話は19日の土曜日に遡る。
19日(土曜日)の出席児童は11人。その中に、絵本やお話が大好きな女の子「ひまわりちゃん」も来ていた。
お誕生日やことあるたびに、おばあちゃんから本をプレゼントしてもらうという。
私が幼い頃読んでいた、角野栄子さん作の童話や、おばけの「アッチ・コッチ・ソッチ」シリーズも何冊も読破している読書家だ。
しょっちゅう「だっこして~」とスキンシップを求めてくる。
「せんせー、後ろ向いて?」と言われて、「んっ」と背中を向けたとたん、ぴょこんと飛び乗ってくる。人数の少ない土曜日や、ほとんどの面々が帰ってお迎え待ちの時間ともなると、私の背中にずっとしがみついている。
かといってただの甘えん坊かといえばそうではない。
間違っていることも正しいことも、自分にとっていいこともわるいことも、きちんと順序だてて大人に話をすることができる、「頭のいい」コであるのと同時に、困っている人を見ると助けてあげたり手伝ってあげたりが進んでできる優しさを持った女の子だ。
そして、態度や言動に表裏が無い。
一緒に帰ってくる友達の影響もあってか、その子と一緒に指導員の仕事を手伝ってくれたり
することもある。
もちろん学童指導員という立場上、「誰かをひいきにする」ということはしてはならないが、基本的には素直な子なので、これからもよい成長をしていけるよう支援していきたいと思う。
そんなひまわりちゃんが、その日の夕方、お母さんのお迎えを待っているとき、
「ねーセンセー、紙を折って本みたいなのにするやつ、どうやってするんやったっけ?」
と言って、B4の自由用紙を持ってきた。
私は、八つ折にして中央に切込みを入れて折り、8ページになる本の形を作ってあげると、ひまわりちゃんは、
「ありがとう。ねー、色鉛筆も貸して?お願い。先生に絵本作ってあげる」
私が勤める児童クラブは、文具の管理がはっきり言って悪く、色鉛筆もクーピーペンシルも、どれひとつとしてマトモなモノがない。
そこで私個人持ちの24色色鉛筆を貸してあげると、ひまわりちゃんはよろこんで鉛筆を走らせた。
書いている近くで私が洗濯物をたたもうとすると、
「絶対見ないでよ~?」
と真剣な表情をして言った。
お母さんがお迎えに来たとき、最後のページの文章をひねりにひねって考え、
「はやくいらっしゃい」というお母さんの声を合図に、私に「はい」と手渡し、
「じゃあね~、絵本、誰にも見せないで先生だけ読んでよ?」
というと、手を振って帰っていった。
えほん「ひみつのどうぶつえん」
絵と文の作者としてちゃんと自分の名前を書き、ウサギとゾウの絵と、動物園の入り口と思しきゲートの絵が書かれてあった。
以下に記すのはその内容である。
あるところに、ゆうという女の子がいました。
その女の子はどうぶつがすきでした。
おとなになったら、ひみつのづぶつえんをつくろうと思っていました。
おとなになりました。
どうぶつの大がくに入学し、しけんをうけてごうかくして、どうぶつえんをつくることにしました。
ひみつのどうぶつえんがかんせいしました。
まだだれもしらないひみつのどうぶつえん。
どうぶつえんには、ぞう、うさぎ、パンダ、オオカミ、ライオン、シカ、チーター、こうもり、ふくろう、ねずみ、
いろいろいます。
よるのひみつのどうぶつえんもあります。
よるのどうぶつえんはたのしいのです。
ゆうはゆめがかなったので大よろこび。
ゆうはひみつのどうぶつえんがとってもきにいりました。
だからみんなにしられてないそうです。
でもわかるひともいるそうです。
でも、ときどきみんながいっぱいくるときがあります。
おしまい。おもしろかった?またよんでね。
小学校2年生にしてこの文章能力と創作能力。
短いながらも、夢をめいっぱい描いた内容。
そして、手作りの絵本に仕立てて私にプレゼントしたいという気持ち―
その子の想いがぎゅーっと詰まったあたたかいものだった。
全体で「さようなら」をした後のほんの30分程度の間に作ったものなので、これをもし、じっくり時間をかけて、会話文も入れて、内容を掘り下げてみたらもっともっと面白くなるんじゃないか、とかも考えたが、
おやつと掃除の後に行っていて最近はあまり(時間的な問題と周りが個々の遊びやおしゃべりに没頭しすぎてうるさくて)できていないお話会を楽しみにしていて、
「先生、今日お話会あるの?」と何度も訊いてきていたのを思い出し、
「この子は本当にお話が好きなんだな」と思ったと同時に、
なにより、
「今日一日仕事をガンバってよかったな」と思えた。
絵本を通じた私と子どもたちとの関係、そしてそこから子どもたちがどう受け止め、どういう種を育てていくのかは、単に「お話の読み聞かせとそれを聴くだけ」ではなかった、ということも大きな発見だった。
またひとつ、夢が生まれた。私の心に―
