自然・宇宙・地球・旅から人生を顧みる

自然や宇宙、旅が好きな私のブログです。色々な体験など、日々の出来事について日記風に綴ってみます。

久々の蒜山

2012年06月30日 16時22分04秒 | インポート

 「先生! 工事、済んだよ!」と業者から電話があった。5月連休で滞在した時、床下に軽車両が半分埋まる位の大穴が空いているのが見つかり、急遽業者に見てもらった所である。何せ倉庫の床下に広がっているので、懐中電灯で照らしても細部までは確認できなかった。したがって工事は業者を信頼しての業者任せである。「生コンを流し込むより他に方法はなかろう」ということで、生コン車とポンプ車で圧力をかけて流し込んだようだ。状況確認に金曜日の午後山荘へ行き電灯をつけて確認したが、分かるのは表面だけで床下の状況なんて確認のしようがない。見える所は鏝を使って綺麗に塗られていた。さて、この工事でいつまで沈下が止まるだろうか。

 それにしても工事以前は見当たらなかった「カマドウマ」という昆虫、床下に物凄い数が集まっていた。「なぜだろう?」と気にはなったが、とりあえず殺虫剤を噴霧しておいた。いなくなれば良いのだが・・・・。

 「地下に断層があり、ずれて穴が開くんだろうと思うのですが・・・」と業者は言ったが、以前丘のログハウスの持ち主が地質調査をされてその結果を見せてもらったことがあるが、「断層」は調査では見つかってはいない。それよりも地質関係で懸念される調査結果と読んだが、土質の違う層が重なっていて水分を含んだときにその境目辺りで「滑り」が生じかねない物だったような気がする。よって滑った後に空間が生じたり、穴になってくぼ地ができるのだろうと私は判断している。したがって、自然状況が好転して「滑り」が止まれば「陥没」も止まるのだろうが、そうでなければ当分の間は陥没は続くのだろう。「諦め」の心境が必要なのだろう。

 山荘へ着いた時は、周囲はまるで草叢。とりあえず荷物を降ろして、すぐに草刈りに入った。ササユリをかなりの本数植えておいたが、自然消滅したものもあるようだ。数本、花弁が残っているものもあったが、今年もササユリを愛でることはできなかった。また、ホタルブクロが密集して咲いていたが、こちらは邪魔なので草と一緒に刈り取った。草刈りが終わると、山荘の周囲はスッキリとして綺麗になった。見た感じも。とても良くなった。蒜山までの道中ではノウゼンカズラが咲いている様子が見られたが、庭のノウゼンカズラはこれから花芽が育ってくるようだ。丘は涼しいので、花の時期も遅いのかもしれない。

 小林さんの山荘では、テラスの工事と基礎の修復が行われていた。我が家に限らず、山荘の維持管理には金銭が嵩む。また一軒建つのだろう、基礎工事が出来上がりつつあった。今年中には住民が一軒増えて、仲間も増える事であろう。

 時間的に忙しいので、今回は工事の確認に行っただけで、滞在は数時間。昨日の昼過ぎに着き、今日の午前9時には丘を下りた。それでも山荘の涼しさは満喫できた。


アジサイ杯交歓大会

2012年06月25日 16時17分26秒 | インポート

 神石高原町小畠(旧神石郡三和町小畠)にあった三和小学校が統合移転した跡地に、小畠町のG・G愛好家が芝生のG・G場(2コース)を作られた。その後芝生が綺麗に生え揃い、今は緑のジュータンが映える。そのG・G場を使って「アジサイ杯交歓大会」が企画され、今回第1回目の大会が開催された。正確には先週の火曜日が予定日だったが、雨天で本日に延期されたのである。今日も朝から不安定な天気だったが、予報では好転するとのことで決行された。福山を発つ頃には小雨になっていたが、会場では雨もやみ、ゲーム開始の頃には青空も見え始めた。結果的には、素晴らしい大会日和になった。

 1ホール7名の編成で、2コース16ホールだから、総計112名が参加する大会である。芝生の状況は良好で素晴らしいスコアーが出そうだったが、結果的にはそんなに簡単ではなかった。昼食前3ゲーム、昼食後1ゲームの計4ゲーム32ホールで大会は実施された。

 ゲーム進行中、周りではホールインワンが出るたびに歓声が上がっていたが、私は午前中はホールインワンはひとつ。3ゲームトータル61打で終わっていた。昼食時の会話では、一緒に参加した仲間は50打半ばとか50打後半とか言っていたので、「今日は入賞は駄目だなあ・・・」何て思いながらの食事であった。午後からの残り1ゲームは「何とか一ケタで終わりたい」と思いながら、丁寧に競技した。「2打ねらい、悪くても3打で・・・」と無理をせず確実にボールを転がし、最後の2ホールで巧くホールインワンが二つ取れた。トータル11打(4ゲームトータル72打)で上がったが、一ケタではなかったので入賞は諦めていたが、表彰式で「優勝、御幸GG中村隆嗣さん。72打・・・」と呼ばれた時は、さすがにびっくりし嬉しかった。久々の入賞(優勝)である。「諦めず、最後までベストを尽くせば、良いことがある」と、実感した。御幸GGからは11名が参加したので、帰りに道の駅に寄り、お祝いとしてソフトクリームをご馳走した。

