「本当に?」
「ほんとだよ」
「姫宮家の寝室にあったベッドや、調度類なんかはどうかしら? あれば便利だわ」
「……」
寝室という言葉に、姫子の顔の色が一瞬曇った。そのことが私の焦りを強くする。
およそ人の寝ることのないこの板敷きの床は、冷気と人をはねつけるような肌ざわりをもっている。すぐ横になる癖のある姫子に耐えられるだろうか。私は心配だった。
「夜なんかは寒いでしょう? ふかふかのお布団が、あればいいと思うの」
自分でも嫌になるくらい執拗な問いかけだった。地上での日常を再現していったいどうなるのかという考えが、そのときの私にはなかった。
「何もいらないよ」
なにか言葉を撥ね付けるような口調に聞こえた。私は何としても、姫子の顔に喜びの色を浮かばせたかった。
それとも、私は粘り強く待っていたのだろうか?
二人だけの逢瀬を重ねた秘密の園の名を、口にしてくれることを。
「わたしはこれで満足」
姫子は私の腰に腕を回して抱きついた。
私たちは軽くキスを交わした。とても自然な流れで恋人たちがするように。
私だってもはや何も望まない。
たとえどんな無人島でも、姫子と過ごせるのなら、私は嬉しい。
けれど私には、現世で酷いことをした償いをさせてほしいという気持ちがあった。そうしなければ、私は心おきなく、気とがめなく、姫子とこの楽園での暮らしを楽しむことはできない。
あの蒼い星で、限られた人生で、姫子にあげられなかったものを、私はぜひとも贈りたかった。みずからの罪滅ぼしとして。