リタイアした「から」、あれがやりたい。これもやりたい。

人生のセカンドステージに、もう一度夢を描き直す。
「夢翔庵」の気ままなひとり言です。

萱草(わすれぐさ)

2020年07月12日 | 懐かしむ


散歩していて、こんな花を見かけました。
もしや? と思い、スマホのアプリで調べると「ヤブカンゾウ」と出ました。やはり。これが何十年来思い描いていた「萱草(わすれぐさ)」だったのです。万葉の時代から愁いを忘れさせる花と言われています。

十代のころからの愛する詩人、立原道造の第一詩集が『萱草に寄す』といいます。

ささやかな地異は そのかたみに
灰を降らした この村に ひとしきり
灰はかなしい追憶のやうに 音立てて
樹々の梢に 家々の屋根に 降りしきつた

その夜 月は明かつたが 私はひとと
窓に凭れて語りあつた (その窓からは山の姿が見えた)
部屋の隅々に 峡谷のやうに 光と
よくひびく笑ひ声が溢れていた・・・
(以下略) 「はじめてのものに」

昭和14年に24歳で早世した詩人の足跡を訪ねて、軽井沢や信濃追分を幾たび彷徨ったでしょう。その頃は今のように便利なものがなかったので、その場でこの花を同定することができませんでした。
以来、何十年。我が住まいのすぐ近くでこんなに簡単に見つかるとは――。写真を撮れば花の名を教えてくれるアプリのおかげです(ただし、立原はゆふすげ(キスゲ)<下の写真>を萱草と同一視していたという説もあります)。



昨年秋、軽井沢高原文庫の催し「追分文学散歩」に参加した折、奇しくも詩人の恋人だった女性のご子息が参加されていて話を聞かせていただき、書籍では知りえなかったことどもに触れることができました。この花を見つけたのも、まだその縁(えにし)が続いていたのかもしれません。