八正道

お釈迦様の言葉とのことですが、常に、これら八つの言葉で
示される正しい道を進むように心がけたいと思います。

「私の杖言葉」について ( おわり )

2005-06-13 05:36:01 | Weblog
 私は毎日一回、「私の杖言葉」36句のすべて(投稿文で述べた説明文は除く)を散歩しながら暗誦しています。
 
 一つの言葉が自分のものとなって、生活の場で自由自在に活用できるようになるまでには、その言葉を1000回唱える必要があると言う人もいます。(「齊藤一人の絶対成功する千回の法則」・講談社)。この「千回の法則」に従えば、私がこれらの杖言葉を自分のものとするためには3年かかることになります。

 私は3年後に、杖言葉というものがどのように役立つことになるのかまったく分かりませんが、とにかく一日一回の暗誦を続けようと思っています。

 この他に、私はある一つの個人的な夢を持って読書も続けておりますが、この先自分がどのように成長していくのか楽しみです。

 人間とは楽しみながら生活しておれば、健康も維持できる、といわれますので、理に適った生き方ではないかと、密かに自己満足しています。
 
生活の場で常用する杖言葉
 
 私は機会ある毎に、事前に次の句を暗誦して心の態勢を整えることにしています。
 ( )内の数字は「私の杖言葉」として投稿した番号を示します。
   
 ① 心を整える (34)
 ② 黙養  〈喋り過ぎないようにすること〉 (9)
 ③ 不戯論 〈余計なことは言わないこと〉 (4)
 ④ 守正念 〈正しい考え方をすること。八正道を実践
         すること(注)〉 (3) 
 ⑤ 當陽の一突 周遮を絶す  〈プラス思考で明るく
                 楽しく振舞うこと〉 (2)
 ⑥ 道は開ける 〈この言葉を信じて行動すること〉
                           (35)
 ⑦ 従法不乱 〈世の中のルールに従うこと〉 (23)
 ⑧ 廓然無聖 〈平等意識に徹すること〉 (7)
 ⑨ 応無所住而生其心 〈物事にとらわれたり、こだわっ
       たり、かたよったりしないこと〉 (10)
 ⑩ 軽安 〈身も心も軽やかに快適にするよう心掛ける
       こと〉  (22)
 ⑪ 格物窮理・居敬存養 〈物事の道理をよくわきまえ
      て、自分も他人も大切にすること〉 (19)
 ⑫ 己事究明 〈自分はこの世に何をするために生まれ
      てきたのかということを自覚すること〉 (20)

注:「八正道」とは正見・正思・正語・正業・正命・正精進・正念・正定 をいう。
  その意味は次のとおり。
  正しい見方をする。正しい決意をする。正しい言葉を
  使う。正しい行ないをする。正しい生活をする。
  正しい努力をする。正しい信念を持つ。正しい心を
  整える。

私の仗言葉 ( 36/36 )

2005-06-11 04:11:00 | Weblog
36 遠離一切顛倒無想
      ( おんりいっさい てんどう むそう )
 
これは般若心経で唱えられる言葉です。

言葉の意味

 「顛倒」という言葉の意味については、「岩波 仏教辞典」によると次のとおりです。

 「常楽我浄」という否定されるべき四種の見解を 〈四顛倒〉 という、すなわち、”無常であるのを常と見、苦であるのに楽と考え、無我であるのに我ありと考え、不浄なものを清浄と見なすこと。” これを「顛倒」という。(常楽我浄の項・p447)
 つまり私たちが日常生活の中で抱く普通の考え方や感じ方は、真理とは逆である場合が多い、と仏教では指摘して戒めるのです。

私の解釈

 表題の言葉について私は次のように解釈しています。

 普通、自分たちが考えたり感じたりする常・楽・我・淨についての見解は、ことごとく思い違いしていることが多い。このような考え方や感じ方を真剣に受けとめることも必要であるが、しかしある程度の時間が経過した後は、できるだけそのことから離れること、少しは関心を持ちつつも、表面的にはそれを無視して、全く別の行動を起こすことである。

 そうすれば、いずれ正しい考え方や感じ方が頭脳の中からにじみ出て来るのである。
 すなわち、頭脳内では思索活動の営みが無意識的に続けられ、時間が経過してから、自然の流れに従うような形で正しい智慧が導き出されてくる、と思うのである。

 (更に、脳科学者の言を参考にして言わせていただけば、人間の頭脳には、概念構成が実行可能なプログラムがあらかじめ組み込まれているコンピューターのような能力がある。
 そのプログラムは先祖代々受け継がれて来たものも含めて、生まれてから現在に到るまでの間、人生経験に応じて修正されつつ更新されて来たものである。しかもそれは、今現在も休まずバージョンアップ中である。と私は考えます。)

