「やったぁ!いっちゃ~く!」
自動開閉式のドアの前の翠のカーペットの前に、ちいさな両足が揃って乗っかった。
しかし、扉は開かない。なんども地団駄ふんだり、ジャンプして着地してみせるが、ドアは動く気配がない。
ガラスに描かれた、ポップ調の「いらっしゃいませ」の文字を、なんとも恨めしげに見上げているのは、黄砂いろの髪の少女だ。
そうだ、きっと。特別な呪文があるのかもしれない。学校の図書館で読んだあのアラビアのお伽噺みたいに。ヴィヴィオは、いきおいよく天を指さして、こう言った。
「開けぇ、ごまっ♪」
もちろん、ドアはびくともしない。あれれ、おかしいな。ヴィヴィオは小首をかしげて、なんどもその呪文を唱えつづけた。しかし、ドアはすなおに横に流れる気配はない。ヴィヴィオはドアのガラスに、ぴったりと柔らかな手のひらをつけてドアの近辺を探った。ものが挟まって滑りが悪くなっているわけではなさそうだ。
「おかしいな。もしかして、壊れてるのかなぁ…?」
「ヴィヴィオ、そんなにドアに近づいちゃ、開くときに挟まれちゃうよ」
「はぁい」
車のキーをハンドバッグに収めながら、ゆっくりした足取りで追いついたサングラスの女が、少女の背中に声をかけた。
ヴィヴィオのお出かけ靴はピンクのスニーカーなのだが、靴ひもが少々長いらしく、よくひっかけて転んだりする。それでも紐を切りたくないのは、先っぽに小兎のかたちをしたビーズがついているからだった。だから、デパートへのお出かけなどよほど出歩かせないときは、この靴を履かせているのだ。ついさっき走っても転ばなかったのは、数センチ浮きあがる飛行魔法をつかったせいなのだが、スキップしたように走ったせいでフェイトは気づいていなかった。
「でも、フェイトママ、開かないんだよ」
「そう?」
フェイトがヴィヴィオの肩に手を置いて、ドアからすこし後ろに退かせる。人工芝のカーペットに、白いハイヒールの両足をゆっくりと添える。うっかり深く踏み込みすぎないように。すると、ドアは気持ちよく開いたのだった。
「ほらね、開いたでしょ…って、わっ?!」
フェイトにしたってびっくりしたのは、そのドアがシャッターのように上下開きだったこと。
「いらっしゃいませ」が上に滑っていくのを、ヴィヴィオの左右の光りの違う瞳は、ちょっぴり悔しそうに睨む。
「えーと、ま。入ろうか」
気の急くフェイトはドアに未練のまなざしを定めるヴィヴィオを促すように、そのちいさな手をとって翠のカーペットを踏みしめた。
ドアに貼られた歓待の文字は、あたかもヴィヴィオの咎めのまなざしから逃れるように昇っていき、その少女たちの背中の向こう側へ降りる。