今日は7月31日。朝から曇り空だった。友人に誘われて、世羅町の「県営ゆめ公園」で開催された「グラウンド・ゴルフ;団体戦」に参加した。6時前に起床し、7時前には家を出た。いつものルートを通って、会場には8時頃に到着した。今回は参加者は多くなかったようで、開会式に並んでもそれは感じた。ゲーム開始頃は空は曇っていたが、昼前ころから太陽が出始めて、3ゲーム目を開始する頃には暑さに閉口するくらいだった。風が吹けば心地よかったが、3ゲームを通して余り風は吹かなかった。15時前に閉会行事も終了したので会場を後にしたが、帰路、会場を出たばかりの道路で嫌な光景に出くわした。2台前を走っていた車が、右側から飛び出した小動物を轢いて行った。動物は“たぬき”だったが、車を避けることは適わずに轢かれてしまった。後続車両も多かったので避けて通ったが、目の前に見えた“たぬき”は痙攣するように動いていた。かわいそうだが、どうすることもできなかった。轢いた車は、避けることは出来なかったのだろうか。小さな命が消えて行った…。
昨日30日(日)は、「NPO法人日本宇宙少年団備後ローズスター分団=以下分団と表記する」の7月活動を実施した。大型観光バスを使っての一日活動で、分団員家族と指導者(総計32名)が参加した。コースは、「分団事務局~福山東IC~山陽道:岡山道:中国道経由で~岡山県勝田郡奈義町柿(ビカリヤミュージアム)~美作町(昼食)~津山市(津山まなびの鉄道館)~新見市(満奇洞)~分団事務局、であった。
「指導者は6時20分集合」と案内されていたので間に合うように移動したが、集合場所には殆どの参加者が集まっていた。今年は「おのみちバス」を使用しての移動である。
全員が集合したので、予定していた7時より少々早めに出発した。バスの定員よりは参加者は少なかったので、ゆとりをもって座席が活用できた。
「本日の案内をして下さい」と言われたので、配布済みの資料に沿って解説や説明を続けていたら、時間の経過が早くて岡山道の高梁SAに到着した。トイレ等の小休止の後、中国道・R53を経由して、最初の目的地「ビカリヤミュージアム」(奈義町柿)に到着した。ここでは「化石についての説明と、実際に化石採集をする」のがメインで、最初に会議室でボランティアの方の説明とDVDを鑑賞して、外にある“化石採集場”で自分で化石を探した。
このミュージアムは造成時に発見された地層などを展示するために造られたようで、館内の奥の部屋は化石の産出状態が分かるように、加工された崖が保存されていた。
参加者は1時間余りの時間、自由に借用したハンマーで泥岩の塊から化石を探していた。巧く見つかる子もいれば、なかなか見つけられない子もいた。親子で頑張っている様子は微笑ましいが、時に親が真剣に探し始め、我が子そっちのけの状況も見受けられた。私は採集できない人のために、見つけた化石は全て与えることにして探し続けた。ここで見つけられる化石は写真のようなものである。
一枚目は、ここで採集出来るメインの化石「ビカリヤ」である。この化石は、新生代第3紀中新世の「示準化石」である。現在の「ウミニナ」の仲間だが、当時は暖かい海に生息していたようだ。大きさは、大きい方(完全な個体)が70mmほどあった。2枚目は「ブサモトレタ」のようだが確証はない。現在の「ベニガイ」か「サクラガイ」の仲間のようでもある。こちらは大きなものでも15mm程度であった。採集していた母岩(泥岩or頁岩)には、植物の葉の破片も見つけられたが、現在の「クヌギの葉」に近いもののようだった。採集後、化石鑑定が行われた。
各自が採集した化石の名前を調べたが、なかなか困難だった。簡単に分かるのは「ビカリヤ」位だったようだ。
その後昼食のために「西の家美作店」へ移動して、約1時間の昼食時間を取った。4歳以下の子供たちは「お子様ランチ」で、残りの参加者は写真のご馳走に舌鼓を打った。
昼食を済ませたのち、二つ目の「学びの場所」である、「津山まなびの鉄道館」へ移動した。ここでは鉄道関係の色々な車両や、昔の用具などの展示があった。また、ミニチュア・箱庭風の模型を走らせて、転車台の使い方を見せていた。
3枚目は、扇形機関車庫の説明を聞いている様子だが、炎天下、本気で聞いていた。興味・関心の高さを思った。4~6枚は扇形機関車庫と転車台である。この転車台は現在でも使用されているようで、最後の写真にある起動施設で動力で動かしてる。
この2枚の写真はなあ~に。と言っても分かりにくいが、「DE50形」のディーゼル機関車である。2枚目がその説明板を写したものだが、次のように書いてある。
DE50形は日本最大の2000馬力の機関を搭載した液体式ディーゼル機関車で1両のみ製造された。当機は当時の非電化幹線の次世代主力機として開発されたが、投入予定線区の急速な電化などにより、量産化されることはなかった。
と。従って、車両の記号は「DE501」と記されている。
次の写真は「新幹線軌道を走る“ドクターイエロー”と同じように、JR狭軌線路で活躍する“イエロー”な車両」先頭と後尾である。3枚目は、現在の津山線・津山駅の遠景である。
この施設での学習を終えて、院庄ICから中国道に入り、北房ICで下りた。目的地「満奇洞」は山の中にあった。前回(6月6日)訪れた時は、駐車場には車は1台しかなかったが、昨日は夏休みで、多くの観光客が訪れていた。若いカップルが多かったなあ…。今回は自前のヘルメットを持参した。それでも何回か、天井に頭をぶつけた。ガイドには遊歩道は全長約400mとあるが、子ども達の中には涼しいからか2往復している者もいた。この鍾乳洞は入り口付近に“休憩所”が設けられてあり、自由に休める。が、私が初めてここを訪れた時には、この休憩所では飲み物などを売っていた記憶があるのだが…。内部の写真を何枚か載せておくことにする。
16時頃最後の学習地を出発、帰路に着いた。北房ICで中国道に入り、北房JCからは岡山道を走る。トイレ休憩の希望があったので“高梁SA”による。その後車内では「銀河鉄道の夜」というDVDを流したので、私は休憩していたところ寝てしまっていた。気が付いたら、山陽道“篠坂PA”が近付いていた。
18時過ぎに無事事務局へ到着。皆さん楽しかったようで、笑顔いっぱいでバスから降りてきた。夏休みは未だ1ヶ月間あるが、「この学びの旅が何かの役に立てばいいなあ」と一人思った。今年度の最大行事を、無事終えることができた。私も「夏休み」をしよう……。