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Symphonyeel!(シンフォニエール!)

ようこそ。閲覧者の皆さんとのメッセージが響き合う場となってほしいナ―という想いで綴ってます

20th Movement 「天使と悪魔のブレー」 ②

2007-08-17 10:49:42 | SWEET SWEET SUITE
Bourree2
【今は素直に彼らをイイなと思っている・・
でもこの気持ちは必ず変わるんだ
羨望は嫉妬に変わり そして嫌悪になる
オレはある そーゆうの 嫌うコトでなかったものにしてしまう
本当は一番望む場所なのに 拒否するコトでその気持ちを相殺するんだ】
(湾岸ミッドナイトより 萩島のセリフ)

羨望:うらやましく思うこと
嫉妬:愛情や幸せなどが、他に向くのを妬み恨む感情。やきもち。
嫌悪:きらい、憎むこと

ブレー①に記した「ルシファーの嫉妬」を改めて引用しよう。
「神は森羅万象すべての物を創造したとされるが、その中には人間もあった。人間は天使の姿を模して作られたとされていて、神は人間に天使以上の愛情を注いだ。当然の如く、それに反発したのは神から最も信頼を得ているとされる大天使ルシファーだった。天使は炎から生み出され人間は土塊から創造される。人間は天使ほどの権威も無ければ力も無いのだ。ルシファーは明らかに自分達より下位な存在であるのに神から寵愛を受けている人間に怒りを覚えた。そして神により強い愛情を抱いていた彼はその怒りを嫉妬心に変えた。また、彼の嫉妬心は神への怒りにも変わった。そのため、同志である他の天使と共に神に挑んだが、結局は敗北し堕天されてしまう。その後、地上へ堕ちたルシファーは寵愛の対象となっていた人間に挑戦するようになった」とされている。
私の奥底にも似たような心理がときどきある。
「自分はまだいいか」とプラスに捉えるのではなく、「自分よりも上の人の方がいいに決まっている」ととる。常に自分を下において、風下にたっていよう、そう考えてしまう。


恋を例に挙げてみよう。密かに想いを寄せている人が別な人と仲よさそうに話をしているとする、気になったりもするだろうし、それだけで胸が切なくなったりも・・そういった「嫉妬の感情」が生まれる。そんな瞬間は多くの人にあることだろう。
でもどうしたらいいかわからない・・・
また、その人が相手のことを好きだということがもうわかってしまっていれば、あるいは、結婚を前提にお付き合いをしているのであれば、もうはっきりとわかる。「失恋」という文字が浮かんでしまうのだ。
どうがんばったって変わらない、あきらめるしかない―と。

【たとえば 人は・・・  より高く より遠く より速く 
つまり もっともっとという欲求がある
それは動物にはない 人間だけが持つ 何かを追い求める気持ち・・・つまり欲望だ
一歩間違えれば 全て失ってしまうのに・・・(以下略)】
(湾岸ミッドナイトより)

「失う」というコト・・・失恋、失業、失望、そう、一歩間違えれば失ってしまうのだ。
特に、失恋に関しては恋そのものに含まれる、淡く、ロマンティックなイメージも少しはあるかもしれないが、当人の中にあるのは嫉妬から来る虚しさ、悔しさ、怒り、絶望・・・そういったマイナスの波動が押し寄せてくる。
とある楽章にも書いたが、「世の中のあらゆることは相対的」なのだ。
得るものと失うもの、「表と裏がある」のだ。

そして、追い求めていたもの、望んでいたものを失う、無くす、という局面になった時に、人は考える。
―自分はいったいどうしたいのか、どうすればいいのか―と
―私の存在意義って何―?と
その気持ち・考えを上手くカヴァーしきっているヒトや、どことなく醸し出されるすばらしい雰囲気を持ったヒトは「存在に対する『適度な自信』」が備わっているからだという。
しかし、あまりのつらさを背負ったとき、ヒトという動物はその持っている思考能力を失う、ほとんど全てなくしてしまうことだってある。そしてその不安を一度心に覚えてしまうと「自分はこの世に居ていいのだろうか」という域にまで達してしまう。
そんな理由も重なって、今私は、音楽を奏でることを忘れてしまっている。
それまでは、決められたルールや約束事なんてなくても、互いがそれなりに上手く噛み合い、仲間となり、高め合い、そして同じ音楽を奏でる大切な仲間、だった。しかし私は、とあることがきっかけで、その集団を離れてしまった。退職というカタチで離れてしまった今までの職場も、だ。
本当はもっともっと、みんなに近づいて、愛し、愛されたいのにそれを忘れようとするがために、別な方向に「努力のベクトル」を向ける。何も知らない相手は「そうすることがお前の望みなのか―?」と聴いてくるかもしれないが、私は一概に「No」と言えない。
心を偽ることが実は本当のコトの様に思えてくるようになる。
何かに夢中になっているときなどはその不安はまったく出てこない。不安から抜け出すには自分が夢中になれる何かを探せばいいのだが、それには何かとお金がかかるものなのだ。悲しいかな、人間は車と同じように、生きれば生きるだけ、何かをすればするだけお金がかかる動物であるから。

「羨望→嫉妬→嫌悪→拒否」の流れに乗るのは、単純に自分を大事にするがためにすることではなく、ましてやヒトを愛することを完全に忘れるためにする行為ではない。
まずは・・・そうならないように、つらくても自分の気持ちで「昇華」させなくてはならないとは思う。

しかし、だ。
ある一方でこういう捕らえ方も出来る。
拒否することで相殺するのは『その人なりの防御方法なのだ』いう見方だ。
そうするコトで心のバランスをとる―
登校拒否やストライキがいい例だ。問題が複雑すぎて、簡単に解決できない場合はつらさに耐えているがために起こる心身の疲れを癒し、その間に真相究明や対応を考える―
これだけ人間関係が複雑化してしまい、稚拙な対応も目立つ世の中だ。
もちろん、相手に心配を掛けることにはなってしまうが、迷惑は掛けない。
そして、それはそれで「大切なこと」なのだ。
単純にルシファーが堕天した有様だけを見る限りでは「あ~ぁ、ナニやってるんだか」という目で見るヒトが多いかもしれないけれど、その「心の中身まで推測してみると、単純にそういえるの?そう思えるの?」と逆に問いかけてみたい。
ルシファーは神に挑んでいるそのとき、どう思っていたんだろう―?と。

