陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

晩秋の野花から落陽を望む

2006-11-19 | 自然・暮らし・天候・行事

11月11日付の日記に使用した画像は、「壁紙村」様から拝借致しました。
Yahoo!の芸術と人文カテゴリーにも登録なされて一日千人以上の閲覧者が訪れる有名サイト様です。
宜しければ、ブックマークからご覧下さいませ。
壁紙村様には、この場にて返礼させて戴きます。
有難うございました。


美しい風景写真にて、私の拙い文章に彩が添えられることを嬉しく思います。
本日掲載しました一枚も、あわせて壁紙村様からお借りしました。
いうまでもないことですが、神無月やマリみて等の絵も含めて、今後、このブログで掲載される画像の著作権はその制作者様にあります。

さて本日の一枚。
山の端に沈もうとする夕陽を背景に浮かび上がる晩秋の野草。
茜色のぼやけた輪郭を描いている奥の猫柳と異なって、クローズアップされたハルジオンは、まだ白い輝きの花弁をみせています。
けれど秋の日暮れは釣瓶落とし。
可憐な昼の花の愛らしさもすぐさま闇の底に浸してしまいます。

世界がまた朝の色を取り戻す、その翌日までに。
今日観た束の間の美しさを書き留めておきたいと思うのに、
最近はどうしたものか言葉がうまく出てきません。

以前ならば言葉が空から降りてくるまで、私はじっと待って空を仰ぎ、
心に漣の様に押し寄せてくるまで、潮風に頬を撫でられながら海を眺めていました。
なんでもない無駄な時間だったけれど、幸せでありました。

けれど現実に追われて、相手の感情を推し量りすぎて
軽薄短小な対話をしてしまって他人を困らせてしまった時など、
私は無性に風景のなかに答えを求めたくなるのです。
精一杯に命を咲かせている野辺の花ほどにも、この身の存在は人を喜ばせてはいまい。
そしてそんな大自然の美質を巧みに言いくるめてみようなどと考えている自分もおこがましいのだと思う。



…何を記したいのやら、よく判らなくなってまいりました(汗)
筆の迷いを美しい画像でごまかしてみたという感じです。
このブログは管理人の心の振幅がいたって激しいので、明るく楽しい雰囲気を維持するのが難しいです。

この一週間、神無月ネタを期待してくださっていた皆様、ごめんなさい。
明日以降更新予定です。

では、またごきげんよう。




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