示玄

日々の雑感

半世紀年表

2021-02-03 07:59:55 | 日記


 <昭和ノスタルジー>
 山裾の家屋は炭焼き、山林の手入れなど便利なところであった。
段々畑で作る桑の木で養蚕も大きな収入源、桑の下には大豆などの野菜も多く収穫できる。
谷川の水が水車をまわす10戸の共同水車である。
水量の多いときは早く精米できるが、夏場は水が少なく時間がかかる
 蕗の薹が出る春、一番の仕事は風呂、炊事、囲炉裏などの燃料の薪つくりから始まる。
連山の峰に残雪が見え、コブシが咲くと夏野菜の種を蒔けと自然が教える、苗代準備に
田起こし、5月になると養蚕が始まる。
この時代の棚田起こしは牛で行う、マスクのような「くつご」というもので口にあてる。
これは田んぼの淵の草を食べて仕事にならないからである。



 1~2年生のころまで木炭バスがあった。
5cm角くらいのクヌギの割木をくすべて木炭ガスを発生させるのだ、鞴(ふいご)を
廻し火を起こす、木炭ガスを背中につけたタンクに溜めるのである。
出発するまでが大変な作業だ、戦後はガソリンがなかなか手に入らない時代であった。
この鞴を廻すのを手伝うと運転手が少しだけ乗せてくれる・・・
幼いころのかすかな想い出、これは最近見つかった半生記年表の一節。
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