【基本的に 人は人 自分は自分、が大事なんだ
結果としてはぐれるときがあっても まぁいいじゃないか
人の中で較べて違う自分でいたい じゃあなく ただ素直に私でいたい それが大事だ
「人は人 自分は自分」 自分の尺度で人を判断するな、と】
【例えば 目の前の人を正し、押しのける
大事なことは自分を通すことなのか・・
大事なモノはいつでも その向こう側にあるんじゃないのか―】
(湾岸ミッドナイトより 山本和彦とユージの父の言葉)

その行為の中で「自分が何を学ぶべきなのか」ということを考えるということが必要なのだ。
上記の萩島の想いを単純に「逃げ」「弱いヤツ、情けないヤツ」などのマイナスイメージでとった人は、私のとった別な視点で考えてみて欲しいと思う。
「大事なモノ」がなんなのかを探すために―その手でつかむために―

19th Movement 「天使と悪魔のブレー」 ①

2007-08-12 12:04:21 | SWEET SWEET SUITE
Bourree=(仏)ブレー(ブーレー)。
舞曲の一種。17世紀のフランスの舞曲で、おそらくオヴェルニュ地方から出たものと思われる。通常、速い2拍子で、1拍の上拍を持つ。

Bourree1
「悪魔ってつまり追放された天使ってコトでもあるわけだしな 神に反逆して天から堕ちた天使=悪魔 外国ではよくその考えをする  考えてみればチューニングもどこか反逆の証・・似てるじゃないか
『明けの明星』ってあるだろ つまり金星(ヴィーナス)のことなんだが・・実はそれはルチフェル(悪魔)という呼び名もあるんだよ
ルチフェルは追放された最高位の天使であり孤高の天使・・そして永遠の反逆の天使だ」

「明けの明星は別名ルチフェル 神に反逆した堕天使だ 【ルチフェルは堕天使の頭領(ドン)だけど孤高の堕天使なんだ
だから 東の空にひとりで輝く
簡単に言えば天は教会 教会は社会だ 天使は信者であり信者は市民
逆らったものは追放される」
(「反逆者は追放か・・」とSPEED FACTORY RGOの代表・大田和夫)

「そうなる じゃあ反逆ってなんだろうと思ったわけよ 結局自分の意見を言った者なのか 自分の意思を示した者は反逆者か・・と】」
「若い頃よく違反キップを切られたよな マフラーひとつ換えただけでも捕まった(☆1)
【なんでダメだといつも思ったのよ 車の性能を追求するコトはすべて悪なのか
日本の車社会にはチューニングの精神は永遠に生まれない オレはそう思った ・・だけどそれは違うと今になってわかったよ
切られても切られても走っていた あの反逆の心 あれこそがチューニングの基本精神だと】」
(コミック「湾岸ミッドナイト」より アキオの悪魔のZを見た後RGOを訪れた、宣教師の父を持つ吉井のコトバ)
☆1:この時代は1970年代前半にあたり、車の改造に関してあまり寛容ではなかった時代だった


明けの明星(または宵の明星)は、金星の別名である。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』で検索してみるとこのようなことが書かれていた。

『公転軌道が地球より内側の金星は、天球上では太陽の近くに位置することが多く、最大離角は約47度・最も見かけ上の明るさが明るくなるときの離角は約40度である。普通はそれでも太陽の強い光に紛れて金星を肉眼で確認することは簡単ではないが、夜明けや夕暮れ時など、太陽が地平線の下に隠れて空が暗くなっている間に、金星が地平線上に現れていることがある。その最大光度は、1等星の約170倍にもなり、まだ明るさの残る空にあってもひときわ明るく輝いて見える。その夕方の西天に見えるものを「宵の明星」、明け方の東天に見えるものを「明けの明星」という。(ここの所は理科の授業で習ったはずなので思い出してほしい)
その神秘的な明るい輝きは、古代より人々の心に強い印象を残していたようで、それぞれの民族における神話の中で象徴的な存在の名が与えられていることが多い。また地域によっては早くから、金星と同一の星であることも認識されていた。
ヨーロッパでは、明けの明星の何にも勝る輝きを美と愛の女神アプロディテにたとえ、そのローマ名ウェヌス(ヴィーナス)が明けの明星すなわち金星を指す名となった。
キリスト教においては、ラテン語で「光をもたらす者」ひいては明けの明星(金星)を意味する言葉「ルシフェル」(Lucifer=ルシファー・ルチフェル)は、他を圧倒する光と気高さから、唯一神に仕える最も高位の天使(そして後に地獄の闇に堕とされる堕天使の総帥)の名として与えられた』

また、堕天使(だてんし)とは、もともとは天使の身でありながら、『高慢』(☆1)、『嫉妬』(☆2)、自由意志などの理由で、主である神に反逆した結果、天界を追放された者のことを指す。
ちなみに、堕天使は悪魔と同一視されることが多いが、厳密に言えば意味は違ってくる。 堕天使は前述したように天使の身でありながら、神に反逆し天界を追放された存在という直接的な意味。一方の悪魔は神に反逆したモノ、人を悪の道へ導く者・地獄に存在する者、という、神へのアンチテーゼ自体を示したような意味を持つらしい。

☆1:強大な権威と力をもつルチフェルに「自分は神をも凌ぐ力を持っているのではないか」という驕りが出てしまったがため、味方となる天使を集め神に対して反旗を翻した。が、敗北しルチフェルとその仲間は堕天されてしまう、というもの

