陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「てのひらの秋」(六)

2009-08-03 | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは
しかし、大人でも顔からはみ出すぐらい、レンズが大きすぎた。さすがにヴィヴィオの顔幅では、蔓を固定できない。子ども用の眼鏡は、あいにく用意がないらしい。仕方なく、ヴィヴィオは眼鏡を箱へと戻した。

張り紙の下には、小さくこんな但し書きがあった──「眼鏡が似合わない方は入室をあきらめてください。ただし、同行者は着用しなくてもかまいません」

「ねぇ、ヴィヴィオ。これ、似合ってるかな?」
「うん。フェイトママ、すてきだよ」

サングラスはよく掛けるフェイトだが、眼鏡なんてお世話になることはなかった。
鏡がないのでどうも見映えが客観的に確かめられないフェイトは、小粋に眼鏡の蔓を指でつまみあげながら、ヴィヴィオに訊ねた。ヴィヴィオは疑問に思ったことはすぐ口にする、ある意味子どもらしい残酷さがあるから、ちょうどいい鑑定家だった。お墨付きをもらったということは、だいじょうぶなのだろう。

「ヴィヴィオも眼鏡かけてみたかったな~。オトナっぽく見えるだもん」

ヴィヴィオは、えへん、と咳払いしつつ、本を脇に抱えて眼鏡を片手でつまむしぐさをしてみせた。ヴィヴィオの出入りする無限書庫は、司書長のユーノ・スクライアをはじめとして、司書にも眼鏡をかけた人が多い。優しくて頼りになる彼らは、ヴィヴィオの憧れのようだ。

「目が悪くなるのはよくないよ。シャーリーだって、お化粧するのが不便だって言ってたし」
「じゃ、フェイトママの持ってるかっこいいサングラスでもいい」
「そうだね。ヴィヴィオなら似合うかもしれないね」

先ほど手放したばかりなので、愛用のグラスを貸してやることができない。ヴィヴィオの目線にしゃがみこんだフェイトは、いったん眼鏡を外して、両の指先でつくった眼鏡を幼い顔にかざした。
この子だったら、どんな眼鏡が似合うだろう。ユーノみたいな大きめのロイドレンズ? グリフィスみたいな角張ったハーフフレームなら知性的には見えるけど、あれはやっぱり男の子用か。フェオックス型は女性的だけど、きつい感じがするし。やっぱり、顔の印象を変えない縁なしがいいかな──などと、夢想しながら指眼鏡のかたちを変えては、フェイトはほくそ笑んでいる。
ヴィヴィオはその手首を掴んで、双眼鏡を動かすように、はしゃいでいる。

「わ~。フェイトママしか、見えない」
「大きくなったら、もっと広く遠くまで見えるようになるよ。でも、見えなくなっちゃうものもあるけど」

フェイトの言葉の終わりには、すこしの寂しさが混じる。さっき、ヴィヴィオがしてくれた指眼鏡よりは視界は広い。彼女と同じくらいの大きさのてのひらを持っていたとき、フェイトには母とアルフとリニスしか見えなかった。そこに、なのはが、はやて達が、クロノやリンディや飛び込んできた。指の数では足りないほどの多くと知り合い、てのひらでは掴めないこころの広がりも得た。だが、幼い瞳にかつて映していた存在のうちふたつを失っている。

「ヴィヴィオは大きくなっても、ママたちが見えなくなるなんてことないよ。そうだよね?」
「うん。そうだね…ママたちもヴィヴィオから見えないところに行ったりはしないから」

笑いながらおでこを合わせて、お互い瞳を閉じた。こうすると、頭のなかがつながってふたりは仲良くなれる。どこかへ行きたいときは、手をつないで足の向きを揃えればいい。悲しいときは胸を合わせればいい。なのはが教えてくれた愛情表現だった。

フェイトはふたたび眼鏡を装着。ふたりは手をつないで、迷いなく赤いランプの扉の前に進む。紅い光線が、眼鏡の奥のフェイトの網膜をとらえた。
それが審査だったのか、ドアの上の二つ並んだ紅い凸ランプが、さも嬉しそうに、燈台のごとく光りを回しだした。

「ほらね、オッケーだって。ヴィヴィオの言ったとおりでしょ。似合うから、入れてくれるって」

ヴィヴィオが紅い瞳だけを残して、ウィンクする。信号とは反対の燃えるような色が、進めの合図だった。
壁に切れ目が入って、ドアはくるりと回転し、その奥の空間へ誘っていた。ドアは壁に描かれた騙し絵だったのだ。さすがに三回目ともなると、こんなひねくれたドアのつくりにも、驚かなくなってしまった。


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