陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

神無月の巫女二次創作小説「夜の蚕(ひめこ)」(二十五)

2009-10-06 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女

「鈴は笛にはなれない。鈴はきれいな愛らしい音を出すけれど、笛みたいにいろんな唄を吹けるわけではないわ。千の歌、千の音。千歌音という名前には、ひとつに定まらないという思いがこめられている」
「ひとつではない…」
「そう、わたしたちは巫女だけど。巫女だからといって、他人に聖者であることを求めてもいけないの。そんなこと言ってたら、みんな窮屈じゃない?」

ああ、そうか。千歌音はいま腑に落ちたのだ。
自分は他人が許せない。不都合で、不完全で、不愉快で、不足の、不利不明で。だが、哀しいかな、人とはそういう生きものだ。人間が理解できないから、許せないのだ。けれども姫子は違う。なぜ、この人がすべてに優しいのか。甘いのではない。受け入れなければ、自分の居場所がなくなってしまうからだ。

月がひとりきりで輝いているのではないように、星屑とみえるちいさな輝きも夜を引き立たせている。遠いだけで知られなかった、ほんらいは大きく美しい星ぼしのめいっぱいの姿で、夜空に物語を描いてみせている。星の連なりを神の姿に見立てたように、相手の今ではなく、そのひとのあるべき姿をどうして想像しなかったのだろうか。それが人間に許された愛という能力ではないのか。

姫子はなによりも、行き場のないいのちを拾いあげるのが大好きなのだ。
かつて、井戸に身を投げた私を止めたように。私が姫子を井戸の底からひっぱりあげたのではなかった。姫子が私を奈落から救い出してくれたのだ。

「真昼の太陽の明るさなら誰でも知っている。輝くものにみんな憧れる。でもね、夜闇を超えた向こうの、月の薄光のまぶしさを知っているからこそ、生きる喜びだって湧いてくるじゃない? だからね、わたしはあなたを巫女に選んだの。どんな身の不遇にも耐えて、夜のなかで輝くことのできるただひとりの貴女を。千歌音は自信をもちなさい」

貴女の相棒でいいの、こんな私が…?
そんなめそめそした心もちはもうどこかに置いてこよう。姫子が悲しむのだから。姫子が大切にしたものをもう否定したりなんかしない。姫子の側に誰が近づこうが、自分と彼女との距離が離ればなれになるわけじゃないのだ。

千歌音はいま思う──はたして、巫女のさだめとは何だろうか。
自分を含めたこの世のいのちを守りそだてるのが、わたしたちの務めではないのか。それが、わたしたちが人たるゆえんではないのか。

「貴女には巫女ではない生き方もできるのかもね。それは、わたしにはなかったことだから」
「巫女ではない生き方…?」
「巫女としての戦いはいつか終わるわ。そのとき、わたしたちは運命から解放されて、もう巫女ではなくなるの。巫女が居ない世界のほうが、いいのよ。今からそのときのことを考えたら、わくわくしない? わたし、千歌音とやりたいことはいっぱいあるのよ。ねえ、千歌音だってそうでしょ」
「姫子ったら、大変なことが待ち構えているのに、そんなのんきなことばかり考えているの?」
「わたしは、いつも千歌音とどうやったら楽しく過ごせるか、それしか考えてないわ。いけないの?」

そして、姫子はやおらと千歌音の耳もとに口寄せて、こんなことをささやく。
──ねえ、さっきの、よかったから。もういちど、お願い。わたしは貴女と奏でる永遠の夜がずっとずっとほしいの。焦がれる程に、千歌音だけが欲しい。

柄にもなくねだるような上目遣いで求められ、手のひらに唇をあてられて、その指をまた甘く深く吸われる。千歌音がその声に抗えるはずもなく、姫子を引き寄せて、整えたはずの衣がまた乱れて、今度は胸をあわせてじっくりと姫子を楽しんでいく…──ふたりの巫女はまたふたりだけの秘密のままごとに溺れるのだった。そして、巫女ふたりの睦まじさを、眺めているのは──天上にある神さまの目である。


大正十二年の夏。
陽の巫女と月の巫女の運命の儀式まで、あと二箇月あまり。
おろち衆との闘いは火ぶたを切ったばかり。いまから思えば、最後の命の煌めきを燃やすかのように千歌音を愛する姫子は、自分が選ぶべき運命の分かれ道を知っていたのかもしれない──美しき蝶として羽ばたくことのできないまま闇(くら)のなかで命果て、そしてひとびとの命を暖かく包むために生まれ変わる、あの切ない生きもののように──…。


【十六の章につづく】



【神無月の巫女二次創作小説「夜顔」シリーズ (目次)】





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