☆2:神は森羅万象すべての物を創造したとされるが、その中には人間もあった。
人間は天使の姿を模して作られたとされていて、神は人間に天使以上の愛情を注いだ。当然の如く、それに反発したのは神から最も信頼を得ているとされる大天使ルシファーだった。天使は炎から生み出され人間は土塊から創造される。人間は天使ほどの権威も無ければ力も無いのだ。ルシファーは明らかに自分達より下位な存在であるのに神から寵愛を受けている人間に怒りを覚えた。そして神により強い愛情を抱いていた彼はその怒りを嫉妬心に変えた。
また、彼の嫉妬心は神への怒りにも変わった。そのため、同志である他の天使と共に神に挑んだが、結局は敗北し堕天されてしまう。その後、地上へ堕ちたルシファーは寵愛の対象となっていた人間に挑戦するようになった、というもの。


さて、前置きが長くなったが、反逆とは「主君や仲間に背くこと」である。「独自の考えを固く持っていて、世間一般の風習に従おうとしない人・わざと一般にそむいた態度をとる人間」をさして〔反逆児〕という言葉もある。
わたしは、「悪意で以って人を困らせるためにわざと人と違ったことをすること」は好まない。だが、自他共に言われるコトなのだが、往々にして人と違ったこと…「時間が少し余っているから他の人がやっていなかった、出来なかったところを仕上げよう」とか「型通りやらなくちゃいけないのは確かだけど、その過程においては『もっとこうすればいい』という我流を少し入れてみよう」とか、こと福祉の世界で生きていたときは「同じ『やる』なら本腰いれて、習ったとおり丁寧にやろう」とか、そういう想いが強い。〔反逆児〕だ。
また「こうありたい、そうありたいという最良・最高の状態」「こうあるべきだという、『すべき思考』」も強い、ある種の『理想主義者』だと思う。もちろん、全ての事に・全ての場合において、ではないけれど、こと就労の場面においてはその思いが強い。「やりゃぁいい」「すればいい」「まぁいっか」というのはどちらかといえば好まないタイプの人間なのだ。
でもそれは「出る杭は打たれる」ということわざどおり、反逆者として叩かれる・バッシングを受けることが多い。

それに対し、「生身の人間とのお付き合い・相手があることにおける『気持ちのかけひき』」や「人生を大きく左右すること」など、別な部分においては、いつもマイナスの状態を心に描いてしまう。ちょっとしたことで根拠もないのに悲観的な結論を出したり、何かよくないことが起こったときに自分に責任がないようなときでも自分のせいにしてしまったり、自分の失敗を過大に考えてしまったり、たった一つのよくないコトにこだわってそればかりくよくよ考えて現実を見る目が暗くなってしまったり…そういう気持ちがよく現れる。そして、人を、世の中の流れをどんどん避けていき、結果「反逆する」というコトになる。
上記の二重の意味での「反逆」―こういう私のような考えを持つ人間は得てして「認められない」「この世では生きていきにくい」人間だととられがちだろう。

文中に登場するRGOの大田和夫は過去にこう語っている。
【チューンドカーはレースカーじゃない。モータースポーツなんかじゃないのヨ。
絶対に認められない・・―いや 認められることさえ拒否する非合法な公道上の行為なんだ】
(湾岸ミッドナイト コミックスvol.10より)

大田は、チューニングショップ運営のサーキットでの走行会などを「理解しつつも完全に受け入れることは出来ない」のだ。チューンドカーとその乗り手は「公道上でこそ真価を発揮しなければ意味がない・非合法なのは承知の上で、命をのせられるマシンに車を仕上げ、命を掛けて走ることこそ、特別な世界が見えてくるのだ」と考えているのだ。
単純にパワーをあげるだけでなく、広い意味で「純正状態と味を変える」「自分に合う姿に調律する」という車のチューニングは、「よりよいものを追求しようと、粛々と挑む」姿勢に似ている。それが、所属する集団・社会において「反逆行為」「悪魔となってしまう」ことであっても、その中から天使のいる世界で通用する小さな大切なものがある、きっと見つかる、と信じてやる行為なのだ。
天使のいる世界でそれなりに流れにあわせつつも、自分の秘めたる想いをどこかで信じ、貫き通し、悪魔になる。
だから、悪魔と天使は、本当に広い意味で、どこの世界においても紙一重なのかも知れない。
潤滑円満な流れだけを重視しがちな現代社会においても、悪魔が居たから・悪魔の行いがあったからといって単純に追放せず、その中に、隠れた真価を見つけることこそが大切なのである。
キップを切られても切られても=バッシングにあってもあっても、追い求める。私はその堕天使の姿の「孤高」というコトバ、意味が好きだ。シネマレビューのとあるところにも書いたが、「『孤高』=周囲から一人かけ離れて高尚な理想を持つ事」ってゆーコトバがあるように、流儀とかそういったものが俗っぽくなくて、それを理想として、大切にして生きる・・・認められることは簡単ではないが、地道に努力し、実力を磨いていればきっと気づいてもらえるはずだ、と信じたい。
そういう人材はいつかどこかで…認められる、最高の潜在能力を発揮する、そういう世の中になって欲しいと願う。


【光ったナイフは草原の中に捨てられても、いつか人が見だすものだ】
(真宗大学学長 清沢満之〔きよさわまんし〕)

あなたになら言える秘密のこと 原題『The Secret Life of Words』

2007-08-10 21:26:53 | シネマレビュー
【ストーリー】
心に受けた深い傷を『秘密』として封印している女性、ハンナは、友達も作らず一人ぼっちで生きてきた。単純作業を繰り返すだけの職場と、若い女性の一人暮らしとは思えない簡素なアパートとの往復を繰り返す毎日―時折、カウンセラーのインゲに電話をかけるものの、無言で電話を切ってしまうという状態。
ある日、「働きすぎだ」という理由から、職場の上司(工場長)から無理矢理一ヶ月の休暇を取らされてしまったハンナは、バスに乗って見知らぬ街へ向かう…その先で看護師を探しているというとある男の会話を耳に挟み、油田掘削所の事故で重傷を負った男の看護をすることになる。
男の名はジョゼフ。数箇所に大きな火傷を負い、一時的に視力も失っている。そんなジョゼフは、会話だけからハンナのことを知ろうとするが、ハンナは自分の過去を何一つ語ろうとしない。しかし、それでもジョーク交じりに彼女と会話を交わすジョゼフに引き込まれていくハンナ。やがて、事故の原因でもあるジョゼフの辛い過去を知る事になるハンナは…。

