陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

映画「命の相続人」

2018-03-17 | 映画──社会派・青春・恋愛

セラピーという言葉には、どことなく、優しさがありますよね。
病院に通って、診察台のうえでモノのように扱われ、冷たい聴診器を肌に当てられて、理解のできない症状の説明をされて、窓口で薬を処方されてハイ、終わり。そんな味気ない医療に不満を抱いたことはないでしょうか。いやいや、医療のみならず、教育業にしても、占星術にしても、なんらかの専門職には対人能力が問われながらも、人をモノとして、もしくは事象としてしか捌けない、冷淡さがあります。

2008年のスペイン映画「命の相続人」は、ひとの命を救えるのは、はたしてなにかを真摯に問いかける医療ミステリー。一時間半という短編ながらも、よくまとまった名作で、ひさびさにいったん観たすぐ後に再視聴したくなった一作です。

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疼痛科につとめる外科医のディエゴは、最高の治療を提供するが、患者個々人には寄り添わないが信条の、冷徹無比な医師だった。同僚で看護師の妻との反りがあわず別居状態、お年頃の娘との仲もぎくしゃくしている。

ある日、自殺未遂をして意識不明の女性サラが病院に担ぎこまれる。ディエゴからすれば治療するだけ無駄な患者。サラの恋人アルマンは見捨てられることに絶望し、ディエゴを巻き込んで拳銃自殺をしてしまう。ところが、数時間後に息を吹きかえしたディエゴには、病人に手を触れるだけで治癒してしまうという能力がそなわっていた。

超人能力を持って生まれ変わったヒーローのように雄々しく活躍するのでもなく、主人公ディエゴは淡々とこれまで絶望視していた患者たちを、地獄の底から救い上げていきます。この奇跡に感化されてか知らずか、ディエゴ自身も患者の気持ちに寄り添うようになり、目線が低くなっていくのがわかります。アルマンを失ったものの母子ともに健康をとりもどしていくサラ、そしてアルマンの元妻であったアルコール中毒の女性との接近。自分の腕で治せる患者がこの世に溢れているという万能感に溺れていくこともなく、ひたすら地味に周囲を救っていく。悪態をついた患者にすら感謝の言葉を寄せられるほどに。

しかし、後半になると、その奇跡には意外な落とし穴があったという驚愕の展開に。医は仁術なりと申しますが、崇高な人命救助のために、人は身近な愛情を捨てねばならないのか。うちつづく悲劇の予感に追いこまれて、やがて主人公がとった行動ははたして最良の選択だったのか。父と娘の反目、夫婦の危機、モラルのない愛というエピソードがあるにせよ、登場人物のそれぞれが真相を知るもののも知らないものも、それぞれに苦悩し、好感度の高い人物として描かれているのが魅力的ですね。贈っても、贈られても懊悩するのが愛というべきか。自己犠牲の美談というだけでは、けっして片づけることのできない深いテーマを扱っています。

また、ベラスケスの絵画を思わせるようなバロック調の光りと影のコントラストがる画調に淡々とすすむストーリーに、人物の内面の動揺をひきたてる音楽が実によく融けあっています。あまり話題になっていないのが惜しい映画ですね。

監督はオスカール・サントス。
出演は「アラトリステ」のエドゥアルド・ノリエガ、「海を飛ぶ夢」」のベレン・ルエダ。アンジー・セペダ, クララ・ラゴほか。スペイン映画の役者はやはり顔が濃いですね。

(2012年10月27日)


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