陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

新聞は、すばらしい作家との出会いを用意してくれる

2018-06-28 | 読書論・出版・本と雑誌の感想

日本を代表する国民作家と呼ばれる文豪・夏目漱石の作家生活のはじまりは、新聞小説からでした。教師としての生活をやめた漱石は、朝日新聞社に入社し、連載小説を掲載しはじめます。これがたちまち評判を呼ぶのです。数年前に漱石の『三四郎』『それから』が復刻版で掲載され話題を呼びました。

現在でも新聞の連載小説はあります。
新聞の連載はほぼ毎日おこなうので、締切をかならず守れない作家でないと依頼されません。字数の制限もあるし、毎日の挿絵の打ち合わせもしなくてはならない。よほど力量のある作家でないとできない仕事のはずです。私が知る限り、思い出深い新聞小説は、朝日新聞朝刊連載の宮部みゆきさんの『荒神』ですね。江戸時代、折り合いの悪いふたつの小藩の境にある村で生じた変事に立ち向かう人々を描いた歴史ファンタジーです。

いまは読売新聞をとっていますが、少し前まで連載していた澤田瞳子さんの『落花』も楽しみでした。芸を極めるために人間のとる行いの非情さがこれでもかと描かれていました。絵も好きでしたね。新聞の連載小説は次回に期待を持たせるような終わり方を毎日させるのが、作家の腕の見せ所。しかし、いまは、忙しいので新聞の連載小説は読んでいません。下手に読むと気になってしまうので。単行本で一気読みするのがいいですね。

新聞にはだいたい日曜が目安ですが、毎週書評欄がありますよね。
朝日新聞は毒が強くて好きではなかったのですが、この書評欄だけはピカ一だと思っています。朝日が紹介した本は確かに面白いんです。たとえば、松本清張賞を受賞した阿部千里さんの『烏に単は似合わない』を初作とした八咫烏シリーズ。失礼ながら、シリーズ四冊目あたりから若干勢いが衰えてしまうのですが、シリーズ序盤は面白い。あの書評がなければ、その存在すら知らず、読んでなかったと思います。

朝日の土曜版別刷りだったかと記憶しますが、作家さんが月替わりで食に関するエッセイを掲載していくコーナーがありました。そこで知ったのが、池井戸潤さんと朝井リョウさんです。変わった切り口で文章を書く人だなと思って、著作を読んだらどんぴしゃり。池井戸さんの新作は、読まずともかならずタイトルをチェックしています。最近ですと、ドラマ化された『陸王』が素晴らしかったですよね。苦境にあえぐ老舗足袋メーカーが社運をかけてスポーツシューズを開発するお話。スポーツドラマとしても読めます。

新聞に掲載されたエッセイから名を知って、その人の本に辿り着くことは往々にして多いものです。たとえば、朝日か読売かどちらか忘れたのですが、津村記久子さんの自転車に関する500文字ぐらいの随筆があったんです。どういう内容か忘れたんですが、とにかく、その作家名だけはその文章で記憶していて。ある日、図書館で『この世にたやすい仕事はない』という小説を借りたら、これがまた面白い。この人は、作家でございの顔してるんじゃなくて、労働者の苦しみに寄り添える人だとしみじみ感じました。物書きが、文筆業もしくは画業が、どの仕事よりも尊いと考えている人の作品は苦手です。世の中は、その仕事だけでは成り立っていないのですから。

新聞と言えば、作家の名物コーナーと化している読者の相談コーナー。
朝日新聞では岡田斗司夫さんが有名ですよね。彼の本はヲタク色満載のおふざけなのかもと舐めていたら、意外に合理的なことが書かれてあって驚かされます。相談コーナーを書籍化した『おたくの息子に悩んでいます』は必読です。現在購読中の読売新聞の「人生相談」は、もはや読売の看板記事ですが、哲学者の鷲田清一先生はじめ名うての回答者揃い。相談者に対して傲慢ではなく、そっと肩を抱いて慰めてくれるような、あるいは時には厳しい叱責もあるような識者の著作は、やはり手に取ってみたくなりますよね。素晴らしい本というのは、人間への共感と理解があってこそ書けるものでしょうから。



読書の秋だからといって、本が好きだと思うなよ(目次)
本が売れないという叫びがある。しかし、本は買いたくないという抵抗勢力もある。
読者と著者とは、いつも平行線です。悲しいですね。


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