【主演・作品情報】
サラ・ポーリー(ハンナ役)/ティム・ロビンス(ジョゼフ役)/ハビエル・カマラ(サイモン役)
脚本・監督:イサベル・コイシェ

【コメント・感想】
公開最終日、「ただ、君を愛してる」を観せてくれた先輩に、たまさか完全Offの日に誘われて見に行った映画です。
当然ながら、タイトルも劇場に行って初めて触れましたし、どんな映画かすら知らないまま席に座る事になったのですが、ただラッキーな事に、この映画は「『死ぬまでにしたい10のこと』のスタッフがサラ・ポーリーの主演で作った」映画だったのです。実は私は数週間前、「死ぬまでに…」をレンタルビデオで借りてみていたのです。
これは、運命的な出会いだったのです。
本当に衝撃的な、「サラ・ポーリーとの再会」でした。

テーマ、キーワードは「孤独」と「秘密」。
とにかく静か。そして悲しいお話です。でも、そこかしこに「熱いもの」「人間の強い想い」を感じる作品です。
「秘密=Secret」という言葉にやはりとても惹かれるのですが、「秘密」というコトバが出てくる映画は、これが初めてではないハズです。しかしながら、この「秘密」はとてつもなく重い過去だったのでした…!
はっきり言いましょう、「死ぬまでにしたい10のこと」よりも数倍パワーアップしています!!とんでもないコトになってますヨ、この映画は―!

物語の前半は、ハンナの寂しい日常が描かれます。
そして、ジョゼフに会うハンナ。お互いの傷の痛みを感じながら心を開いていく姿は、痛々しい場面もありますが、あたたかいモノも感じました。
この映画は「語りと表情」で訴えてくるような作風になっているので、一人称で語る朗読モノとは違う感情の出し方が見事!寝たままの出演が多く、しかも目が見えないというジョゼフを演じるティム・ロビンスはすごいです。そしてハンナを演じるサラ・ポーリーも。圧巻はやはりラストシーンです。

演出について触れると、まず音楽がいろいろ流れていて、一見寂しい映画の中でアクセントを与えてくれる要素の一つになっています。その音楽といえば、調理師のサイモンは、色々な国の料理を、その国の音楽をかけて作るという流儀を持っています。そのサイモンも「いい味を」出している人物の一人です。あと、海洋学者のマーティン、アヒルのリサも。最初はアフラックのアヒルに見えて、けなげでかわいいって(笑)思っていましたが、動物だからこそ惹かれるんです。「こんな(油田掘削所という)ところにこんな生き物が・・・」と。
また、物語のところどころに、謎めいた少女の語りが現れます。それが何を意味するのか、あれは誰の声なのか、誰の気持ちなのか、それは何度か観て改めて考えたいと思いますが、不思議な魅力があります。


「孤独」というコトバにあなたは何を思うでしょうか。
「一人でいる」というのだけが何も孤独というだけではありません。大勢の中にいても孤独を感じるときもあるでしょう。
小さな誇り、引けないプライド、それは誰にでもあるでしょう、でも単に「プライドが高い」っていうのと「一人が好き」「孤独に生きている」っていうのとは違います。
孤独に生きているヒトは、単に一人でいるだけのヒトもいるかもしれないけれど、大事にしているもの、心にしまってあるもの、温めているものが、たまたま受け入れられなくて、仕方がなくそうしているヒトもいるでしょう。
「孤独なヒト」「心に傷を抱えたヒト」は単純にそんな風に生きているわけじゃあないのです。
「『孤高』=周囲から一人かけ離れて高尚な理想を持つ事」ってゆーコトバがあるように、流儀とかそういったものが俗っぽくなくて、それを理想として、大切にして生きているヒトって世の中にいっぱいいると思います。それは誰にも負けない熱いものだったり、反対にすごく辛いものだったりするわけで。そういうヒトが、この映画の舞台である油田掘削所には多く登場するのです。

明るめの映画が好きな方には向かないかもしれませんが、必見の価値は大アリ!です。心の片隅にいつまでも残る良い作品だと思います。好きか嫌いかはまた別の問題として、「秘密」が何なのかを知ってしまい、エンディングを迎えたときは、涙を通り越してしまいます。
「過去は消えない―」とよく言います。時間しか解決してくれないものもあるかもしれないけれども、ハンナの過去はあまりにも重すぎて、真の意味での解決はできないと思うし、カウンセリングを受けたところで一瞬の安らぎしか得られないかもしれないでしょう。
けれど、たった一人でも心の底から信頼できるヒトがいたならば、多少の持続の安堵感が彼女に与えられたかもしれません。
つまり、「誰かと共有すること」の大切さです。
それは、誰も…カウンセラーのインゲ(この人は唯一実在する人物です!)すらも開けられなかったハンナの心のカギを開かせる作用がある、そんな感じでしょうか。

ただ、映画を観た後、改めて邦題を見てみると、ちょっとギャップがあるようで、軽くなってしまうような感じもします。あと、映画という時間枠で、あの気持ちの通じ方は難しいと思います。でも、それがこの映画の魅力となっているのでしょう。場面に出てこないところで、いろいろな通じ合うモノがあったのでしょう。
そんな思いを馳せる事もできる映画作品です。


あなたは…秘密を心に抱えていますか?
ヒトにはいえない秘密はあれど、ちゃんと面と向かって話せるヒトがいますか?
もし、重大な秘密を知ってしまったら、伝えられたら、その時、どう動きますか?

そして…
あなたは、泳げますか?―もし、その答えがイエスなら、人間がもし、涙で部屋を溢れさせるくらいに泣いてしまったら、その中を、泳ぎきれる術・自信はありますか?

