陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「てのひらの秋」(五)

2009-08-03 | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは

開かなかった自動ドアの向こう、そこはさらにややこしい世界だった。

ドアからは数メートルほど廊下を歩くと、緑のリノリウムの床に、ドアのものとおなじ店のロゴが描かれてあった。その前にやはり人工芝のカーペットが敷いてある。芝は柔らかそうで足がヒールの付け根までうっかり埋まりそうだった。フェイトは白いハイヒールの爪先から慎重に乗せた。なにせ、この靴はきょうの衣裳と揃えた卸立てだったから、こんなことでだめにしたくない。

ふたりが乗っかると、この場に似つかわしくない音声に添って、店のロゴが後ろに流れた。秘密のアジトみたいなうさんくさい構造のわりには、聞こえてくるのは「通りゃんせ~、通りゃんせ~」とわらべ歌の調子。そこが、地下へと降りる入口だったらしい。

先ほど通せんぼさせられたヴィヴィオは、ウィーン少年合唱団のような透き通ったボーイソプラノに、顔を綻ばせて早く入りたがっている。

「わ~。こんどは、歓迎してくれてるね」
「そうだね。懐かしい歌声だ」

なのはやはやて達と通った聖祥大附属小学校の音楽の時間に習った、わらべ歌。たまに横断歩道前の信号機からも鳴っていて、なのはと口ずさみながら肩をならべて通ったものだった。あの頃、ふたりでなら通れない道などなかった。渡れない橋も、昇れない空もなかった。いま、隣にいるのがなのはが大切にしている相手でも、変わりはなかった。ふたりが、三人に増えただけなのだから。

床に空いた四角い穴からは、地下に降りる階段がはじまっている。
穴から下の薄暗い通路に、ふたりの頭が潜る。進むにつれ、「通りゃんせ~」の部分だけを惰性的に繰り返している、その音声も遠くなった。

コンクリート打ちっぱなしの壁が迫る狭い階段には、ひんやりした空気が漂っている。天井からの照明はやや暗め、人の通行に感応して点灯してはうっすらと消えていった。階段の幅は大人が片手を伸ばせば壁についてしまうぐらい。ヴィヴィオと並んで通るのがやっとだったが、向こうからあがってくる人はいなかった。
壁にはスプレー缶を乱暴に滑らしたかとみえる無体な落書きがあって、定期的に点く限られた明かりにぼんやりと浮かび上がる。たまに目を覆いたくなるような図像もあった。急な段差におっかなびっくりといったふうで足を運んでいるヴィヴィオが、それらの猥雑なアートを目にしなかったのが、フェイトの救いだった。

まず、この階段からしてフェイトの後悔は芽生えはじめたが、それはまだ序の口。
階段が途絶えると、監獄のドアのような重々しい鉄製の扉が三つほど構えている。それぞれの扉のうえにはランプがあって、赤、黄、青が灯っていた。
ドアのすこし手前の右手側に備え付けられた机があった。壁には「貴金属やぶっそうな武器の類、お荷物はこちらにお預けください」と注意書きが貼り出されてある。フェイトは机の引き出しを開けて、ハンドバッグと、サングラスを預けた。

その横には大きなクローゼットがあった。「なるべく軽装でお入りください。コートや上着などは、こちらに預けて下さい」との張り紙。
夏場なのでノースリーブのじゅうぶんな薄着だったふたりは、預けようがなかった。

さらにその横には「入室する前に、かならずこれをお掛けください」という張り紙。その下の箱のなかには、どれもおなじ眼鏡が並んでいる。フェイトもヴィヴィオも、箱の中の眼鏡をかけた。縁が白く太く、いたってへんちくりんなデザインだったが、視界は悪くはなかった。装着感は軽く負担に感じない。かけているのを忘れてしまうぐらいに。
しかし、大人でも顔からはみ出すぐらい、レンズが大きすぎた。さすがにヴィヴィオの顔幅では、蔓を固定できない。子ども用の眼鏡は、あいにく用意がないらしい。仕方なく、ヴィヴィオは眼鏡を箱へと戻した。

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