19日(土曜日)の出席児童は11人。その中に、絵本やお話が大好きな女の子「ひまわりちゃん」も来ていた。
お誕生日やことあるたびに、おばあちゃんから本をプレゼントしてもらうという。
私が幼い頃読んでいた、角野栄子さん作の童話や、おばけの「アッチ・コッチ・ソッチ」シリーズも何冊も読破している読書家だ。
しょっちゅう「だっこして~」とスキンシップを求めてくる。
「せんせー、後ろ向いて?」と言われて、「んっ」と背中を向けたとたん、ぴょこんと飛び乗ってくる。人数の少ない土曜日や、ほとんどの面々が帰ってお迎え待ちの時間ともなると、私の背中にずっとしがみついている。
かといってただの甘えん坊かといえばそうではない。
間違っていることも正しいことも、自分にとっていいこともわるいことも、きちんと順序だてて大人に話をすることができる、「頭のいい」コであるのと同時に、困っている人を見ると助けてあげたり手伝ってあげたりが進んでできる優しさを持った女の子だ。
そして、態度や言動に表裏が無い。
一緒に帰ってくる友達の影響もあってか、その子と一緒に指導員の仕事を手伝ってくれたり
することもある。
もちろん学童指導員という立場上、「誰かをひいきにする」ということはしてはならないが、基本的には素直な子なので、これからもよい成長をしていけるよう支援していきたいと思う。
そんなひまわりちゃんが、その日の夕方、お母さんのお迎えを待っているとき、
「ねーセンセー、紙を折って本みたいなのにするやつ、どうやってするんやったっけ?」
と言って、B4の自由用紙を持ってきた。
私は、八つ折にして中央に切込みを入れて折り、8ページになる本の形を作ってあげると、ひまわりちゃんは、
「ありがとう。ねー、色鉛筆も貸して?お願い。先生に絵本作ってあげる」
私が勤める児童クラブは、文具の管理がはっきり言って悪く、色鉛筆もクーピーペンシルも、どれひとつとしてマトモなモノがない。
そこで私個人持ちの24色色鉛筆を貸してあげると、ひまわりちゃんはよろこんで鉛筆を走らせた。
書いている近くで私が洗濯物をたたもうとすると、
「絶対見ないでよ~?」
と真剣な表情をして言った。
お母さんがお迎えに来たとき、最後のページの文章をひねりにひねって考え、
「はやくいらっしゃい」というお母さんの声を合図に、私に「はい」と手渡し、
「じゃあね~、絵本、誰にも見せないで先生だけ読んでよ?」
というと、手を振って帰っていった。
えほん「ひみつのどうぶつえん」
絵と文の作者としてちゃんと自分の名前を書き、ウサギとゾウの絵と、動物園の入り口と思しきゲートの絵が書かれてあった。
以下に記すのはその内容である。
あるところに、ゆうという女の子がいました。
その女の子はどうぶつがすきでした。
おとなになったら、ひみつのづぶつえんをつくろうと思っていました。
おとなになりました。
どうぶつの大がくに入学し、しけんをうけてごうかくして、どうぶつえんをつくることにしました。
ひみつのどうぶつえんがかんせいしました。
まだだれもしらないひみつのどうぶつえん。
どうぶつえんには、ぞう、うさぎ、パンダ、オオカミ、ライオン、シカ、チーター、こうもり、ふくろう、ねずみ、
いろいろいます。
よるのひみつのどうぶつえんもあります。
よるのどうぶつえんはたのしいのです。
ゆうはゆめがかなったので大よろこび。
ゆうはひみつのどうぶつえんがとってもきにいりました。
だからみんなにしられてないそうです。
でもわかるひともいるそうです。
でも、ときどきみんながいっぱいくるときがあります。
おしまい。おもしろかった?またよんでね。
小学校2年生にしてこの文章能力と創作能力。
短いながらも、夢をめいっぱい描いた内容。
そして、手作りの絵本に仕立てて私にプレゼントしたいという気持ち―
その子の想いがぎゅーっと詰まったあたたかいものだった。
全体で「さようなら」をした後のほんの30分程度の間に作ったものなので、これをもし、じっくり時間をかけて、会話文も入れて、内容を掘り下げてみたらもっともっと面白くなるんじゃないか、とかも考えたが、
おやつと掃除の後に行っていて最近はあまり(時間的な問題と周りが個々の遊びやおしゃべりに没頭しすぎてうるさくて)できていないお話会を楽しみにしていて、
「先生、今日お話会あるの?」と何度も訊いてきていたのを思い出し、
「この子は本当にお話が好きなんだな」と思ったと同時に、
なにより、
「今日一日仕事をガンバってよかったな」と思えた。
絵本を通じた私と子どもたちとの関係、そしてそこから子どもたちがどう受け止め、どういう種を育てていくのかは、単に「お話の読み聞かせとそれを聴くだけ」ではなかった、ということも大きな発見だった。
またひとつ、夢が生まれた。私の心に―