 少々暑かったが、充実した一日であった。賞品は「冷凍ハンバーグ20個」だったので、半分の10個を千葉の娘にクール便で送っておいた。


東京出張

2012年06月24日 09時57分42秒 | インポート

 22日の会議に出席するために、21日の午後の新幹線で上京した。東京へ行くことを「上京」と言うのには少々違和感があるが、長年使われている言葉には逆らえまい。21日は千葉の娘の所へ泊る予定で行ったが、「仕事が忙しいので18時50分ころ着くように来て」とのことで、東京駅で時間つぶしをした。夜の京葉線は色々な照明が見えて綺麗である。特に最近開通した「何とかブリッジ」の照明は特に綺麗だった。葛西臨海公園の西側では「屋形船」が移動していた。「情緒ある遊び」で楽しむ人々がいるのだ。また、葛西臨海公園にある巨大な観覧車も照明でデコレーションされ、何とも不思議な光景である。

 指示されたように18時40分には蘇我駅南の交番傍で待っていたら娘がやってきて、一緒に孫を迎えに行った。自宅では孫にウイーに付き合わされて、疲れた。

 22日は東京駅へ10時までに着くように蘇我を出たが、結果的には私が会議開始時刻を一時間間違えていたため、また駅地下で時間つぶしをする羽目に・・・・。会議場所も見つからず仲間に電話して時間の間違いに気付き、彼らが居る喫茶店を探して合流。スケジュールが記載してある手帖を見ると、自分で正確な時間を書いていた。早く確認すれば良かったのだ。

 11時からは「日本宇宙少年団(YAC)」の運営委員会が開催された。旧組織では、今回が最後の運営委員会となる。新しい組織になった後のあり方とか、9月に開催される「水ロケット全国コンテスト」などについて協議した。現況の矛盾点や今後へのあり方など協議内容は多岐に渡ったが、この会議は口を開くと仕事が増える。今日もまた、新たに増えた仕事が決まった。私は現在町内会長職にあり、積極的な関わりが持ちにくいこともあり、部長の職から一部員に替えてもらったが、それでも仕事量は減らない。9月の水ロケットコンテストでは、「競技担当」が割り当てられていた。担当が2名なので、欠席することは適うまい。

 11時から昼食を取りながら続けられた会議は、16時半頃に終えた。17時半からは会場を変えて「財団法人日本宇宙少年団」の理事会が開催された。現行の財団法人の理事職にあるので出席したが、会議の内容は「公益財団法人日本宇宙少年団への移行について」であり、今年の8月1日には正式に「公益財団法人日本宇宙少年団」に組織が変わる。したがって出席する理事会は今回が最後となる。19時半までの時間が充てられていたが、19時前にはすべての議事が終了した。重たい荷の一つが肩から下りた。もう一つの荷「YACの本部運営に関わる委員」が肩から下りれば、本当に楽になるのだが。久しぶりに的川先生にお会いしたが、頗る元気に見えたので安心した。簡単な会話を交わしただけに終わったが、これからもお世話になることだろう。

 理事会終了後、名古屋へ移動する仲間と苫小牧へ帰る仲間と3人で八重洲口地下で夕食を摂り、それぞれがそれぞれの方向へ分かれて行った。私はコンコースで土産「ごまたまご」を購入し、帰りの新幹線で読む文庫本を購入し、京葉線ホームまで移動した。新幹線出口から京葉線ホームまでは、凡そ500mくらいある。地下を歩くと距離感がボケるが、東京駅の地下は本当によく歩かされる。

 23日、今日は帰宅する日。午前中、蒼太の部屋でピアノの練習を見る。部屋の窓側には、付録に付いていたという観察セットで「トマトの水栽培」をしていた。黄色の花は咲いていたが、まだ実になってはいなかった。

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 ピアノのレッスンは「好きでたまらない」ではないようだが、それでも電子ピアノで母親の指導を受けながら練習していた。今日の午後がレッスンのようだった。

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 15時過ぎの快速で東京駅へ向かった。途中からスカイツリーが見え隠れしていたが、さすがに634mの建造物、遠くからでも良く見える。建築中は羽田へ着陸する前の窓越しに良く見ていたが、京葉線からはそんなに見てはいない。「記念に一枚」と思い、新木場駅に停車した時に写したが、少し遠すぎた。大きさは分かるが、シルエットのようで残念だった。