死ぬまでにしたい10のこと(脚本・監督:イサベル・コイシェ)

2007-08-10 21:20:48 | シネマレビュー
【ストーリー】
23歳のアンは、失業中の夫・ドンと、2人の娘・ペニー、パッツィーとトレーラー暮らし。彼女の毎日は、大学の清掃の仕事と娘たちの世話で過ぎていく。ある日、ドンが娘たちを学校へ送っていった後、アンは突然の腹痛で倒れてしまう。
病院に運ばれ、検査を受けたアンは、医師から卵巣から始まったガンを宣告され、余命2、3ヶ月だと告げられた。アンは細胞が若すぎたため、転移も早かったというのだ。
トレーラーに戻ると、1年がかりの工事の仕事が決まったドンが喜んでいる。アンは、病気のことを内緒にしたまま、夜更けのカフェで「死ぬまでにしたい10のこと」をノートに書き始めた…。
その「秘密のリスト」は少しずつ実行されていくのだが―。

【主演・詳細情報】
サラ・ポーリー(アン役)/マーク・ラファロ(リー役)/スコット・スピードマン(ドン役)
製作年:2002年
製作国:カナダ スペイン
時間 :106分
原作 :イサベル・コイシェ「あなたにいえなかったこと」

【コメント・感想】
和訳のタイトルを見た瞬間、見たい!と思った映画でした。個人的には原題そのままでもいいカナとも思いましたが―

大学時代、いじめ自殺、生と死の問題について文献を読み、卒業論文を書いた自分、そして、自分ではない他の人の命を直接的に預かる福祉の世界で働く自分にとって、そして、何よりもみんな持っている「命」というものについて、本当に向き合わせてくれる映画です。
やはり、【自分に人生の終わりがわかったら、人はそれまで何をする?】【しかも、それが2ヶ月後だとしたら…?】というテーマを中心に、アンの一人称の語りで物語は進んでいきます。
ですが、死を2、3ヶ月前に控えた人間が、あそこまで孤独と切なさに向かい合い10の事柄を書き綴り、実行していけるかどうか、というのは賛否両論あります。
私は体験・家族等がそうなった経験もないので何ともいえませんが、私だったら、実行したくても心の強さがまだまだ無いので、(これを書いている28歳の今でも)恐怖と生きる喜びと両方を感じながら、少しずつは死に向かって進んでいくでしょう。23歳のアンは、設定上ではありますが、とても芯の強い女性なのではないかと思います。私にはここまではできません。
そして、不倫という、いわば「世間様は『わろし』と取る」行動も、余命いくばくも無いのならば許せるのか―そんな風に思うこともありましたが、人を愛することに善悪なんてホントはないんじゃないかと思います。この場合は「アンが生きていることの実感」の一つのカタチだったのですから―
アンが自分を形に残していくメッセージのカセットテープも印象深いシーンですね。
ハッピーエンドでもなく、壮絶なエンディングでもなく、静かに終わるのもこの映画のしゃれたセンスではないかと思います。
ただ、アンの行動の真逆を、家族、(将来の)妻や愛人にされたら、自分は大泣きして取り乱してしまうでしょうね。きっと。

まずは何をおいても、「死を前向きに受け止めるコト」、「明日、今すぐ死んでもいいように『今を生きる』『死ぬ準備をする』というコト」―
これを学ばせてくれる映画作品です。
見終わったあと、ふと、浜崎あゆみさんの「Hana」という歌の歌詞の一部分が頭をよぎりました。

【例えば今 急にここから姿を消したら
一人くらい探そうとしてくれたりしますか
見つかるまで 人は優しいものと
信じながら待ってていいのですか】

あなたは、余命2ヶ月と告げられたら、何をしますか―?
それを人に告げますか―?
いきいきと生きるために、どうしますか―?

ピアノの森(監督:小島正幸)

2007-08-09 22:40:54 | シネマレビュー
【ストーリー】
深い森の中にある、一台のグランドピアノ―
それはかつて天才と謳われた持ち主が手放し、森の奥へと捨てられたピアノだった。
主人公の小学校五年生の少年・一ノ瀬海(いちのせ かい)は、幼い頃にその「森のピアノ」と出会い、音を紡ぐということを覚え、そのピアノに育てられ、愛されていた。
季節は夏のはじめ。海は、ピアニスト志望の転校生の少年・雨宮修平(あまみや しゅうへい)と出会う。修平の奏でる音は、全く隙がなく、彼は、ただひたすらに「完璧な音」を求め続けていた。
しかし、一方で、彼は「ピアノを愛することを忘れてしまった少年」でもあった。
そして、森のピアノの持ち主であった、天才ピアニストという過去を持つ男・阿宇野壮介(あじの そうすけ)。

「森のピアノ」に魅せられた3人の人物の出会いと、多くの人物の重なり合いが織り成す、ピアノという楽器を舞台にした、せつなさと純粋さがいっぱいの、友情の物語―

【主演および詳細情報】
上戸彩(一ノ瀬海役)/神木隆之介(雨宮修平役)/池脇千鶴(一ノ瀬怜子役)/宮迫博之(阿宇野壮介役)
製作年度:2007年
製作国:日本
上映時間:101分
原作:一色まこと『ピアノの森』
主題歌:松下奈緒『Moonshine~月あかり~』
ピアノ監修:ウラディーミル・アシュケナージ

【コメント・感想】
トロンボーンという楽器の「演奏家の端くれの端くれ」である私は、予告編の映像を見て、ずっと観たいと思っていた映画でした。原作が漫画ということですが、それを知らなくても楽しめる内容に仕上がっています。
近年、「ポケットモンスター」やジブリ映画、外国産アニメーションの日本語吹き替えなどに有名俳優・タレントを起用しているのが正直「集客・注目度のため」という雰囲気がなんとなくしていていやだったのですが、キャスティングを見て、実際に見てみると、「さすが!」と言える演技をしているのが他の映画とは違うところ(脇役には超ベテラン声優さんも起用されています)。好きなキャラクターで感情移入できるのは、海くんと阿宇野です。
また、「『クラシック=敷居が高い・堅苦しい・権威主義的』というイメージ」は、さまざまな親しみやすいCDボックスや、漫画「のだめカンタービレ」の登場で少しずつ緩和されつつありますが、「のだめ」とは別の切り口をしている素敵な作品であり、それを原作のコミックから真っ先に「アニメーション映画」に仕上げたというのが興味深いところ。まして、今回は誰もが知っている楽器であり、幼い子供たちが習うことが多いであろう、ピアノが主軸なのです。

