陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「てのひらの秋」(三)

2009-08-03 | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは


運転に集中しはじめたフェイトは、指遊びに興じている後ろのヴィヴィオから、しばし注意を離した。
学校で習った魔法の練習をしているのかもしれない。詠唱ひとつで誰にでも扱いやすいミッドチルダ式と違い、個人の先天資質に多少左右される古代ベルカ式では複雑な手印が必要とされる魔法もある。学校に通ったことがないのでわからないが、聖王教会系列の魔法学院なのだから、古代魔法も基礎として習うのかもしれない。

四つ角の赤信号に停車させられたのを見計らって、フェイトは後ろ向きに訊ねた。アイドリング防止のためエンジンを黙らせると、ふたりだけのしぐさの音が耳につく。ヴィヴィオは、あいかわらずてのひらを組み合わせて遊んでいる。

「ねぇ、それってどんな魔法?」
「ヴィヴィオがママたちと仲良くなれる魔法。あとで教えてあげるね」

ヴィヴィオの紅い瞳がウインクして微笑む。と同時に少女の片方の瞳とおなじ翠が、信号に灯った。道は新しそうなのに信号は旧式を使い回したのか、進めの光りは最新の鮮やかな青い発光ダイオードではないようだった。

「うん。楽しみにしてる」

とくに知りたいわけじゃなかった。ただ、ヴィヴィオと会話したかっただけ。
フェイトは後部座席を選んだヴィヴィオが、自分を避けているのではないかとちょっと気にしていたのだ。ついさっきだって、お小言を言ってしまったし。きょうは、そういうの無しにしようって誓っていたのに。
ヴィヴィオの顔に促され、車はふたたび発車した。


そうこうするうちに、ふたりを載せた車はウィンカーを出しながら、駐車場の端に滑り込んだ。端に停めたのは、とくに混んでいたからではない。フェイトがすこし歩きたいと願ったからだった

ふたつの頭が、前後のドアから飛び出した。
ヴィヴィオははしゃぎながら、いきおいよく目的のショップの入口まで駆け足になる。ヴィヴィオが楽しそうにしてくれるのが、フェイトには嬉しい。連れてきてよかった、そう思う。
「走ったら危ないよー」と言おうとして、思いとどまった。いくらなんでも、分かっているだろう。心配性のママは、きょうはお休みにしなければ。

ヴィヴィオは途中、足をとめてその場でくるくる回り出した。
ピンクのギンガムチェックのワンピースの裾が、円のように広がった。広い駐車場の真ん中に立った街灯に片手をかけ、斜めになって回転する。回るたびに、さわやかな夏風に乗って、笑顔が零れていった。

少女を笑顔にさせたのが、自分にあったのだとフェイトは疑わない。
だが、フェイトは幸福な勘違いしていた。知らぬ間に、自分の背中を垂れる後ろ髪の一房が、ちいさな三つ編みになっていた。
白い枠内に一発できっちり四輪が収まるように美しく駐車できたことが、フェイトの機嫌をさらに上向かせている。

ヴィヴィオは駐車場でかけずり回って、なかなか先に進まない。
嬉しげにはしゃいでいるヴィヴィオを受けとめて、フェイトはその足を早める、なじみの魔法を口にした。

「ヴィヴィオ、フェイトママとお店の入口まで競争しようか」
「うん! 駆けっこなら、負けないよっ」
「じゃあ、今からね。よーい、どん!」

ピストル型にした指先を上に突き上げたフェイトが合図をすると、いきおいよく片目違いの少女が飛び出していった。フェイトは追いつかないように、ゆっくりと走るそぶりをしながら、頭に挟んだサングラスを瞳に嵌めた。夕焼けを浴びたような眼界で、少女の背中が遠くなっていった。


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