陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

映画「シービスケット」

2019-02-10 | 映画──社会派・青春・恋愛

2003年のアメリカ映画「シービスケット」(原題 : Seabiscuit)は、気性の激しい馬を育て上げ勝利に導いた実話を元にした感動作。ごくありふれたスポーツドラマのように、荒くれ者が名コーチと出会って切磋琢磨を繰り返しながら奇跡を生み出していく展開とは、いささか趣きを異にしているだろう。
本作は、平凡以下として見放された馬のサクセスストーリーであるだけではない。その騎手、その調教師、そしてそのオーナーの人生ドラマでもあり、さらには苦境にあえぐ同時代人たちの再生を謳った歴史ドキュメンタリーといってもさしつかえない。随所に挿入されるモノクロ映像が、この物語が何よりの虚飾のない真実そのものであったことを証立ててくれている。

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1930年代後半。
自転車の修理工から身を起こし、自動車販売で巨万の富を築いたリチャード・ハワーズ。馬よりも自動車の時代だと豪語して憚らなかった彼だが、最愛の息子を自動車事故で失い、妻とも離縁してしまう。ハワーズは、その後、競馬にのめり込んでいく。

野生の馬を飼育する老練な調教師、トム・スミス。
元はカウボーイだったが、自動車の隆盛で乗馬が時代遅れとなったため、行き場を失っていた。足を怪我した馬を大事に介抱しているところを見初められ、ハワーズの厩舎に雇われる。

折からの世界恐慌で、裕福な生活から一転したカナダ人のポラード家。
貧苦に喘ぎながらも、馬に乗れた息子のジョニーは草競馬の道に放り込まれた。愛称 ”レッド" を授かって、地方ダービーの騎手となるも、稼ぎは少なく負けが混んでくる。糊口を凌ぐためにはじめた賭けボクシングでも、打ちのめされてしまう。

この三人が巡りあったのが、祖父の代から名馬と言われながらからだも小さく競走馬に向かない一頭の馬だった。気性の激しい馬シービスケットと喧嘩っ早いレッドを組ませることにしたトム。次第に頭角を現しはじめたシービスケットは、西部のダービー界ではもはや向かうところ敵なしとなった。ハワーズは全米に名を轟かせていた名馬との対決を煽り、巨額の懸賞金をかける。ラジオ局や新聞をも巻き込んだ世紀の対決に、全米が熱狂するさなか、レッドに不幸が襲いかかる。

青年時代に家族と引き離された孤独を噛みしめて暴力的になったレッドが、伴侶ともいえる馬を得て、輝きを取り戻していく。レッドには騎手としては不適格な問題があったにも関わらず、父親のように見守り支えていくハワードの姿は、アメリカの金満家にありがちな嫌みなところがなくていい。

この三人にくわえ、感動を引き出す手だてとなる脇役もいい。
家族を失ったあとに再婚したハワードの妻マーセラは、ハワードを親身になって支え競馬界へと導いたキーパーソン。落ちこむレッドとシービスケットを温かく包んでいる。レッドの好敵手で名ジョッキーとしても名高いウルフが、最後に粋な計らいをしてくれる。

親馬から引き離され金のために売られ、罵られつづけたその馬は、けっして不敗を誇る完全無欠の名馬ではないだろう。だが、けっして体格にも恵まれていない上に不自由な足をもつ人馬が一体となりゴールを目指してひた走る。もはや、そこでは真っ先に鼻面がゴールを突っ切ったのどうかなんてことはどうでもよくなってくる。まさしく暗い時代だからこそ、庶民に望まれ熱く支持される真のヒーローなのだ。

馬が出てくる映画はたいがい良作が多いのだが、本作はとりわけ、馬の美しさと人間との絆の深さを感じさせてくれる。スピード感のある競馬のシーンもすばらしく見応えがある。賭け事は嫌いなのだが、無用に思えるいのちの大切さを説き、勇気を奮い立たせてくれる。二時間を超す大作ながら、疾走する馬の気持ちよさに目を奪われて退屈さのない作品だった。

出演は、「スパイダーマン」のトビー・マグワイア、「ザ・コンテンダー」のジェフ・ブリッジス、「遠い空の向こうに」のクリス・クーパー。クーパーは「モンタナの風に抱かれて」
で馬の調教師を演じたが、ひと昔前の西部劇の名優の顔に似ている(眉が薄くて目は細いが鷹のような眼力がある)ので、こういう役柄はぴったり。口もとの動きに特徴が。

監督・製作・脚本は、ゲイリー・ロス。主演のトビー・マグワイアは製作総指揮にも名を連ねている。
第76回アカデミー賞では、作品賞を初め7部門にノミネートされたものの、残念ながら受賞には至っていない。「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」の11部門制覇で阻まれたらしいけれど、ファンタジーよりはこういうメッセージ色のある実話の方が好み。

原作は、400万部を超える大ヒットとなったノンフィクション『シービスケット あるアメリカ競走馬の伝説』(ローラ・ヒレンブランド作、2001年)。

なお、おなじくシービスケットを扱った先行作として1949年の「The Story of Seabiscuit(シービスケット物語)」がある。


(2010年11月30日)

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