「ピアノフォルテ」・・・ピアノは曲そのものも奏でることが出来るし、伴奏楽器として弾きながら歌うことも出来ます。あの高音部の切なさ、中音部の心地よさ、低音部の力強さは、弾けない自分にとって大きな魅力を感じます。弾けるヒトがとてもうらやましいです。劇中に流れるピアノのシーンはどれも印象的で、観ている者の心をつかんで離しません。
最後に主題歌「Moonshine~月あかり~」が流れてくるのですが、それを耳にする前から私はもう涙・涙で、スクリーンをマトモに見ることが出来ませんでした。

主軸となる登場人物の心に秘められているモノ、そこから沸き起こる感情に、少しずつ共感できるので、私はとても親近感をおぼえる映画作品でした。

吹奏楽にもコンクールをはじめ「コンペティション」なるモノはありますが、音楽(というよりも演奏)には上手下手もありますし、表現の解釈によっても受け取られ方ははさまざまです。でもそこで優劣をつけられてしまう寂しい、悲しい側面も持ち合わせています。それを再び垣間見てしまうことにもなってしまいます。
しかし、一貫して流れているのが、「音楽は理論だけでもない・かといって天才が生み出す何かオーラのようなものだけでもない」ということ、そして、監督の小島正幸氏がパンフレットのインタビューで語っているように「音楽はもっと自由であっていいのだ」というテーマです。

アニメーション映画とはいえ、とてもドラマティックな展開を見せており、子供からお年寄りまで感情移入しやすく、芯がしっかりとしたストーリーを持った、完成度の高い映画です。
この映画を観て、過去に音楽をしていた方、例えば学校の吹奏楽部で楽器をやっていた、とかいうヒトは、もう一度、ピアノの蓋を、楽器ケースを、開けてみる一つのきっかけになればいいと思います。
また、現在音楽をやっているヒトは、作曲者に失礼のないように、「楽譜を返せ!」って言われないように(少しネタバレ)、曲に真摯に、真っ直ぐに向き合って演奏するというコトを心にとどめておいて欲しいなと思います。


あなたは、音楽で心が震えた瞬間、魅せられた時・演奏がありますか―?
もし、あの映画の世界に居たとしたら、「森のピアノ」と「海クン」に、私と一緒に会いにいきたいと思いませんか―?

「過去は燃えているか」

2007-08-09 01:28:43 | Stream of Tears 心の手帳
「人生を終える前には一度、広島と長崎に行きたいです」という、先輩がいる。

今日、8月9日は、長崎被爆の日―。

戦争を知らない時代の人間である私は、高校時代の修学旅行が九州で、長崎市内の散策というカタチで原爆投下の悲劇から、数十年が経過したナガサキを見た。
一方広島は、まだ行ってはいないが、大学4年時の教育実習で地理を担当したときは、中国四国地方の導入部だった。「中国四国地方はどこからどこまで」で、それから…っていうもって行きかたをするのではなく、ちょっと趣向を凝らしたはじめ方をしてみた。担当のクラスの生徒たちに「カップラーメンできるまでの時間だけビデオ見るから、今日の授業は視聴覚室に移動していてください」と言って。

わたしは、NHKスペシャル「映像の20世紀」の一部分を流した。それは、映像に残された20世紀を映しながら、歴史を振り返っていくというシリーズもので、非常に面白く仕上がっていた番組なのだが…
流したのは、とある回の番組最後部。アメリカのB29爆撃機「エノラ・ゲイ」に、原子爆弾が搭載される映像、そして広島と長崎に投下され、きのこ雲が上がる映像、焼け野原になった広島・長崎の映像だった。
番組終了間際のシーンということで、BGMには、あの物悲しく熱いモノがこみ上げてくるテーマ曲、「♪パリは燃えているか」(加古隆)が流れていた。
生徒たちは、唖然としていた。あまりのコトに言葉も出なかったようだ。

そして今年の6日の「ヒロシマ原爆の日」 私は、広島平和記念式典の中継を見ていた。


私が小学校だった時は全校登校日なるものがあって、「はだしのゲン」のアニメ版を見たりしたし、「ちいちゃんのかげおくり」、「おとなになれなかった弟たちに…」など、原爆や戦争の悲劇を伝える媒体にはたくさん触れてきた。
「たった一発の爆弾が大量の命を奪った、アメリカはなんてことをしてくれたんだ、ひどいことするなぁ」と率直に感想を書いた私だったが、そのプリントに先生(私の人生に大きな影響を与えた大恩師)が赤ペンで記してくれたメッセージ・・・
「日本人も悪いことをたくさんしたんだよ。それをこれから大人になるにつれ勉強していってくださいね」
それが何かを勉強するのはもう少し先の話になる―

そうして、大学卒業と共に社会科教諭の資格を取った私。そしてある程度大人になって(大人の心・大人の考え方になって)、「県民性」というものも、その都道府県に生きる人の心に大なり小なりどこかに隠れているというコトを知った。
県民性を形作るモノにはやはり歴史や社会学が関わってくる。これは、大学時代のとある先生の受け売りなのだが、例えば、石川県一つ取ってみても、加賀の前田利家は「尾張出身」で金沢にやってきた「外様大名」。参勤交代で江戸に行くことはあったとしても、現代の金沢も含め、関東には行きにくいというか、「関東近県の風が吹いてこない」。今のJR路線が「しらさぎ」で名古屋へ直行でき、「サンダーバード」で大阪へ直行できても、東京へは直行できない。それが証拠に、金沢訛には名古屋弁と関西弁が少し混じっているような感じがする。関ヶ原の戦い以後徳川に従った前田氏は、幕府の要職につくことが出来ず、江戸から遠く、往復しづらい位置に配置されてしまった。そんな中、交通や商業は、もともと居たところである名古屋、そして「天下の台所・大阪」に開かれていた、だからJRの直通列車があるんだ、と解釈することが出来る―と。
また、大正時代から終戦に掛けても、北陸三県の富山は戦災にあい、福井も大地震と戦災に見舞われた中、石川・金沢は何もなかった。街のつくりや道行く人々の様子を見ていると、「すべてがそうだ」とは言えないけれど、「なんとなく『違うなぁ』」という印象を受ける。それを県民性というコトバで括ってしまってもいいのだろうかという疑問も残るが…

