陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「君と舞う三華月百夜・中入り」

2007-01-22 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女
身を切るような寒気と轟く水音が占める夜の庭園──。
妖しく煌く月輪を頭上に抱き、水上に現われる美しい人影。
夜を裏切るほどの眩い光の露を身に纏わりつかせながら、黒髪の美少女が悠然と歩を運ぶ。
凛としたその後姿を追うカメラ。
その裸身の全貌を捉えぬうちに少女の美しい背中は、もう一人の紅茶色の髪の少女の差し出した白衣で覆われる。

「カーット!三十分休憩!」

監督の掛け声とともに次の撮影シーンの打ち合わせで散り散りになる各スタッフ。
濡れた体にそのまま着せた衣装では透けて不都合なので、千歌音は新しく用意された長襦袢に袖を通す。
いつもは着付けして貰う立場の姫子は、隙のない手つきで見る間に襟を合わせ帯を結びあげる、その人に惚れ惚れしてしまう。
身なりをすっかり整えた千歌音だが、トレードマークのカチューシャを外した頭髪は軽く手櫛で揃えただけだ。湿った前髪が額に張りついて、その毛先の間から覗く、深く澄んだ双眸の印象を鋭くさせている。艶やかに濡れた横髪も、なんともいい具合に乱れているのが、ちょっぴり色っぽい。

いつもは二人だけの夜に見せてくれる千歌音ちゃんの特別な顔。
わたし以外のカメラに収めるのは惜しいかな、なんて姫子は思ってしまう。

髪先から滴り落ちる雫を化粧を落とさぬように気遣いながら、姫子は千歌音の顔をハンカチで丹念に拭う。その手を優しくとって、千歌音が花やかな笑みを零した。

「姫子、ありがとう…」
「千歌音ちゃん、寒くなかった?お水、かなり冷たかったよね。風邪引かないように乾かしておかないと」
「私は平気よ。だって姫子が用意してくれた着物が、こんなに暖かいんですもの。お陽様のマントね…貴女の存在がいつも私を温めてくれる」

姫子の掌がひんやりした千歌音の白い頬にすり寄せられる。
顔から指の先まで上気する姫子。その温もりをいとおしむように頬で感じる千歌音。

「そんな…照れちゃうな。でも千歌音ちゃん、すごいよ。空ちゃんに絶対天使の説明するところとか、すごく長くて難しい用語がたくさんなのに、台本一回読んだだけですらすらと言えちゃうんだもん。わたしなんて、台詞少ないのに、何度もトチっちゃって…監督さんに怒られたし…全然ダメだね」
「そうかしら、ちゃんと上手く言えていると思うけれど」
「でも、わたしとは違うよ。千歌音ちゃんはえらいよ。ただでさえ学園のことやお家のことでも忙しくて、このお芝居だって今日みたいな夜の水浴びとか戦闘とか、一人だけでもたいへんな場面が多いのにすぐにOKもらえているし…祝詞を覚えたときと同じだね…失敗ばかりしているわたしとは全然…」
「それは姫子が一緒だから…」
「え?」
「他の誰でもない姫子が、月の螺旋のかおんのパートナーだから。私のひみこだから。私の側にいてくれるから、もっともっと頑張ろうって思えるの。疲れていても苦しくても…負けてなんかいられない…って力と元気が湧いてくるのよ」
「千歌音ちゃん…」
「全部姫子のおかげなのよ。ありがとう」
「そんなの、わたしの言う台詞だよ…何億万回言ったって全然足りないくらいのありがとうで!わたしだって千歌音ちゃんと一緒だから…千歌音ちゃんがかおんちゃんだから…わたしも…わたしもね…」

──くーう、ぎゅるるる……。

「あ…お腹が……」
「とても可愛いチャイムね…お夜食の時間かしら?」
「…あの…その…ごめんなさい…千歌音ちゃん」
「気にしないで。今日は一日中録り続けだったものね。そろそろお弁当にしましょうか」
「うん。お昼にロケ弁もらったけど、忙しくてゆっくり食べる暇なかったね」
「念を入れて、持参してきてよかったわ。早起きして姫子と二人っきりでつくったお弁当、とても楽しみ」
「うん、そうだね。今日の新作卵焼きどうかな?混ぜご飯のおむすびも?時間が経ったから冷めちゃったけど…」
「姫子の愛情が冷めることなんてないから、絶対に美味しいはずよ。姫子の作るものはなんでも、私にはごちそう」
「そういってもらえると、嬉しいな。たくさん食べて体力つけておかなくちゃね」
「そうね…このあとはいよいよ…私たちの…」
「あっ…うん……。キス…シーンだよね。うまくできるかな?」
「いつも上手くやっているから大丈夫」
「そっ、…そうだね…ちょっと皆の前だと緊張するけど。カメラに撮られちゃうし…」
「姫子ならきっとできるわ。オロチを封印したときの、貴女がくれたほんとうのキスを思い出して」
「う、うんっ、わたし、頑張るね!千歌音ちゃんに迷惑かけないように、一回でOKもらえるように頑張るから!」
「あら、そこはいくらNG出しても私は構わないのよ。だって…」
「んっ…」

千歌音の顔が近づいてきて、甘い吐息が姫子の上唇にかかる。
幾度も交わした口づけだから、二人して瞳を閉じるのもぴったりのタイミング。
花弁をふんわりと重ねるように、二人の薔薇いろの唇が軽く触れ合った。

「ふふ。やっぱり、姫子の唇が私の一番のごちそうね。お楽しみの甘いデザートは
これから。何度味わっても飽きないのだから」
「んもぅ、千歌音ちゃんってば」


──こそばゆいようなその幕間の蜜月を、密かにカメラが捉えていたなんて彼女たちは知る由もなかった…──。


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2 Comments

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Unknown (ユリミテ)
2007-01-27 21:26:13
うまいなぁ~。
セリフのひとつひとつが実際にありえそうなものだし、アニメのセリフをちょこっと変えただけのものもヲタ心をくすぐられてよかったです^^
いいなぁ。バラ色のトキメキですね♪
沐浴後のわずかなシーンでここまで書き込める万葉樹さんは天才だ!
返信する
舞い踊る管理人 (万葉樹)
2007-01-28 12:40:21
「…ありがとう。ユリミテ様は優しいから、とても
優しいから…そう言ってくれるんじゃないかなって
思っていたわ。でもね…ネタバレすると、一部の台詞は
ブックレットからの借用・改変なの」


拝啓、私のユリミテ様。
ユリミテ様は、ブログ管理人としてもコメンテイター
として一流なのですね。貴方様のハートウォーミングな
メッセージは、いつも私の心を深く揺さぶります。

ああ、もうなんとお礼申し上げてよいのやら。
はっきりいっておだて過ぎであります(嬉)

(少し不満をこぼしもしましたが)「京四郎」の第二話は、私の妄想力をたいそう刺激される素晴らしい出来栄えで、何度も見返したくなりますね。

カオン・ヒミコはやっぱり千歌音ちゃんと姫子とは
別物なので、なんとなく「京四郎」を観るたびに
その差異が明らかになって寂しい気もするのですが、
私としましては、かってにドラマ仕立てにでっち上げて
楽しむことにします。

独りよがりな妄想話にお付き合い下さり、
ありがとうございました!


ちなみに乙羽さん日記が好評ですので、さっそく
第二弾を執筆中。
「麗しの百合考察」様の毎回入魂のレヴュー、
第四話配信を楽しみにしておりますッ!

ではでは、ごきげんよう。
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