伝承というものは、しばしば書かれたにせよどこか解釈違いがあり、それが口伝であればあるほど、ゆがめられ、あるいは別ものに変えられて残されていくものである。
年端もいかぬ少女たちが、その小さな村にあった、生まれ変わりの奇蹟を信じたとて不思議ではない。
なにせ、その年齢ではほかの逃げ道があることなど知らぬ。頑なな大人たちは一本道しか教えない。だから、魔法のような簡単な救いがあるのだとしたら、それに飛びついたっておかしくはないのだ。小さな箱に開けられた穴から届く光りを太陽と崇めるほどに、彼女たちの住む世界はあまりにも儚い。
賢しらだった如月ひかゑは、むろん、そんな祈り井戸の成果をまるきり信じたわけではなかった。彼女が求めていたのは、ただの刺激だった。お芝居を見に行くように、物見遊山に出かけるように、ほんのひととき、日常から遁れられればそれでよし、なのだ。ハレとケの日を暦で決められた古い家の少女たちに、日常を塗り替えることは許されない。だからこそ、箪笥の引き出しを入れ替えるぐらいのささやかな冒険をしてみたい。
ふたりがひそかに用意したのは、おおきな麻布だった。
これをひかゑがせっせと縫い合わせて袋状にする。米袋ふた袋分ぐらいの大きさになった。
夜、寝静まったところを見計らって、ふたりは古井戸に姿を現した。
釣瓶落としは残っているが、すでに枯れた井戸だ。姫宮神社の御祭神とされる女神は、もともとも宮家の血筋をひくやんごとなき姫君で、千年の昔に政変でこの村に落ち延び、逃げおおせないと知るや、辱めをうけるのをおそれて井戸から身を躍らせてしまったという。井戸はその祟りを鎮めるために神格化された。願事(ねぎごと)のために供物をささげよという迷信も、そもそも、悲劇の女神を荒魂(あらみたま)とさせないための方便、その姫君の後裔たる姫宮家に慮ったすえの信仰なのである。
十月の半ば、叢雲ひとつなく月がその輪郭までくっきりと夜空に映える夜だった。
用意した蝋燭が要らないくらいだった。荷物を背負ったふたりは、まるでこの旅路をお月さまも祝福してくれているのだと微笑み交わしあった。
「ひめこさま、ひめこさま。お願いです。わたしたちを生まれ変わらせてください」
丹精込めて祈りを捧げ、わっぱに包んだ握り飯や和紙にくるんだ菓子を井戸へほうりこむ。
ついで、少女たちふたりは釣瓶を伝って、慎重に井戸へ降り立った。
ふたりして、麻袋をかぶった。ひんやりした井戸の中ではそれが布団代わり、供え物は明日の食糧。なんて都合のいい計画だろう。
袋のなかには、たっぷりと香りたかい花びらをつめている。目の粗い麻だから息は苦しくないし、物音も聞こえる。
「ハナちゃん、狭くない?」
「うん、だいじょうぶ」
ふたりは抱き合ったかたちのままで、袋の中で横たわった。
身に着けたのは薄手の長襦袢だけ。しかし、たがいの熱が伝わると寒くはなかった。かすかにさしこむ月光を頼りに夜目に慣れてくると、ひかゑの手が千花をまさぐってくる。太ももが絡み合って、首筋に髪がすべってくすぐったい。ひかゑの鬢づけの香油の匂いに酔いしれて、その肌に口をつけた。やがて、唇にやわらかく甘いものが触れてくる。仕掛けたのは千花だった。ごく一部の姉巫女たちが夜な夜な、大巫女に隠れておこなっている禁じられた遊びを、幼馴染は拒むことなくうけいれてくれた。
自分たちはほんとうに魂ひとつになり、そして互いにこころを分かち合った気がした。
どちらかが傷つけば、代わりにその腕となり、足となろう。どちらかが光を失えば、その目になろう。ふたりは、からだをひとつにするのだ。友情をはるかに超える至高の愛で、少女たちは結ばれあった。袋の中は甘い蜜のにおいで蒸せるほどあふれていた。
【神無月の巫女二次創作小説「夜顔」シリーズ (目次)】