さて、広島・長崎だ。被爆者じゃない私たち、そして、被爆した県に生まれていない石川県民の私は、テレビや本やその他のモノを媒介にして原子爆弾の恐ろしさを知ることは出来ても、より深い意味での理解は出来ないと思う。もちろん、今の広島・長崎の人にしたって、人によりけり…実際に原爆の被害にあった人ほどの理解ではない…けれど、その心身には、今を生きる日本人の誰よりも、「原子爆弾の恐ろしさを含めた『何たるか』」というモノがDNAに宿っているのだ。
私が、広島長崎に行けば…ただ他のものを媒介にして知るよりも、ほんの少しでもわかろうとする気持ちをもって広島・長崎に行くコトで、さまざまなモノ・ヒトに触れることで、ほんの少しでもいい…わかるかもしれない。
被爆体験者の高齢の方に、会って、こんな若造に、他県のものに何がわかる?!っていわれるかもしれないけど、お話を聴いてみたくなった。


「歴史を勉強する」というよりも、広い意味で、「過去を捨てない、忘れない、学ぶ」というのは大切なことだと心から思う。
死ぬ前に、わからないものを知ろうとその場所に行く、または、書物などではわからないモノに実際に触れようとその場所へ旅をする、そして道行く人にあって会話なんかもしたりする―

憧れる。
素敵なことだよナ―と、ふと思った。

あらためて―
「NO MORE Hiroshima, NO MORE Nagasaki」

R35 Sweet J-Ballads

2007-08-08 19:07:46 | 聴いてほしいオススメCD
[CD詳細情報]
ワーナーミュージック・ジャパンより出版
商品番号: WPCL-10398
発売日: 2007/04/25
価格: 2630円(税込)

[収録曲紹介]
1. SAY YES (ドラマ『101回目のプロポーズ』主題歌/91年)/ CHAGE and ASKA
2. 君がいるだけで (ドラマ『素顔のままで』主題歌/92年)/ 米米CLUB
3. 何も言えなくて・・・夏 (日本レコード大賞ゴールドディスク賞受賞曲/92年)/ JAYWALK
4. Get Along Together (ミリオン・セラーを記録した永遠のラヴ・バラード/93年)/ 山根康広
5. TRUE LOVE (ドラマ『あすなろ白書』主題歌/93年)/ 藤井フミヤ
6. シングルベッド (アニメ『D・N・A2』エンディング・テーマ/94年)/ シャ乱Q
7. 離したくはない (ドラマ『ホテルウーマン』挿入歌/91年)/ T-BOLAN
8. クリスマスキャロルの頃には (ドラマ『ホームワーク』主題歌/92年)/ 稲垣潤一
9. Woman (「カメリアダイアモンド」CMソング/92年)/ 中西圭三
10. 夏の日の1993 (ドラマ『君といつまでも』主題歌/93年)/ class
11. もう恋なんてしない (ドラマ『子供が寝た後で』主題歌/92年)/ 槇原敬之
12. サボテンの花 (ドラマ『ひとつ屋根の下』主題歌/93年)/ 財津和夫
13. 接吻 Kiss (ドラマ『大人のキス』主題歌/93年)/ オリジナル・ラヴ
14. 壊れかけのRadeio (ドラマ『都会の森』主題歌/90年)/ 徳永英明
15. 愛が生まれた日 (ドラマ『そのうち結婚する君へ』/94年)/ 藤谷美和子・大内義昭
16. 世界中の誰よりきっと (ドラマ『誰かが彼女を愛してる』主題歌/92年)/ 中山美穂&WANDS

【コメント・感想】
タイトルの「R」と「35」の間にハートマークが入っているシンプルなジャケットが印象的。
同じくワーナーミュージック・ジャパンから発売されている、洋楽版の「R35」とディスクタイトルを共にする、ジャパニーズポップスの究極のバラード集です。多くの人々に愛されたラヴソングだけ、しかも90年代前半のバブル世代が中心の、超豪華・涙モノの選曲がたまらないアルバムです。

「もう一度、妻をくどこう」とディスクの帯にある通り、(2007年)現在35歳以上の方にとっては、10年前に当たるこの時代は、まさにメディアで流れていた名曲ばかりがそろっている、といえるでしょう。また、自分達やそれよりもう少し若い世代の方にも、あの、「8cmシングル」の懐かしい時代を思い出させてくれる内容に仕上がっています。これ一枚あれば、「青春歌年鑑」の90年代のバラードピースを集めなくても全然OK、なところが○。ジャケット内の解説も詳しいです。
「TRUE LOVE」や「SAY YES」などは、他のコンピレーションアルバムにも入っていて、「もういいよ」という感じがして、総合評価は「ん~惜しいッ」といった感じですが、他の曲も含め、どれもまばゆいばかりの名曲です。
買って損はありません!

