陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「冬ざかりの社」(三)

2009-05-07 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女


「本当に?」
「ほんとだよ」
「姫宮家の寝室にあったベッドや、調度類なんかはどうかしら? あれば便利だわ」
「……」

寝室という言葉に、姫子の顔の色が一瞬曇った。そのことが私の焦りを強くする。
およそ人の寝ることのないこの板敷きの床は、冷気と人をはねつけるような肌ざわりをもっている。すぐ横になる癖のある姫子に耐えられるだろうか。私は心配だった。

「夜なんかは寒いでしょう? ふかふかのお布団が、あればいいと思うの」

自分でも嫌になるくらい執拗な問いかけだった。地上での日常を再現していったいどうなるのかという考えが、そのときの私にはなかった。

「何もいらないよ」

なにか言葉を撥ね付けるような口調に聞こえた。私は何としても、姫子の顔に喜びの色を浮かばせたかった。
それとも、私は粘り強く待っていたのだろうか?
二人だけの逢瀬を重ねた秘密の園の名を、口にしてくれることを。

「わたしはこれで満足」

姫子は私の腰に腕を回して抱きついた。
私たちは軽くキスを交わした。とても自然な流れで恋人たちがするように。

私だってもはや何も望まない。
たとえどんな無人島でも、姫子と過ごせるのなら、私は嬉しい。

けれど私には、現世で酷いことをした償いをさせてほしいという気持ちがあった。そうしなければ、私は心おきなく、気とがめなく、姫子とこの楽園での暮らしを楽しむことはできない。
あの蒼い星で、限られた人生で、姫子にあげられなかったものを、私はぜひとも贈りたかった。みずからの罪滅ぼしとして。



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