陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

映画「ノー・マンズ・ランド」

2010-08-17 | 映画──ファンタジー・コメディ
2001年のフランス・イタリア・ベルギー・イギリスそしてスロヴェニアの合作映画「ノー・マンズ・ランド」(原題 : No Man's Land)は、風変わりな戦争映画。派手な銃撃戦も砲弾、戦車や戦闘ヘリなども出てこない。多少の流血はあれど、惨たらしい死体の山もない。あからさまに反戦を訴えてはいないけれども、これほど戦争の愚かしさを伝える映画もあまり観られないでしょう。華々しい英雄の活躍も悲劇もなく、どちらかというと、キューブリックの「博士の異常な愛情」なみにブラックコメディに感じるのに妙にリアリティだけはあるのです。

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ボスニア戦争まっただ中の1993年6月。
霧で道に迷い、隊からはぐれたボスニア人の民間人兵士チキは、ノーマンズランドと呼ばれる中間地帯の塹壕に潜伏していた。そこへ敵兵の武装セルビア人の男二人が視察に訪れ、うち老兵の一名を射殺。銃弾を受けつつもかろうじて生き残ったニノは、新人兵士でへっぴり腰。
銃を奪い合いながら、互いに相手を牽制しあうチキとニノだったが、老兵が仕掛けた地雷のために、協力せざるをえないことに…。

このふたり、共通の知人がいたことがわかり、奇妙な友情が芽生えはじめます。
まさに呉越同舟というべきか、敵対する者どうしが密閉空間に置かれて意気投合するという筋書きはよくあるのですが、互いにどちらが起こした戦争かをめぐって謝罪しあう過程がおもしろい。

しかし、二人に和解の道は残されていませんでした。
塹壕の外では、セルビア・ボスニア双方が一時的な停戦状態。派遣された国連防護軍たちの無駄な介入のせいで、一触即発のムードに。さらに事態の危険性を甘くみた報道陣が群がって、チキとニノを苛立たせます。
各国人の言語が通じないなかで、唯一言葉を同じくしながら喧嘩しあっているセルビア人とボスニア人。あと少し歩み寄ればよかったのに、彼らは悲惨な結末を迎えてしまいます。

しかし、誰が最大の犠牲者かといえば、無人地帯と称された塹壕に、ただ一人残されることになってしまった男ツェラ。
正義感から救助にあたろうとしたフランス人の国連軍の兵士たちも、人道救助とは名ばかりの非道な防護軍の大佐も、なにひとつ平和をもたらしてはいません。迫真の映像を撮ろうと取材攻勢をかけるアメリカ人の女性ジャーナリストは、けっきょく塹壕の中で行われた真実を見逃してしまう。

民族紛争に絡んで、各国が利益がらみで介入し小国を疲弊させた例は、ベトナムしかり、朝鮮半島しかり、また近年では中東戦争しかり。今は経済成長をとげる中国も一世紀前までは、欧米列強の植民地で分割されていました。
戦争の当事者間でなく、それにつけ込み食いものにする関係国の欲望を、みごとに暴き風刺した、おもしろい作品ですね。

自己防衛のために銃をもつことから、すでに戦争ははじまってしまう。戦場を興がって報道するマスメディアの姿勢への暗黙の批判。米軍基地の移転問題を巡って自国の防衛を強めよという意見のおこる日本でも、他人ごとにはできない事態です。

監督はユーゴスラビア、現在のボスニア・ヘルツェゴビナ出身のダニス・タノヴィッチ。初監督作ですが、従軍カメラマンとして紛争の最前線に立っただけに、塹壕の作りこみなどにリアリティを感じますね。
主演は、セルビア人を父に、ボスニア人を母にもつ、ブランコ・ジュリッチ。

本作は、2001年カンヌ国際映画祭脚本賞、2002年ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞、アカデミー賞外国語映画賞ほか多数を受賞。

(2010年3月3日)

ノー・マンズ・ランド(2001) - goo 映画

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