アニメ歌年鑑(1986)

2007-08-08 19:03:00 | 聴いてほしいオススメCD
[ディスクデータ]
ポニーキャニオンより出版
ディスク番号:PCCA-2304
発売日:2006年08月23日

[収録曲紹介]
1.「愛少女ポリアンナ物語」し・あ・わ・せ カーニバル /工藤夕貴
2.「愛少女ポリアンナ物語」愛になりたい /工藤夕貴
3.「宇宙船サジタリウス」スターダストボーイズ /影山ヒロノブ、こおろぎ'73
4.「宇宙船サジタリウス」夢光年 /影山ヒロノブ、こおろぎ'73
5.「ドラゴンボール」摩訶不思議アドベンチャー /高橋洋樹
6.「ドラゴンボール」ロマンティックあげるよ /橋本潮
7.「魔法のアイドルパステルユーミ」金のリボンでRockして /志賀真理子
8.「魔法のアイドルパステルユーミ」フリージアの少年 /志賀真理子
9.「めぞん一刻」悲しみよこんにちは /斉藤由貴
10.「めぞん一刻」あした晴れるか /来生たかお
11.「あんみつ姫」恋はくえすちょん /おニャン子クラブ
12.「あんみつ姫」あんみつ大作戦 /おニャン子クラブ
13.「ボスコアドベンチャー」ときめきはForever /日高のり子
14.「ボスコアドベンチャー」晴れた日にも愛をください /日高のり子
15.「聖闘士星矢」ペガサス幻想 /MAKE-UP
16.「聖闘士星矢」永遠ブルー /MAKE-UP
17.「がんばれ!キッカーズ」君は流れ星 /西村知美
18.「がんばれ!キッカーズ」銀河の少年 /西村知美

【コメント・感想】
すでに紹介済みのアニメ歌年鑑。
今回はそのシリーズの1986年版の紹介です。
「ドラゴンボール」「聖闘士星矢」の放映開始もこの年だったのですね。
他にも自分がよく見ていたアニメが多いため、このディスクは先に紹介した2枚よりも「オイシイ」アルバムです。収録曲の多さもさることながら、現在も人気が衰えない作品の主題歌が多いのが、ファンには嬉しいところ。
80年代の打ち込み系サウンド・シンセサウンドが好きな人にも好まれる楽曲が多いです。

アニメ歌年鑑(1985)

2007-08-08 18:34:53 | 聴いてほしいオススメCD
[ディスクデータ]
『アニメ歌年鑑1985』
ポニーキャニオンより出版
ディスク番号:PCCA-2303
発売日:2006年08月23日

[収録曲紹介]
1. 花のささやき
2. ひまわり
3. タッチ
4. 君がいなければ
5. 大人になんかにならないよ
6. BELIEVE ME
7. 不思議色ハピネス
8. あなただけDreaming
9. ロ・ロ・ロ・ロシアン・ルーレット
10. 宇宙恋愛(スペースファンタジー)
11. TRANSFORMER~トランスフォーマー~
12. Peace Again~ピース・アゲイン~
13. LOVE サバイバー
14. 一世紀めのエンジェル
15. ゲゲゲの鬼太郎
16. おばけがイクゾー
17. うしろゆびさされ組
18. 女学生の決意

【コメント・感想】
このシリーズはやっぱり、「聴きたくても手に入れるのが難しかったアニメ主題歌が聴けること」が一番の魅力でしょう。自分がアニメをよく見ていた幼い頃の年代の曲が多いし、一枚あたりの収録曲が多いこともGood!
ただ、収録されているのは超メジャー級のアニメなので、短命のマイナーなアニメ主題歌も入れたものであればもっとよかったカナ、と思います。

アニメ歌年鑑(1982)

2007-08-08 18:31:38 | 聴いてほしいオススメCD
[ディスクデータ]
ビクターエンタテインメントより出版
CD番号:VICL-62047)
発売日:2006年08月23日

[収録曲紹介]
1. 虹になりたい(『南の虹のルーシー』オープニング・テーマ)
2. 森へおいで(『南の虹のルーシー』エンディング・テーマ)
3. 逆転イッパツマン(『逆転イッパツマン』オープニング・テーマ)
4. シビビーン・ラプソディー(『逆転イッパツマン』エンディング・テーマ)
5. ラブ・ラブ・ミンキーモモ(『魔法のプリンセス ミンキーモモ』オープニング・テーマ)
6. ミンキーステッキ・ドリミンパ(『魔法のプリンセス ミンキーモモ』エンディング・テーマ)
7. パタリロ!(『パタリロ!』オープニング・テーマ)
8. 美しさは罪(『パタリロ!』エンディング・テーマ)
9. Lはラブリー(『The かぼちゃワイン』オープニング・テーマ)
10. 青葉春助 ザ・根性(『The かぼちゃワイン』エンディング・テーマ)
11. マクロス(『超時空要塞マクロス』オープニング・テーマ)
12. ランナー(『超時空要塞マクロス』エンディング・テーマ)
13. ときめきトゥナイト(『ときめきトゥナイト』オープニング・テーマ)
14. Super Love Lotion(『ときめきトゥナイト』エンディング・テーマ)
15. コブラ(『スペースコブラ』オープニング・テーマ)
16. シークレット・デザイアー(『スペースコブラ』エンディング・テーマ)
17. 恋の呪文はスキトキメキトキス(『さすがの猿飛』オープニング・テーマ)
18. 恋のB級アクション(『さすがの猿飛』エンディング・テーマ)

【コメント・感想】
2006年8月末に出版された、アニメソングばかりを集めたコンピレーションアルバムシリーズです。
まずは企画者である高島幹雄氏のコメントを引用して掲載させていただきます(すべてのジャケット内にあり)。

《この「アニメ歌年鑑」はコンピレーションCDのヒット・シリーズ「青春歌年鑑」のアニメソング版ができないか?という着想で企画がスタートしました。シリーズの年代選択は、アニメ主題歌を専門的に歌うシンガーの独壇場から、ニューミュージック、ロック、アイドル…現代の総称で言うところのJ-POP系アーティストがアニメ主題歌を歌うようになり、音楽的にも広がりを見せてきた時代に突入する1980年代の10年間とさせていただきました。テレビシリーズ作品の放送開始年を基準に、アニメ主題歌を発売メーカーの枠を越えて一年につきアルバムを1枚、全10タイトルのシリーズ構成というアニソン史上初の企画です》

たまたま目にした収録曲に、自分が好きな曲が多かったことから手にして聴いてみたのですが、アニメを見たことがあるない関係なく、その当時の出来事や時代を思い出させてくれ、と同時に、大人になったからこそ、その歌詞やメロディに改めて惹かれる、魅力に触れることのできる、斬新で、アニメファンのみならずとも、80年代を感じることのできるおいしいシリーズです。