私の活用法

 たとえば 「苦しい、苦しい、このような状態から早く脱け出したいものだ」という嘆きは、これを、落ち着いて良く考えて見れば、実は、将来のために意義あることであり、むしろ積極的に経験を積むべきことであるというような考え方に変わる場合もある。

 だから、苦しいとか楽しいとか、常であるとか不常であるとか、我があるとかないとか、不浄であるとか清浄であるとか、というような皮相的な考えにとらわれたり、いつまでも執着したりせずに、一旦それから離れて、時間をかけて、その真理を導き出すことが肝要である。

 そのためには、常に「八正道」を心掛けなければならない、と私は考えています。

 以上で五月四日から投稿してきました「私の仗言葉 1~36」を終ります。
 次回は、「おわり」に当たっての駄文と私が常用している「仗言葉」をいくつか述べる予定です。

私の仗言葉 ( 30 ~ 35 )

2005-06-09 04:11:46 | Weblog
30 大木は根元が太く、地中深くに根を張り巡らせているため、大風が吹いても、その幹はビクともしない。

 自分もそれを見習って、精進努力を続け、何事が起こっても心の底はビクともしないような人間になりたい。
 (ここでいう 「精進努力を続ける」とは我慢強く勉強を続ける、という意味)

31 棄恩入無為 ( きおん にゅうむい )

 「何も手を差し延べないで、じっと見守ることが、報恩になる。」 という意味。

32 紅炉に一点の雪

  直ぐに消えて無くなるということを、たとえて表現した言葉。
  だから、うわさなどは、何事も気にしなくともよい、という意味。

33 大空に一片の白い雲

 上記と同じ

  (この言葉に付け加えて、相馬御風という人の歌、

  「大空を 静かに雲は流れ行く、われも静かに生くべかりけり」を口ずさみます。)

34 心を整える

35 道は開ける


私の仗言葉 ( 24 ~ 29 )

2005-06-07 05:39:58 | Weblog
24 水 は 方 円 の 器 に 随 う
   ( 出典は『韓非子』 )

 「水というのは、丸い器に入れると丸い形になり、四角な器に入れると四角な形になる。相手に逆らわず、相手の出方に応じていかようにもこちらの態勢を変えていく、そういう柔軟性を持っている。」(「老子の人間学」守屋洋著 p20より)

 しかも水はその本質を変えない。

 また水は流れの途中で大きな州や岩などのような障害物に出合っても、それらを乗り越えて進み、ついには自分の目的地である大海へと到達する。

 人間も如何なる環境にも順応し、しかも自分を曲げないで生きたいものです。

25 普 等 三 昧 の 境 地
   (『四十八願講義』金子大榮著・法藏館より)

 私の活用法 : 人間は、皆、平等である、という心境に
         徹すること。

26  所 須 厳 浄 の 願
     (『無量寿経』四十八願の中の第27願 )

 私の活用法 : 全ての物事に対して真剣に取り組む
         ように心掛けること。

27 随 意 聞 法 の 願
     (『無量寿経』四十八願の中の第46願 )

 私の活用法 : 何事に対するときにも、その真実、
         あるいは真理を読み取るように心掛ける
         こと。

28 転 識 得 智
   (『四十八願講義』金子大榮著・法藏館より)

 私の活用法 : 十分に時間をかけて、知識を智慧に
         転換するよう努力すること。

29 普 賢 の 徳
   (『四十八願講義』金子大榮著・法藏館より)

 私の活用法 : 智慧を働かせるように心掛けること。


私の仗言葉 ( 19/36 ~ 23/36 )

2005-06-05 09:02:31 | Weblog
19/36 格物究理、居敬存養

 物事の道理をハッキリとわきまえたうえで、自分も他人も、それぞれの人格を尊重すること。


20/36 己事究明

 自分はこの世の中で、何をするために生まれてきたのかということをハッキリ自覚すること。
 自分は両親や多くの先祖から「愛」と「光」を 授けられて生まれてきたのである、と自覚して生きること。


21/36 横 超 (おうちょう)  

 これは親鸞聖人の言葉であるとのことですが、私は次のように活用しています。

 横に飛び越えて、第三者の立場に立って自分を観察すること。

 誠心・誠意を尽くして誠実に行動しているか。

 「自ら省みて直くんば 一千万人といえども 我行かん 」 という心境に徹しているか。

 毎日、坐禅に打ち込む時間を確保しているか。


22/36 軽 安 (きょうあん)

 身も心も軽やかに、快適にすること。


23/36 従法不乱
  
 常に、世の中のルールに従って行動すること。