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 東京駅に早く着きすぎたので待合室で休憩したが、思い起こせば21日に乗ってきた新幹線がそのまま掃除後下りとなるのだが、正にその列車に乗ることになる。面白いものである。21日は17時13分着で上京し、今日は17時30分発で東京を離れる。偶然であるが、何となくおかしかった。

 駅弁「深川弁当」を購入して乗車したが、東京を出ると直ぐに食べ始めて品川駅へ着くころには食べ終わっていた。その後は文庫本(上下2巻)を読み続けて、上巻を読み終えるころ岡山駅を発車した。新幹線は予定通り21時12分に福山駅へ到着した。家内が迎えに来てくれていた。ありがたいことと、感謝した。2泊3日の東京出張が終了した。玄関先では、レオがニャーニャーないて迎えてくれた。


ピアノ

2012年06月20日 19時12分27秒 | インポート

 家内と結婚して間もなく購入したピアノ、「KAWAI」製で言えば「国産品」であるが、結婚して間もない私たちにとっては高額な買い物ではあった。昭和でいえば44年ころのことであった。家内が「仕事で是非必要」(家内は幼稚園教諭だった)とのことで、「仕事で必要ならば」と購入したものであった。現職の時は家内も練習などで弾いていたが、仕事を辞めるころからはピアノを弾く頻度も低くなっていた。最近ではほとんど弾くこともなく、ピアノの蓋さえ開かない日が続いていた。したがってここ数年間は調律さえ実施していない。そんな時、千葉に住む孫がピアノを習っていて、「段々に興味が湧く」ということで購入は別として楽器店に行ったらしい。そこで「ピアノっていいなあ」と言うことになったらしく、「中古でも・・・」と考え始めたようだ。そこで「もしピアノが欲しいのなら、どうせ中古品を買う位なら我が家にあるものを送ろう」と言うことになり、クロネコヤマトの見積もりを取った。「送料・クリーニング代・基本調律料金が110250円」という見積もりだったので、早速必要経費を振り込んだ(先に代金を振り込むこと、と言われて)。振り込みの確認の後ピアノ業者に連絡されて、業者が本日ピアノを引き取りに来られた。業者はピアノの配送が専門のようで、岡山から山陽道を通って来られたようだ。大人二人で担がれて搬出し車に積載されたが、担ぐのに“コツ”があるのだろうがなかなか大変な作業である。若くて元気でなければ適うまい。これから岡山の店舗に持ち帰り、それからクリーニングされるとのこと。4~5日かけてクリーニングし、その後送付先の千葉市へ搬送すると言われた。先方へ搬入し、指定された場所に置いた後に調律されるようだ。

 昼過ぎまでピアノがあった空間が、ピアノが無くなると実に広々と感じる。感じるだけではなく、現実に床面積が広くなった。ピアノの上や陰に隠して置いていた色々な物を、取捨選択して片づけなければならない。

 色んな意味で40余年存在したピアノであるが、無くなれば何となく寂しさもあるが、孫がしっかり弾いてくれればそれで価値はあるだろう。これからは福山ではなく、千葉でこのピアノは命(?)を長らえることであろう。これまで・・・感謝!である。


カボチャの花

2012年06月19日 07時53分58秒 | インポート

 我が家では、毎年「坊ちゃんカボチャ」という種類のカボチャを植える。今年も苗を3本購入して植え、種で芽生えた苗と合わせて4本植えた。順調に育ち、育ち始めの頃は雌花が咲いても雄花が咲かず、受粉させるのに苦労した。それでも数個の実をつけたが、つるが伸びてカボチャが占める面積が広くなった最近では、沢山の花は咲くのだが雌花が殆んどない。雄花・雌花がバランスよく開花することがないので、ミツバチが飛び回ってはいるのだが受粉できない。その分、収穫数が増えないのが困る。

 今朝は台風4号の影響で昨夜からの雨が降り続いていたが、雌花が一つ開花していた。雄花は数多く咲いていたので、花粉が出ていて雨に濡れていないものを探して受粉させておいた。久しぶりの雌花だった。

 梅雨入り以来、そんなに日照りが続いてはいないし、適当に雨量は少ないものの降雨はあった。そこへ台風4号の影響での雨、作物にとっては恵みの雨だろう。挿していたサツマイモの苗も、蒔いていた種から発芽したキュウリも、この雨で順調に育つだろう。だが、合わせて草も伸びてくる。カボチャが蔓延っている辺りでは草も元気よく育っているので、雨が止んだら草抜きをしなければ野菜が負けてしまうだろう。

 そんなに広くない畑の管理、この時節は大変である。