を半干しにしたものです。
尾の身、はりはり鍋は未経験で、食べてみたいなぁ‥と、ちょっと憧れています。