陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

朝井リョウのエッセイ『学生時代にやらなくてもいい20のこと』

2015-01-16 | 読書論・出版・本と雑誌の感想
私はどっちかっていいますと、小説よりも、ノンフィクションを読む方が好きです。事実に基づく安心感がありますし、つくりすぎた感がないし、なにより創作物特有の特異なお約束事に縛られないですむからです。ファンタジーなんかで、独自のルールを覚えてないと読みすすめられないとか、謎が解けないとか、キャラクターの性格をわきまえていないと話が読めないとか、めんどうなことになった場合、え、そんなの知らねーよって投げ出してしまいます。つくづく、嫌な読者ですよね。

そんな嫌ったらしい読者である私が最近、かくべつお気に入りのジャンルは、作家さんのエッセイ。エッセイって創作物より軽く見られることが多いですよね。ところがどっこい、これが、あんがい面白いんだな。作家さんの「地」がじわじわ滲み出ててよろしいわけです。噛めば噛むほどに味わえる。私が思うに、やはり小説として面白いものを書く方は、エッセイでも面白いし読ませるものがありますね。(たまに漫画でも、本編がおもしろくないのに、おまけのコミックがやたらとウケがいいのがありますが(笑))

さて、今回ご紹介するおすすめエッセイは、はい、こちら。
『学生時代にやらなくてもいい20のこと』。外で読んでてお腹を抱えて笑いそうになったので、あわててお持ち帰りしてしまったほどです。

学生時代にやらなくてもいい20のこと
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学生作家としてはなばなしくデビューを飾り、2013年には最年少で直木賞を受賞した、朝井リョウのエッセイ。タイトルから中谷彰宏あたりの書いてそうな自己啓発本のニオイがぷんぷんしますが、さにあらず。やらなくていいこと、には違いないですが、やらかしたからこそ分かることもあるわけで。それができるのが学生時代の特権ではないでしょうか。

朝井青年の学生時代を中心とした日常のこまごまを闊達に描写したもの。このひと、学生デビューしたので、ものすごく天才肌で気どってるのかと思ってたんですが、ものすごく腰が低い。というか、失礼ながらいわゆる「ゆとり世代」なんだけど、その世代らしいいじられ方を心得ていて、絶妙に自分の実人生をコケにしつつ、笑いを誘うという技巧がまあ、なんともすばらしい。これは、もはや巧みの技といえますね。そして、なにより、かなりの行動派。とても20代そこそこの若者のやり口とは思えません。二度読みしたくなるエッセイってあんまりないんだけど、これは再読したくなります。

謎めいた黒タイツおじさんと遭遇したとか、バイト先がいきなり潰れちゃった話とか、うさんくさいマイペースな眼科医とか、旅行を計画したのに計画倒れになってしまったとか、旅行したけどとんでもないことになったこととか、なんというか、これ実話なんだけどそのまま小説にできそうじゃない、というエピソードがもりくさん。あえて、話盛ってんじゃないかと思わないでもないですが、どこまで真実なのだろう。

きわめつけに衝撃的なのが、母親の奇行について。
いやー、このお母さん、ほんますごいわ。お笑い名人級。うん、ここはもう、噴き出すしかありません。こんな母親はいやだ状態なのです。
「歳を重ねるごとに女はおもしろくなっていく」とさらりと抜け目なく言ってしまえるあたり、ものすごい。若いのに、コイツはとんだ策士だなと思ってしまう。作家というものはたいがいダンディズムが多いが、朝井リョウは男としてのヘタレイズムを発揮しつつも、しっかり友情したり、愛情感じたり、とにかく、そこぬけに明るさがある。新世代の作家なのかもしれない。おそろしい逸材です。

朝井リョウという作家の好ましいところは、学生デビューを果たしながら、作家業の将来をよくよく知り抜いていて、まともに就職活動をしてサラリーマンになったことでしょう。これは賞賛に値する。創作をしてお金を稼ぐのは多くが憧れるが、えてして甘くない。

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そんな彼がどれほどの覚悟をもってシューカツに臨んだかといえば、それはそこらの学生さんとなんら変わりなく、将来の不安に根ざされていた、秀逸な直木賞受賞作『何者』に描かれていたように、社会に出ていくことを否定されながらそれでも必死に自我を保とうとしていた若者たちとなんら変わりない等身大の人だったことに気づかされるでしょう。「知りもしないで書いた就活エッセイを晒す」と題された、自分の手記に鋭いツッコミを入れる試みなど、ほんとに才気活発としか言いようがない。

彼の小説は何冊か読んで、不発だなと思うものもありますが、若さゆえのみずみずしさがあって総じておもしろい。サラリーマンとしてのキャリアを積んだら、ビジネスマン向けの本も書いてほしいものですね。



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