陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「てのひらの秋」(二)

2009-08-03 | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは


「ヴィヴィオ、シートベルトちゃんとした?」
「え~、やだ。締め付けられているの、いやなんだもん」

運転手は、ああやっぱりか、とばかりに顔を曇らせた。
座席におちついてからだを拘束されるのを少女が嫌うのは、ひとえに聖王のゆりかごの事件以来だった。フェイトはその様子をつぶさに知らないが、玉座に縛り付けられて酷いことをされたらしい。だから車に乗る時はたいがい、大好きななのはママが膝に乗せるか、後部座席で並んでくれるかしたものだった。だが、きょうのドライブでは頼みの彼女はいない。
ザフィーラか、アルフでも借りてくるべきだったかな、なんてひそかに考えたフェイトだった。

「だいじょうぶだよ。フェイトママは、安全運転。事故は起こしたことないって」
「さっきみたいに、ヴィヴィオが暴れなければね」
「……う」

フロントミラーをなおす振りをして、横長の鏡のなかのかすかに微笑んだフェイトの顔が、後ろに反射する。ヴィヴィオは、口をつぐむ。

「だって、どうせ何かあっても、フェイトママが助けてくれるはずだもん」
「助けるよ。もちろん」

運転手はハンドルのグリップを強めると、アクセルをすこし深く踏み込んだ。車窓を掠める木蔭の流れが、ぐっと速くなる。
ダッシュボードの窪みには、金の褒章バルディッシュが待機状態で置かれていた。もし後部座席の少女をおびやかすような危険があれば、その相棒が防御魔法を発して衝撃から保護してくれるはずだ。機動六課の訓練中にうっかり落下したエリオやキャロをくるんだ、その速度たるやコンマ数秒。エアマットよりも強力な安全装置だ。

「でも、ママたちがいないときはね、ちゃんとシートベルトしてね。規則だから」
「はぁ~い」

あいかわらず返事だけはいい。
フェイトとしても、穏やかに過ごしたい休日。なるべく魔法を発動させるなんてことはしたくない。それにシートベルトをしない癖がついても困る。でも、この道路は通行車もほとんどないし、それに目的地はそろそろ近い。大目にみてやろうか、という気になった。

「ヴィヴィオ、さっきから何をやってるの?」
「フェイトママには、ないしょ。ヴィヴィオの魔法なんだもん」

後部座席の少女は、さっきから両手のひらをいろいろ組み合って、遊んでいた。
手のひらを合わせたかと思うと、肩幅に開いたり。左手の五本の指を右手の指のあいだから流れるように滑らしたり、手のひらから糸をひきだすようなしぐさをしたり。両の手首を顎のようにあわせてみたり。指先で空に文字を描くようにしてみせたり。


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